其の四

「まったく、一体どういうことなんだいそりゃ!?」


 夜も更け酒屋の務めから戻った赤毛の魔導士ロゴスが声を荒立てる。オルソン酒店の納屋、ここが彼女たち一行の寝床であった。州でも有数の酒問屋、いくら日雇いの旅人相手とはいえ普通なら部屋の一つは用意するところ。しかし彼女たちはそれを断りこの離れの納屋で風雨を凌ぐ。別に謙虚なわけではない。彼女たちが裏に秘める「仕事」の都合、人に聞き耳を立てられ辛い場所に住まうほうが都合がいいからだ。


 そして彼女が何に苛立っているのかと言えば、夕刻に起きたエルハイム邸の火事のことであった。地元有力者ルドルフ・エルハイムの大邸宅が突如全焼、にもかかわらず生存者・死傷者の情報も未だ公になっていない。となれば、ルドルフの妻ビーナとは旧知の仲であるロゴスにとっては気が気でならぬところだろう。



 加えて、日没前ごろから街中にビーナの過去を仄めかすような噂が流れだしたのだから、猶更だ。



女王蜂クインビー、確かに魔王軍にいた頃にそのような冒険者の名は聞いたことがあるな。仲間内でも人間にしてはかなりの傑物との声も高かった。」


 元魔王軍の将、ティガルドが噂で流れる二つ名を耳にし、懐古する。人編に仇なす魔物の間で傑物と呼ばれていたのだから、当時のビーナがいかなる人物であったか窺い知れることだろう。


「しかし捨てきった筈のその過去が何故今になって知られ出したのでしょうか?しかもこのタイミングでは、その若奥さんが件の火事の原因と思うでしょうね。」

「何だい坊や、アイツが今回の付け火をしたって言いたいのかい!?」

「い、いや、私がそう思っているわけじゃないですよ…ただ、今回の火事にこの噂話が重なれば、多くの人はそう思うんじゃないかと。あるいは真犯人がそうなることを予見して噂を流したとも…」


 ロゴスに気おされ、のちに神父と呼ばれる白髪の青年がうろたえながら推察した。彼の冷静な判断力は、あまりにも出来すぎたタイミングに違和感を覚えたようだ。


「となれば、その者の過去を知り且つ怨恨を持つ者の仕業ということか?」

「そうだ、マシューだ!ほらあのビーナのところの新しく入った使用人の!アイツもビーナと険悪みたいだったし、何より過去のことを知ってる!まさかアイツが…」




「おいおい。一緒に飲んだ仲じゃねえかそりゃねェぜ。大体、その過去をペラペラ喋ったのはオバサンだろうが。」




 あわや冤罪かというところで、マシュー本人の否定が入る。と同時に、納屋の中に緊張が走った。ロゴスたち三人は瞬時に身構え、戸にもたれかけながらこちらを眺めている侵入者を警戒する。何故住んでいる場所を知っていたのかは、以前飲んだ時に話していたので知っているため問題ではない。最大に警戒するべきは「どうやってここまで入って来られたのか」ということである。


 人には決して言えぬ裏稼業を持つ三人だ、その関係でプライベートスペースでは他人に聞かれてはならぬ話も頻繁に有る。それ故に万に一つでも聞き耳を立てられぬように、秘密の話をする際は常に周囲に意識を集中させるのだ。元勇者のパーティーメンバである魔導士、元魔王直下の将軍、怪しげな術法により人ならぬ存在になった聖職者というただならぬ三人が同時に警戒しているのだ。普通ならかいくぐれるような者など存在はしまい。


 しかし、このマシューという男はかいくぐり、中にまで入ってきた。しかもただの使用人の筈の男だ。三人は、警戒心以上に気味の悪さも胸に抱いていた。



「貴方…本当に一体何者なのですか?」

「何でェ何でェ、揃いも揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔しやがって。俺ァお前らに知らせあるから来た、それだけの話じゃねェか。まあ、夜分遅くの訪問は礼儀悪ィたァ思うが急場の用なんでな、勘弁してくれ。」


 訝しむ神父に対し、マシューは実にあっけらかんと答える。その口調は以前と比べ東部の訛りが濃い。古代レブノール訛りというやつか。荒っぽい印象を与えるその口調のせいか、先日の陽気な青年と同一人物とすら思えなくなるほどだ。


「まあいいさ。で、何だい知らせってのは。」

「良い知らせと…悪い知らせがあるが、どっちから聞きてェ?」


 湧き上がる疑問はさておいてとりあえず話を聞こうとしたロゴスに、マシューは二本指を指し出し選択を突きつける。彼女は熟考の後、「悪い知らせ」の言葉と共に差し出された右指にそっと触れた。



「いきなりそっちか。話し辛ェな。」

「勿体付けてないでさっさと言いなよ。」

「ああ。若奥様、いやビーナが死んだ。というか、殺された。」



 瞬間、ロゴスに電流が走った。あれだけの大火災、巻き込まれて生き残れる可能性は限りなく低いと、もしもの時の覚悟は決めていた。しかし友の死が「殺された」となると完全に予想の埒外である。どういうことかと詰め寄りたかったが、その気持ちをぐっと抑えマシューの言葉に耳を傾けた。




―――そして語られる真実。ビーナの過去を知る脅迫者。夫への愛と苦悩の板挟み。そして、それを振り切った彼女を襲うあまりにも短絡的で身勝手な殺害動機。更には死してなお貶めんとする下劣な策謀―――




「すまねえな。ビーナの事を頼まれた矢先に、こんなことになっちまって。」

「しょうがないさ…相手が相手だ。アンタみたいなのにどうにかできるようなモンじゃないさ。」


 抑えがたい衝動を噛み潰しながら、頭を下げるマシューをなだめるロゴス。当時の冒険者であった彼女は、その脅迫者の存在についても重々承知していた。北の英雄ジークグランデ、彼の者の強さと気性を考えれば、凡夫にどうにかできる筈も無いのだ。


「ジークグランデか。魔王軍の要注意人物に指定されていた者だな。幸いというかなんというか、アランと違いこちらに積極的に仇成そうとはしなかったので、剣を交えたりなどは無いが。」

「私も名前は良く存じています。ヴァルハの第一近衛師団長に就任なされた、ということまでは聞いていましたが、まさか今そんなことになっているとは…」


 その元英雄の名前は魔王軍にも戦後生まれにもよく知れ渡っていた。しかし、気が短い等あまり良い風評は聞かぬとはいえ、まさかここまで腐った男だったとは。堕ちた英雄の本性に、ティガルドも神父も驚きの色を隠せないでいた。


「それで、この有様でいい知らせってのは一体どういうもんなんだい?」


 ロゴスはマシューの左指を握った。旧友の惨死という報に次いで「良い話がある」と言われても皆目見当もつくまい。一種の苛立ちにも似た気持ちから、左指を握る手にも折りそうなほどに力が籠る。マシューは真摯な瞳でロゴスを見つめ返すと、そのまま右手で腰元から四枚の大銀貨を取り出し、言った。



「手前ェらWORKMANにおあつらえ向きの『仕事』だ。頼み人はビーナ・エルハイム。的は近衛師団殺しの指名手配犯ジークグランデとその一行。どうよ、受けるか?」



 言うが早いか、神父の貫手とティガルドの鉄棍がマシューの喉元に突きつけられていた。



「貴様、その名を何故知っている!?」

「おいおい物騒だな。俺ァただ若奥様の最期の頼まれ事の通りにしてるだけだぜ?」

「その割には落ち着き過ぎではないですか?先日酒を酌み交わした仲が殺し屋と知ればもう少し動揺するのが人間らしい反応というもの。だのにそれどころか、まるでその名前に慣れ親しみがあるかのような言い草なのが気になります。」

「はっ。相変わらずの洞察力だ。まあ、お察しの通り、俺も同業者みてェなもんだ。」


 二本のサムライソードを神父・ティガルドそれぞれの脇腹に突きつけながらマシューは憮然と答えた。ルドルフが観賞用に手に入れていたこの剣は、彼にとってこの上ない得物。目の前の二人がWORKMANの名を聞き威嚇をするとほぼ同時に、マシューはこの剣を抜き対抗して見せたのだ。


「同業者カミングアウトのついでに言わせてもらうが、俺もこの『仕事』に一枚嚙ませてもらうぜ。」

「何っ!?」

「でなきゃ金は渡せねェ。ついでに言やァジークグランデの野郎は俺が殺る。腕前に関しちゃこの通り申し分無ェだろ?」


 マシューの要求は続く。その態度は、互いに一瞬でも隙を見せれば命の無い状況にあっても、あくまでふてぶてしい。そんな彼に、この場で唯一人身動きが取れるロゴスがきっとした表情で一歩近づいた。


「ジークの野郎はアタシにとっても旧友の仇だ。殺るとなったら横から出てきたアンタみたいなのに譲る気はさらさら無いが、どう?」

「だとしたら猶更譲れやしねェな。アンタとは昨日今日知った間柄とはいえ、死なれちゃ寝覚めが悪ィ。」


 暗に「俺なら斃せるがお前では無理」と言うマシュー。信じていないからとはいえ、かつて地上を救った勇者一行のひとりに対して随分と傲岸不遜な態度である。しかしロゴスも、その返事が織り込み済みだったかのように、冷静な口調でなお問いただす。


「そういうアンタは何のために殺ろうってのさ?ご主人の仇討ちでないなら何だい?」

「まあ、手前ェ自身のけじめみたいなもんだ。それにどうやら、俺が野郎を殺らねェことには元に時代に戻れねェらしいんだわ。」


 そういえば「自分が時逆石の力で未来から来た」などと以前言っていたっけか、ロゴスはあの夜のことを思い返す。それこそ酒の席での冗談だと思っていたし、何より時逆石の発現を間近で見た身としては、敬愛する勇者アランとこの男が大いなる意志に選ばれた同格の存在などとは認められるはずも無い。


 しかし、事の真偽などはどうでもいい。彼の心構え、そして剣気を見れば任すのが妥当だとロゴスも思い至った。


「わかった。そこまで言うならアンタに任すさ。アタシらは金魚のフン退治で我慢してやるよ。」


 ロゴスは、抜刀の際にマシューの手から零れ落ちた大銀貨を拾いポケットにしまった。それは即ち、己のするべき「仕事」を受け入れ取り分を貰ったということだ。


「いいのか?ロゴス。奴に任せて。」

「そうですよ。旧友の恨みなんですから、ご自分の手で仇を取りたいんじゃないんですか?」

「馬鹿。仇討ちって言葉が頭ン中に染みついているからこそ譲るのさ。」


 いやにあっさりと引き下がったロゴスを心配するティガルドと神父、彼女はそんな彼らの額をぴしゃりと叩いた。そのおどけた様子に警戒も緩み、思わずマシューの喉元に突きつけていた物騒なものを下げてしまう。同時にマシューもサムライソードを納刀した。


「情に諭せば流される。仇討ちだ何だなんて甘っちょろい感情抱いてりゃ、それが隙になって地獄行きはアタシの方になるさね。油断ならない相手となりゃ猶の事さ…殺しの気構えとしちゃ、コイツのほうがアンタらよりも覚悟決まってるかもね。」


 そう言うとロゴスは踵を返した。元より魔導士らしくたっぷりとしたローブ姿、くるっと回転すると袖や裾が大袈裟に舞う。そして壁にかけていた外套を羽織り、納屋を出て行った。


「…まあ、所詮は人間同士の諍い。魔族の俺には関係ない事。俺は俺の『仕事』を完遂するだけの話だ。」


 続けてティガルドも銀貨を拾う。口ではこう言ってはいるが、彼は魔王猊下の将軍という肩書きが似合わぬほどに情の厚い男である。これも一種の強がりか何かなのだろう。そして、やや恥ずかしそうにしたまま外に出て行った。


「ロゴスさんにああまで言った以上、勝算はあるのですか?」

「ん?ああ、まあ、五割から七割くらいだな。」

「随分と強気の数字ですね。ですがその割には貴方からは捨て鉢な気配が漂うのですが。」

「………」


 この頃から随分勘のいいことだ、とマシューは思った。実際のところ、神父の見込みは的を射ている。捨て鉢とは言うが、刺し違えてでも頼み人の恨みを晴らそう、などという情動ではない。しかし、何かを捨てねば勝てぬ相手であることは、マシューも薄々と感じていた。


「殺しの機械人形オートマトンにはなってくれるな、か…」

「何ですか、その喩えは?」

「アンタの言葉だよ…って今の神父様が知るわきゃねえか。ま、出来る限りご希望に沿えるよう頑張ってみるさ。」


 マシューも銀貨を拾い、開けっぱなしになっていた戸から出て行った。その際、背を向け手を振りながら言った言葉に、神父は会って間もない彼との奇縁を何故か感じずにはいられなかった。






 地元有力議員の邸宅が全焼、死傷者多数。そのような悲惨な事件が起きた夜でも、街の酒場は盛りを迎える。いやむしろ酒場に集う者たちは、不謹慎かもしれないがその話題を肴に盛り上がっていた。明日の早朝何らかの公的な発表があるまでの間、真偽はともかく様々な情報が錯綜する。


「でな、俺が怪しいと睨んでいるのは例の若奥さんだ。聞く話によれば、昔は結構な不良冒険者だったらしいぜ」

「へえ、そいつは初耳だ。もっと聞かせてくれよ。」

「ああ、当時を知ってる奴なら『女王蜂クインビー』って名前を聞きゃどんなのかは察しが付くだろうぜ。何しろ―――」


 この下町の酒場でもその話題で持ちきりであった。様々な種族でごったがえす狭い店内で、中心にいるのはハーフリングの中年。ここらでは見ない顔だがその話し方の上手さに皆が耳を傾ける。


 その男の正体はジークグランデの仲間パルタであった。ルドルフ邸を破壊しまんまと逃げおおせた後、彼らは一時州外れのボロ小屋に身を隠していった。すぐに州外へ脱出することもできたのだが、レドルの発案によりビーナに濡れ衣を着せる工作をするためにあえて街へと戻って風評を撒き散らしているのだ。その目論見はまんまと的中し、尾ひれのついた噂は死後も彼女を貶めるかのように劇の演目にまで発展することとなる―――そう、本来の歴史ならば。


「ごちそうさまでした。お会計、ここに置いてきます。」


 ひとりカウンターで飲んでいた男が、金を払い帰ろうとした。麦酒一杯程度でもう帰るとは随分ケチな客だな、と酒場のマスターは思い特に返事もせずカウンターに置かれた小銭を手に取る。他の客たちはパルタの話に夢中、店内では誰一人として帰る客を気にするものは居なかった。


「でだ、女王蜂クインビーがそこでどうしたかと言うと、突然男のズボンに手を入れて―――」


 狭い店内に、講談師めいたパルタの名調子が響く。狭い店内に、彼を中心とした人だかりが形成され通路を塞ぐ。帰ろうとする男は難儀そうに人波を掻き分けながら出口を目指す。


「それもそのはず、あの女ときたら元から裏切者だったときたもんだ。魔王軍に体を売って自分だけ見逃してもらおうって腹積もりだったんだな。まったく、故あれば魔物ともいたすなんて人間の風上にも―――」



どんっ



 話の途中で、店を出ようとする男がパルタの背中に軽くぶつかった。男は済まなさそうに軽く謝り、ようやく辿り着いた出口から退出していった。この店内にこれだけの人がいれば仕方のない事、誰もが別段気にすることなく、それよりも話の続きを心待ちにしている。


「…それで女王蜂クインビーはどうなったんだよ?」


 しかしパルタが話の続きを語ることは無かった。それどころか、ゼンマイを抜かれたからくり人形のように、ぴたっと止まったまま動かないでいた。聴衆もさすがに訝しがる。


「おい、どうしたんだよ?」


 客の一人がパルタの身体を揺する。すると、まるでふんばりが効いていないのか、揺さぶられたその小さな体はバタリと椅子から転げ落ちた。勿論、未だぴくりとも動く様子は無い。その様子は、聴衆の心にある可能性を想起させ、酔った頭を冷やしせしめる。



そう、パルタは死んでいたのだ。



 店から出た男はさっと人気の無い裏口に回り、その様子を眺めていた。その手にはりんご大の赤黒い何か。先程「ゼンマイの抜かれたからくり人形」に喩えたが、これはあながちただの比喩と言うわけではない。人体において、ゼンマイに相当する駆動の要・心臓を抜き取られていたのだから。


 男は軽くぶつかった際、瞬時にその背中から心臓を摘出していた。一切の傷も出血も伴うこと無く内腑を抜き取る暗黒大陸由来の技術、それはこの「仕事」に堕ちた神父の殺しの技でもある。突然の死に慌てふためく酒場の中を一瞥し「仕事」の完了を確認すると、神父は右手でパルタの心臓を握り潰し、白い髪をはためかせながら夜の闇へと帰って行くのだった。






 深夜の勇者アラン記念公園。閉園時刻はとうに過ぎ閑散としたその正面入り口に、ドワーフのガイガスはいた。彼が行っているのは貼り紙作業。書かれた内容はビーナの過去。一見すれば胡散臭い悪戯でしかないが、その怪しさが逆に人の猜疑心を刺激する。本来の歴史ならばこれもまた効果覿面だったことだろう。管理者を失った公園は、その主人の悪口を喧伝する掲示板と化していた。


 ひとしきり貼り終え、帰ろうとするガイガスの足がはたと止まった。目の前に虎の獣人が立ち塞がる。ただの獣人ではない。己の身の丈の倍はあろうかという巨躯、暗がりからでもはっきりわかる鋭い眼光、そして数多の血を吸ったと思しきしみが滲んだ鉄棍。元冒険者でもあるガイガスは身の危険を感じ身構えた。いや、これだけあからさまに見た目からして殺気を放っているのだ、たとえ警戒心の薄い子供でもあれを見れば危険に身をすくませることだろう、


 突如、虎の獣人がまさに猫科を思わせる瞬発力を発揮した。遠間から一足飛びに間合いを詰め、ガイガスの脳天目掛け鉄棍を振り降ろす。しかし彼も北の英雄に付いて回る猛者、腰に備えた二つの片手棍を交差させ、攻撃を受け止める。


 しかし事態は好転しない。虎の獣人は受け止めた双棍の上からさらに圧をかける。鉄棍で叩き割るのではなく押しつぶすという戦法へのシフト。ガイガスは一瞬たりとも気も力も抜けぬ状況に立たされた。


 ドワーフは低身なれど力に優れた種族である。ガイガスもまたその種族特性を持っている。かつては目の前のもの以上の体躯の獣人と力比べをして打ち負かしたこともあるほどだ。しかし今の状況はどうだ、力自慢の自分がまるで歯が立たぬまま力負けし死の淵に立たされている。あらゆる意味で悪夢が如き現状に、年甲斐も無く泣きそうな気分になった。



―――この虎の獣人が、嘗ての獣魔将ティガルドだと知らぬことは、果たして彼にとって幸だったのか不幸だったのか。



 およそ一分程この膠着状態は続いた。実時間にしては短いが、ガイガスの体感ではいかほどだったことだろうか。しかしその悪夢の時間が突如として終わりを告げた。ティガルドが急に棍に込める力を抜いたのだ。


 上からの圧力を抑えるべく力を入れていたため、突如の解放にガイガスの身体が伸びあがった。そして驚く暇も無く、目の前の獣人に股間を蹴り上げられた。上へ向かおうとする自力に、ティガルドの剛力による蹴り上げ、噛みあった二つの力のベクトルによって、ガイガスの小柄な身体が鞠めいて宙に舞った。


 5メートルほど上空に浮きあがると、あとは重力に引かれ下に落ちる。なんとか一命を取り留めていたガイガスは落下の最中ほんの少しほっとした。しかし次の瞬間、そのわずかな安堵すら打ち砕かれた。視界に迫るはあの鉄棍。落下に合わせたティガルドの無慈悲なフルスイングが強襲したのだ。


 あばらを粉々に砕く一撃に吹き飛ばされた体が、公園の壁にしたたかに打ち付けられた。その衝撃は全身の骨を粉砕し、内腑をズタズタに傷付ける。壁に縫い付けられるように大の字になったその肉体からはおよそ生気を感じられない。死者を貶める貼り紙の代わりに、己がその壁に磔になるというのは、ある種の皮肉にも思えた。



(しかし、つくづく暗殺というものに向いていないな、俺は。)



 しかしひと「仕事」終えたティガルドの胸中にはそのような詩的な情緒は存在していなかったようだ。






「えー!?マジでエルハイムさんとこのお嫁さんが!?」

「ああ。確かな筋の情報さ。」


 ジークグランデの仲間のひとり、レドルは色街に繰り出し夜の蝶相手に談笑していた。だがただ女遊びを楽しんでいるのではない。彼もまたビーナの過去を吹聴して回っていた。商売女の下世話な詮索が加われば、更に容易く事実を捻じ曲げられるだろうという判断である。


 そんなわけで、ひとしきり話を終えた彼は三軒目の店を後にした。これでももう十分だが、ダメ押しにもうひとりぐらい道すがら引っ掛けて噂を広めてもらおう、そう思い周囲を見回すと、ひとりの女の後ろ姿が目についた。


 まず目を引いたのが燃えるような赤い髪。齢はいっているようだが後ろからでもわかる堂々したたたずまい。この色町の顔役に違いない。話しかけるタイミングを探り、後をつけていった。しかし女はどんどんと人気の無い方へ歩いていく。本来の目的としては別段困ることは無いのだが、あまり知らぬ街の裏通りはさすがに心細い。


「ちょっ、ちょっとお姉さん!お話いいかな?」


 いよいよもって人通りのない道に差し掛かった時、たまらずレドルが声をかけた。まるでナンパのような形になってしまったが問題はない筈だ。何しろレドルは自分の容姿に自信があった。顔のいい自分に誘われたのだから、怪訝がられることはあれども嫌がられることなどは無いだろう。


 しかし、そんな自信満々の彼を迎えたのは、女の掌だった。振り向きざまに突き出された右手が、口を塞ぐかのように彼の頬を握った。突然の、拒絶を通り越した攻撃にレドルは目を白黒させたが、そこはとうの入った女と成人男性相当の力の差、割と難なく振り切る。そして、目の前の女の姿を見て驚愕した。


「死んだ後も女を虐めるような外道に、話す言葉なんてないねぇ。」

「て、てめえ…ロゴス!何でこんな所に!?」


 勇者アランに随行し世界を救った魔導士である、当時の冒険者なら知らぬ者もいないだろう。何故そのような者がこんなところにいるのかには疑問は尽きなかったが、その目的には凡そ察しがついていた。


「まさかビーナの敵討ちのつもりか?そういえば昔あいつとつるんでいたらしいしな。」

「………」

「だとしたらどうするつもりだ?得意のド派手な魔法をよもやこんなところでぶっ放すつもりでもあるまい。だが半端な魔法は通用しないぞ?」

「………」


 話す言葉を持たぬと言った通り、ロゴスは黙して答えない。その態度がレドルを神経逆撫でした。挑発めいて話しかけたつもりが自分がキレてしまったようだ。懐から得物の折り畳み式レイピアを取り出す。繰り出されるは得意の連突き。その速さは槍ぶすまめいた残像を繰り出すと評判である。いくら大魔導士と言えど身体は齢50の女、防ぐも躱すも不可能だろう。しかし―――



「……2…1…今っ!!」



 黙しながらも何かのタイミングを合わせるべく数を数えていたロゴス、その右指がパチンと鳴った。ボンッ、とたちまち響く爆裂音。不思議なことにそれが聞こえてきたのは、レドルの体内からであった。


 微量の魔力を口から流し込み、体内に行き渡ったタイミングで炎魔法よろしく着火、内腑を焼くというロゴスの殺し技。出会い頭にレドルの口を塞いだのは喋りたくないという気持ちからではなく、この魔力を送り込むためのものだったのだ。結果、自身も認める色男は白目を剥き、口から白煙を立ち上らせるというあまり格好良いとはいえぬ姿で地獄へと落ちていった。


「ビーナ…」


 内蔵の焼ける嫌な臭いが風に乗ってロゴスの鼻腔をくすぐった。その不快な香りが「仕事」の完遂を証明している。そして、甘っちょろいとはわかっていながらも、仇の一人を討てたことにひとまずの満足を覚えるのだった。






 街外れの粗末なボロ小屋、それこそ風雨を凌げればそれ以上は望まない程度の立て板の組み合わせのような建物の中で、ジークグランデは不貞寝をしていた。ビーナの風評をばら撒きには出ていない。まあ元より指名手配犯であるし、そうでなくても人に話を合わせることなど不可能な男である。下手に出歩かないで正解だろう。


 さりとてこのような場所で寝ている現状も彼を苛立たせていた。本来なら今夜はエルハイムの豪邸の一室で悠々自適な生活を送れていただろうと思うと、何故北の英雄と呼ばれた自分がこのような乞食めいた家で寝なければならないのかと理不尽な怒りが沸く。尤も、エルハイムの豪邸を燃やしたのも家主を殺したのも自分なのだが、彼はそんなことを省みるような男ではなかった。


 数時間は経った頃だろうか、戸を引く音と足音が聞こえた。ジークグランデは仲間たちが帰ってきたことを悟る。しかしこの時、仲間の亜人3人は既にWORKMANによって「仕事」にかけられた後だった。なればこの足音は侵入者でしかあり得ないのだが、今の彼にはそんなこと知る由も無かった。


「おう、遅いぞ。噂をばら撒く程度のことにどれだけ時間をかけてんだ。」


寝返りを打ち仲間を出迎える。しかし彼の目に飛び込んできた者は見知った亜人の顔では無く―――およそこの国では見たことも無い、白い化け物の面相だった、


「うっ…うおおおおおおおおおおおおっ!?」


 すわ魔族の生き残りか?とジークグランデは慌てて跳ね起きた。そして気勢を放つと溶岩の血液が更なる熱を上げ、周囲の空気を膨張させ突風を起こさせた。その風圧は凄まじく、ボロ小屋は瞬時に吹き飛び、二人の男を月明りの下に曝け出させた。


「なっ、何者だ貴様!?何のつもりだその面は!?」

「おいおい、北の英雄様とやらが随分と臆病なこって。そんなにこの面が恐ェのかい?」


 ジークグランデの質問に、侵入者は白面を撫でながら嘲笑った。そして確かに、彼はその面に潜在的な恐怖感を抱いていた。形相そのものの恐ろしさもさることながら、女が化けて出たかのようなデザインは、今日の今日で女を一人血祭りにあげた人間にとって不気味この上なかったのだ。



―――ハンニャ。ワノクニで伝承される、恨みによって女が転じた化物。



 これもルドルフの所蔵していた舶来品である。焼け落ちず、盗まれずに残ったこれを侵入者―マシュー・ベルモンドがサムライソードと共に装備していたのだ。


「その女のような面相、よもやビーナが化けて出たとでも言いたいのか?」

「どう思おうがご自由に。俺の目的ァただアンタをたたっ斬る、それだけだからな。」


 そう言うとマシューは腰に下げたサムライソードを一本抜き、構えた。そしてジークグランデも、月光に照り輝くその刀身に臆することなく構えを取った。未来の殺人者と過去の英雄、本来ならあり得ぬ血闘のはじまりである。




 最初に仕掛けたのはジークグランデだった。真っ赤な右拳が般若面に対し繰り出される。拳の周囲がほんのりぼやけて見えるのは熱量の証拠。当たれば骨を砕くどころか、身を焼き灰塵に帰することだろう。


 しかし軌道そのものはまったく平凡なものだった。狙いも見え見えのテレフォンパンチ。恐らく己のその特異体質だけで満足し、闘技は磨かなかったのだろう。志摩神刀流の回避技術・浮木の運びによって難なくこれを躱す。


 そしてそのまま流れるような動きで、すれ違いざまに抜き胴をジークグランデに見舞った。その剣閃は足の運びの緩やかさから想像もできないほどに鋭い。志摩神刀流奥義・牛頭割り、極限の脱力からの放たれるマシュー得意の必殺剣。これにより数多の敵を両断してきた。ジークも程なくして、この数多のうちの一人になる―――筈であった。


 手ごたえはあった。本来なら上半身と下半身を分かつ一閃。しかしマシューが実際に目にしたものは、脇腹を押さえ立ち上がるジークグランデと、刀身が溶け落ちたサムライソードの残骸であった。


「これほど深く切り込まれたのも十数年振りか。だが残念、まだ届かなかったようだな。」


 珍しくジークグランテが褒めるような発言をした。傲慢な彼ですら認めざるを得ないほどの一撃だったことは想像に難くない。しかしそんな神速の一撃を以てしても、そのマグマの血で刀身が溶けきる前に両断するには至らなかったのだ。


「おう、剣はもう一本あるだろう。どうだ、また試してみるか?今度こそ俺の胴を裂けるかもしれんぞ?」


 今度はジークグランデがマシューを挑発した。この者・この剣でも己は斬れぬとわかった上での余裕だろう。先程の褒めるような言葉も、この余裕ゆえか。そうこうしているうちに、外気で冷え固まった溶岩がかさぶたのように傷口を塞いだ。それなりに深い傷もダメージらしいダメージたりえない。勝ちを確信して笑みをたたえるジークグランデに対し、およそマシューに勝ちの目は見えなかった。




(やはり、あの「勝算」に頼るしかねェか…)




 マシューは溶けたサムライソードを投げ捨て、もう一本を抜き構える。相手の闘志がまだ萎えていないことを確認したジークグランデは、一気に間合いを詰め連撃を放つ。やはりマシューにとっては目をつぶってでも躱せる直情的な打撃。一撃が致命打となる拳の雨を凌ぎながら、マシューは黙想に入った。志摩神刀流の本旨たる脱力、それよりももっと深き境地へとたどり着くために―――




―――大いなる使命を持つ者を過去へと送る時逆石。勇者アランに与えられた使命は地上を護るための結界の要石を手に入れること。対してマシューに与えられた使命はジークグランデの抹殺である。その事実はマシューに少なからぬショックを与えた。


 マシューに使命を与えた超常の存在が神か悪魔かは知らぬが、何であれ人ひとりを殺すために選ばれた。言い換えれば、超越者に「お前の価値は人殺しだけだ」と指差して宣告されたということ。その事実を受け入れれば、人間としてのアイデンティティが崩壊しかねない。あるいは完全なる殺人者ならばそれでも良いのかもしれないが、彼は大切な使用人を騙し続け、良き主として振る舞うことで一線を踏み越えないように努めている。そこにきてこの宣告は、彼にとって快いものではない。


 一方で、その境地に達することで手に入る力も明確に見えていた。それが即ち、神父に語った勝算である。自己という存在を捨て、ただ恨みを以て人を殺す概念と化す。志摩神刀流の脱力はここにおいて大きく働いた。力みを抜き、存在への執着を抜き、脱力を越えた無空の境地へと至る。そして―――




 はたと、拳の雨が止んだ。マシューがサムライソードを上段に振り上げた構えを取った瞬間、ジークグランデの背筋に言いようのない恐怖が走ったのだ。


 とても不思議な感覚であった。目の前の相手からは一切の思考、意志が感じられない。いわゆる無の境地というものだろう。にも関わらず、その姿からは確かに鋭い殺気が迸っていたのだ。意志がないのに殺気はある、まるで矛盾した存在がそこにはあった。


 例えるならば荒れ狂う水、燃え盛る炎、砕け散る大地。どれも意志など存在しない自然現象なれど、そこに巻き込まれた者は嫌が応でもその現象のうちに「自分を殺しに来ている」という感情を見出す。今のマシュー・ベルモンドは、そんな大自然の驚異に近しい存在と化していたのだ。


 ジークグランデはマグマの血を得て以来、ついぞ恐怖など感じたことも無かった。そんな男に恐怖と言う感情を蘇らせたマシュー。そして、サムライソードが振り下ろされた。




 それは、奇妙な光景だった。目の前で上段に剣を構えていた男が、次の瞬間にはもう振りぬいた姿に変わっていたのだ。瞬きする間の斬撃、などという生易しいものではない。いかな動体視力を以てしても、剣を「振り下ろす」という過程がすっ飛んだようにしか認識できないのだ。


 やがて、ジークグランデは目線がどんどん下がっていくことに気が付いた。まるで背丈が縮んでいくかのような感覚。やがて彼は自覚した。右肩から神速を越えた斜め袈裟斬りで両断された己の半身が、ずるりと滑り落ちていっているということに。


「なっ、なんだ!?何が起きたんだ!?」


 どさっ、と地に落ちたジークグランデの上半身が叫んだ。いつの間に斬られたのか、そもそも自分を斬れる剣や剣技が存在していたのか、何もかもがまるでわからず混乱する。理解も追い付かぬままぎゃあぎゃあと騒ぐ彼は、やがて素っ頓狂なことを言い出した。


「そ、そうだ!過程をすっ飛ばして結果だけが残ったんだ!そうとしか考えられねえ!!そうでも無けりゃこの北の英雄ジークグランデが…」

「何かわけわかんねェ事言ってるけど、そのフレーズは惹かれるものがあるな。拝借するぜ。」




「志摩神刀流異伝・因果の太刀。テメエを屠った技の名だ。地獄への手土産に持って行きな。」




 程なくして、ジークグランデの叫びは聞こえなくなった。断面から吹き出て制御不能となったマグマの血が彼自身の肉を焼き、燃やし尽くしたのだ。北の英雄と呼ばれた男は、その生きた証を一切残すことなく、ここジャノベアにて灰となり風に流され消えていった。


 同時に、マシューの身も光に包まれていた。時逆石によってこの時代に送られたときと全く同じ光の奔流。なるほど、事を成したからようやく元の時代に戻れるのか。そう思うと嬉しいような、少し寂しいような、せめて別れの挨拶くらいさせてくれても良かったんじゃないか、などの考えが頭に浮かぶが、やがて光と共にその思考も消えていった。




「…見ましたか?ティガルドさん。」

「ああ、凄まじき剣技にあの光の奔流。思っていた以上に大物だったのかもしれんな、あのマシューとかいう男は。」

「ありゃ確かに時逆石の光だね。昔この目で見たことのあるアタシが言うんだから間違いないわよ。まさか本当に未来から来てたなんてね。」


 木陰から、この時代のWORKMAN三人が顔を出した。任せたと言えど相手が相手、万に一つしくじったのならば代わりに自分が立ち向かう。自身の「仕事」を終えた後、三人は同じことを考えジークグランデの寝床に向かった。


 しかし心配は完全に杞憂に終わった。それどころかまるで目視することもできない剣技に、未来から来たなどという世迷言を証明する光。想像を絶するものを目撃することとなったのだった。


「いやあ、同業みたいなもんとは言っちゃいたが、ありゃ多分未来のWORKMANだねえ。どのくらい先かは知らないけど、あんな後輩がいるのならこの稼業も安泰ってこった。良かった良かった!」


 WORKMANの発案者ロゴスが男たちの肩を叩きながら、心底嬉しそうに言った。自分たちの存在自体が不吉そのものとは理解してはいるが、それでも自分の後を受け継ぎ人の涙の為に汚れるものが続いて行くという事実は、彼女にとってどれだけの救いになったことだろうか。そしてティガルドと神父も、その長命ゆえに遠い未来に彼と再会することを予感し、その時を楽しみにするのだった。






「―――――――さま!」

「―――るじ様!!」

「主様!!もう朝ですよ!」


 マシューの耳に聞き慣れた声が入ってきた。体感としてついぞ十日ほど聞いていなかったが、それでも誰の声かは一発でわかる。使用人姉妹の妹、フィアラ・モリサンの快活な声だ。


 その声に応じ目を開けると、そこはホテルのベッドの上だった。時逆石の前の野っ原ではない。夢にまで見たふかふかベッドで眠れたのは良いことだが、これはこれで合点がいかぬ。


「あれ?私は夜に時逆石の前まで行って、それから300年前に…」

「何寝ぼけてるんですか!早く身支度してくださいな!遅れてツアーの皆さまに迷惑かけたらベルモンド家の恥ですよ!」

「そうそう~、何せ今日は楽しみにしていた『ジャノベア心中』の演劇鑑賞なんですもの~。」


 夢か、そうだよな。まずもって公園に侵入して時逆石の前に行くなんてことがありえない。今こうやってベッドから起きたことが何よりの証拠だ。それにフィアナが「ジャノベア心中」の名を口にしている。もしあの体験が現実ならば、その創作の存在は消えている筈なのだ。マシューは納得した。しかし同時に、すべてが徒労だったかのような一抹の寂しさも覚えていた。


「えーお姉様、あんなホラーのどこが楽しみなんですかー?私はやだな。怖いし。」

「もう~フィラちゃんてば相変わらずお子様ねえ~。白塗りの悪魔が恐いだなんて~」


「は?」


 馴染みの声が、聞き慣れない会話を繰り広げている。マシューは小首をかしげた。確かフィアラもあの演劇を楽しみにしていた筈だ。いやそもそもホラーとは何だ。愛憎劇ではなかったのか。ジャンルからして違うじゃないか。マシューは当然のように姉妹にその疑問を投げかけた。


「あのー、ちょっと尋ねるが『ジャノベア心中』ってどういう話だっけか?」

「何ですか主様~私が行きがけにあんなに熱心に説明してあげたのに忘れるなんて~」

「いや、ちょいとド忘れしちゃって。」

「アレですよ。仲睦まじい夫婦が自分たちを陥れた悪党に復讐するために、ふたりで生贄になって白塗りの悪魔を呼び出すって話。いや本当にこの白塗りの悪魔が私のトラウマでー…」



「ははっ、あははははははっ!」



「あ、主様~どうなされたんですか急に笑い出して~?」

「いや、何でもない。こっちの話さ。」



 マシューが当初に夢想していた「ジャノベア心中」を食い止める、という目標はついぞ果たすことができなかった。しかし、新しく刻まれた「ジャノベア心中」の物語は、マシューにひとまずの安心と、自らの存在を劇中に連ねる気恥ずかしさを与えるものであった。

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