其の二
傭兵崩れのゴロツキどもをひと槍ふた槍さん槍で
バッタバッタとなぎ倒す 最近珍し女騎士!
しかもこれが ザカールっ子なら誰でも知ってる
鬼牙峠の山賊退治で有名な
ソニア・エレクトラのご子孫だってんだから驚いた!
詳しいことはこの朝刊に 書いてあるから是非とも読んで頂戴な!
さあ買った買った!
朝の街に新聞屋の宣伝が響き渡る。3・4日も経たぬうちにあの事件と渦中の人物の家系については街中に知れ渡り、マリエラ・エレクトラは話題の的となっていた。そしてその事は、自宅に彼女を預かるマシュー・ベルモンドの周囲にも、多少の変化をもたらした。
「いやあベルモンドさん、先日はお手柄でしたねぇ!」
デスクワークの最中、州衛士隊隊長のベアがいやにいい笑顔でマシューに話しかけてきた。こういう顔の時は見るからに不機嫌そうな時よりも扱いが面倒だと認識しているマシューは、困った笑顔を浮かべながらこれに応対する。
「あ、あれは厳密には私の手柄じゃありませんし、そんな褒められるほどでは…」
「ええ存じております。しかし部外者のおかげの棚ぼたとはいえ書類の上ではあなたのお手柄ですからね。上司としては一応労っておかないと。以上、ノルマ終了。」
貼り付いたような笑顔のままベアは続ける。
「しかし噂を聞くに随分と腕の立つ娘さんのようですねぇ。しかも元はあのエレクトラ家の御息女ともなれば格式も申し分ない。我々州衛士隊に是非とも入っていただきたい人材ですなぁ。」
「あれベア隊長?女性が州衛士をやることに抵抗とか無かったですか?そういうのには拘る人だとばかり…」
「何をおっしゃいますか、市民のためにもひとりでも優秀な人材を登用する、州衛士隊を纏める者として当然の判断ですよ。ついでに役に立たない給料泥棒の人材を足切りできれば万々歳なんですがねぇ…」
結局いつものアレである。
「ねえベルモンドさん、あなたエレクトラさんをご自宅に停泊させてらっしゃるそうですね。あなたの代わりに彼女に出勤してもらえるよう頼んでみてはくれませんか?」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!よしんばそれが通ったとして私は家で何してりゃいいんですか!?居候に養ってもらうとか家主としてどうなんです?」
「いいじゃないですかこの際恥も外聞も投げ捨てれば。あるいはそこまで恥ずかしいって言うならいっそ彼女のお家に輿入れしてみてはどうですかね?それなら体面は整うし、それになんとなくあなた婿養子とか似合いそうですし。」
「どういう意味ですかそれは!?」
今回の事件もまた例によってあてこすりの材料にされたわけだが、マリエラを州衛士隊に呼びたいというベアの希望は恐らく無理であろうと考えると多少の溜飲も下がった。何故なら今話題の女騎士を迎え入れたいと考えているのは彼だけではなく、近衛師団や企業などの州衛士とは比べ物にならぬほどの大きな団体もまた既に動いているからだ。いかにもなお偉方が交渉のためにベルモンド家のあばら屋に続々出入りする姿は、マシューとモリサン姉妹を大いに困惑させた。
思えば虫のいい話ではある。世間は昨日の今日で降って湧いたようにソニア・エレクトラの子孫をもてはやしているものの、実のところエレクトラ家はこのザカール州で衰退の一途を辿りながらも細々と息づいていたのだ。まるでなかったもののような扱いの中、マリエラの父母は遥か北はヴァルハ州まで出稼ぎに出るほどまで困窮していた。それが先の大捕物ひとつでこの様子である。酷い手のひら返しもあったものだと思わなくもない。
とはいえこの盛況を生み出したのはマリエラ本人のエレクトラ家再興に賭けるたゆまぬ努力の賜であり、世間の風潮はともかくとして幼き日より磨き続けていた武が実を結んだにすぎない。そういう意味でまず何より彼女を祝福したく思うのは惚れた弱みか贔屓の引き倒しだろうか、そんなことを考えながらマシューが家路についていると、途中でそのマリエラに出くわした。相も変わらず平和な市中にあっても槍甲冑姿である。
「おおマシュー、お前も今帰りか。」
「そういうマリ姉こそ…って、どこの帰りなんだよ!?家にいたんじゃ…」
「ああ、第一近衛師団のところに行っていた。フィアナたちには言付けしていたがお前は知らなかったなそういえば。」
第一近衛師団―――6つあるザカール州近衛師団の中でも実力・格式共に最高位を誇る国防の要。先だって州衛士隊に粉をかけてきた第三近衛師団とは一回りほどランクが上のエリート中のエリート集団である。まさかそんなところまでがマリエラの獲得に乗り出していたとは、とマシューは驚いた。
「へえ…まさか第一近衛師団までねぇ…じゃあやっぱりそこに入団するとでも?」
「いや今日のところは手合わせ願っただけだ。一過性の話題で持て囃されてると思うのも癪なのでな、実力を指し示したかったのだ。まあ結果は10戦立ち会って5勝5敗、いや、最初の3勝は侮られていることが目に見えて分かったから事実上は2勝がいいところか。私もまだまだだな。」
女の身でかの第一近衛師団相手にその成績なら十二分ではなかろうか。しかしこの妥協の無さは彼女の性分であるとわかっているためあえて深く追求はしなかった。
「やあ、これはエレクトラ様。今日もお元気そうで何より。」
「ベルモンド様のお屋敷にエレクトラ様が来られてから、このあたりも柄の悪い連中を見なくなりましたよ。本当ありがたいことです。」
「今度孫ができることになりましてね。エレクトラ様のように強い子になれるよう顔を見てやってはくれませんか?」
ベルモンド家の邸宅がある下町への通り道、立ち並ぶ商店はほとんど店じまいの準備をしている。軒に出した商品を仕舞い込む最中、マシューと並んで歩くマリエラを目にした町人たちは皆折々に笑顔と言葉を投げかけてきた。英雄の子孫の帰還は、打算めいた権力者連中よりも彼らのような町人たちにこそ率直に嬉しい出来事であったのかもしれない。
「…思えば、これが私の求めていたものかもしれないな。」
マリエラが呟いた。
「どうしたのさマリ姉、急に。」
「いや失礼。あの町民たちの笑顔を見てたらつい、な。私は幼き日より盲目的にエレクトラ家再興を願い武に邁進してきた。そして今まさにこの宿願が叶わんとする段に至りお歴々と顔を突き合わせてきたわけだが、そんな最中にふと、何故そこまでして力によって名を上げなければならなかったのかという根本的な疑問が湧いていてな…それで今の町人のたちの笑顔を見てそれなんだと気がついたのだ。」
「町人の…ためと?」
「我が祖ソニア・エレクトラもそうだったのだろう。平和を脅かす賊を討ち民衆に笑顔を取り戻すために立ち上がった、今ならそう思える。だから私のこの槍も功名心だけではなく、平和といえど不安の残るこの世界であの民衆の笑顔を守るためにあるのだ、とな。」
「そう…かもしんないっすね…」
マシューは宙を見上げながら力なく返事をした。彼もまた剣技を極め民のためにそれを振るう者である、その気持ちは理解できなくもなかった。尤も、民の笑顔のためと民の涙と恨みのためとではその意義に天地ほどの開きがあるのだが。
「となれば、一番民草に近い立場である州衛士にでも就こうかな。マシュー、お前と肩を並べて街を守るのも悪くないかもしれん。」
「いや、それだけは勘弁…」
気持ちは理解できたとして、それでもあのベア隊長が喜ぶような選択だけはしてほしくないと思うマシューであった…
彼女が己の使命に気付いたその日の翌日、まさにうってつけの来客が現れた。オーガトゥス商会、北部に社を構える中小の陸運業者。既にマリエラ獲得のために打診に来た東部南部の巨大海運業者と比べれば屁のようなものである。しかしオーガトゥス商会はそれら巨大企業のように、用心棒やイメージガールめいた立ち位置を依頼しに来たわけではなかった。
「臣下にしてほしい…とな?」
若旦那と思しき男から事の仔細を聞いたマリエラが不思議そうに尋ねる。今までの依頼主は英雄の子孫を相手取っているにも関わらず、あくまで「雇ってやる」という上から目線だった。そこにきて自分たちから下につきたいという人間は初めてだったのだ。
「ええ、まあ。自分たちの言葉で言えば『いちの子分』にしてほしいことでやすね。」
会社人というよりは筋者に見えなくもない若旦那は、その見た目に似つかわしい口調で続ける。
「俺も驚きやしたよ。エレクトラ家の末裔だと街の評判が聞こえてきた時に、親父が何かを思い出したように家系図を引っ張りだしやしてね。見てみたら俺達の先祖もエレクトラ家の領民だったんですよ。」
「なんと!そうであったか。」
「ご出世間違いなしのマリエラ様に取り行ってそのご威光にあずかりたいという下心が無いというわけでもねぇです。そもそもかつてエレクトラのお家を見限って領を離れた一族が今更になってまたお仕えしたいというのも調子のいい話でやしょう…しかし、その無理は承知でお願いしたいんです!どうか俺達に、今一度エレクトラ家に尽くすチャンスを!」
深々とした土下座。今までにない様子に立ち会っていたメイドの二人も困惑の色を隠せない。しかし当のマリエラは涙を流しながらその姿を見つめていた。
「私は…果報者だな…もうよい、顔を上げい…」
下心はともかくにしても、民のために挺身せんと決めた先からその民のほうから自分に依り戻ってきたのだ。偶然とはいえこれ程嬉しいことも無かった。若旦那の頭を上げさせたマリエラは、彼の視線の位置まで腰を下ろし真っ直ぐ見つめながら肩を抱いた。
「尽くすチャンスが欲しいのは私の方だ…これからはお前達の生活を、笑顔を守るために私に働かせて欲しい。いいかな…」
か細いが心の奥から絞り出すような涙声で、マリエラはこの申し出を承諾したのだった。
「―――というわけで、衣食住については彼らオーガトゥス商会が出してくれるということになった。これ以上お前の家に迷惑をかける訳にもいかぬしな、明日にでも出立しようと思う。」
「いやいや、迷惑だなんてそんな事は全然。マリ姉が良いならなんだっていいさ。」
夜8時、残業を消化し遅めの帰宅となったマシューは遅めの晩飯を取りながら、マリエラの口から昼間の顛末を聞いていた。嬉しそうに語る初恋の人を前にして、自分もなんだか心が躍る気分になる。気がつけば小食な彼には珍しいほどに食事が進んでいた。
「それでその新居ってのはどの辺で?やっぱり北部のほう?」
「うむ、彼らの会社がそちらにある故な。ここからはかなり遠ざかるが仕方無い。」
「そっか…じゃあしばらくマリ姉とは会えそうにないな。」
「何を馬鹿な、今生の別れでもあるまいに。暇があればフィアナとフィアラも連れて遊びに来るといい。今までの宿の礼もしたいしな。」
「さあどうかなぁ。貧乏暇なしを地で行く生活だからなあ私も。まあその時は追って連絡でも入れるよ。」
「そうか、待ってるぞ。では明日はもう早いので先に寝るぞ…マシュー、今まで本当にありがとうな。」
「うん…じゃあお休みなマリ姉…」
と、別れの言葉をかわしマリエラは寝室に向かっていった。メイドの二人は耳を効かせ彼女の足音が消え部屋に入っていったことを確認すると、マシューを見ながら同時に深い溜息を付いた。
「はあ…何ですか主様、今の色気の欠片もない別れの挨拶は…」
「少なくとも初恋の人にするには、ロマンチックじゃないにも程が有りますね~…」
食後の一杯が鯨の潮のように吹き出る。家族同然のメイドたちである、薄々察せられている感はあったもののここまで不意打ちに直球で言われればそりゃ驚くというものだ。慌てて自分で噴いた茶を拭く。
「何でお前達がそんなことを…ってかねぇ、私一人で雰囲気出しても相手にその気がなけりゃ滑稽なだけじゃないのさ!そんな無様晒すくらいなら心に秘めてるほうがよっぽどマシだよ!」
「甘い!主様は本当に甘い!そんな草食系みたいな戯言をこねてるうちは嫁はおろか彼女すらできませんよ!?」
「そうそう~、そもそも30までに所帯を持てなかったらどうなるかを考えたら、もっとお焦りになってがっついてもいいはずなのに~」
マシューベルモンド(20)は30までに所帯を持てなかったらメイドのモリサン姉妹のいずれかを娶り子孫を残さなければならないのだ(第二話参照)
「じゃあよしんば思いが通じたとしよう。しかしだ、日の出の勢いで立身出世が約束されたエレクトラ家が、ベルモンド家のような弱小貧乏一族のもとにわざわざ嫁ぎたいと思うか?そういう身分違いというものもだな…」
「でしたら主様がエレクトラ家に嫁げばいいんですよ~。なんとなくお似合いでいらっしゃいますよ~婿養子~。」
「だから何でみんな私を婿養子にしたがるの!?」
何か見えない力というかイメージというかモチーフというか、ともかくそういったものに振り回されるマシューであった。
翌朝、早くからマリエラはベルモンドの邸宅から出発した。家人のマシューはまだ夢の中、最後に挨拶できなかったのは名残惜しいがオーガトゥス商会が用意した北部の屋敷は遠く今から発たねば約束の時間にも間に合わない。軽い朝食と身支度、そして足である馬を用意してくれたメイド姉妹にのみ軽く挨拶を交わし足早に出て行った。
太陽がだいぶ天頂に近づいた頃にはようやく山間部だった。街から離れ人の住む気配はだんだんと薄くなっていく。右手を見渡せば、かの先祖が大立ち回りを演じたという鬼牙峠が見え、マリエラに深い因縁を思い起こさせる。
そうこうしているうちに約束の場所まで辿り着いた。しかしマリエラの目の間にあったものは、雑に丸太を重ねただけの急場しのぎで作ったかのような小汚いログハウスだった。住処を作ってもらったという手前強く言うこともできないが、さすがにマリエラも眉を顰める。出迎えたのは以前の若旦那同様、筋者めいた若者が一人。
「さすがにそちらを持ったまま入られるのは物騒なので預かりやしょう」
と話しかけていたので、彼女も肌身離さず持っていた槍を彼に預け、丸太小屋の戸を開けた。その中は外見に輪をかけて質素、家財道具はおろか窓すらもなく、ただただ木目が不規則に並ぶだだっ広いくうかんでしかなかった。これはいったいどういうことなのかと疑問に思いながら奥へと進むマリエラの背後に
突如、室内であるにもかかわらず疾風が走った。
と同時に、両の手首と足首に激痛と鮮血、
そして転倒。
痛みのせいではない、痛みに耐えうる方法は修行のうちに学んでいる。それでも立っていられないのはアキレス腱を傷つけられたのだ。掌も自分の意志で動かすこともできない。先ほどの風が鎌鼬めいて四肢の腱を切り裂いたというのだろうか。しかし手首は鉄製の小手に覆われ、足首もロングスカートで隠されている。自然現象でこれほどにピンポイントに傷つけることなどまずあり得ない。人為的、しかも相当の手練の技だ、とマリエラは突然の事態に焦りながらも分析する。
やがて彼女の視界に三人の男が入った。うち二人は蟷螂を思わせるような顔立ちの双子のハーフリング。手に血塗れたナイフが握られておりこの斬撃も彼らのものであるということが容易に連想できよう。
そしてもう一人の男は、オーガトゥス商会の若旦那。
「いやあ、いい格好だなぁマリエラ様よぉ。」
先日の青年とはとても同一人物とは思えぬ下卑た表情で、若旦那はマリエラを見下ろした。武器もなく、手足も禄に動かない状態であってもマリエラは毅然とした態度を崩さずに睨み返す。
「き…貴様っ!これはいったいどういうことだ!?オーガトゥス商会は私に協力してくれるんじゃ…」
「察しの悪い女騎士様だなぁ。今の状況で嵌められたとか思いつかないものかねぇ。そもそもオーガトゥス商会ってのはなぁ、俺達の真の姿の隠れ蓑なんだよ…おっと、首領が来たか。いや、オーガトゥス商会の会長様って呼ぶべきかね、クックック。」
奥手の扉が開き、男が入ってきた。小柄な体躯に髪も髭も伸び放題、傷跡だらけの体と同じく傷を受けた結果であろう右目の眼帯と左手の義腕、いかにも日の当たらない世界で殺伐した生き方をしてきたといった雰囲気のドワーフの男。その男はマリエラを見るやその足で、彼女の腱の切れた右手首あたりを踏みにじった。激痛にさしものマリエラも叫ぶ。男はその光景を満足そうに見ていた。
「この時をどれだけ待ちわびたことか…恨み募るエレクトラの末裔に復讐するこの時を…」
「き…貴様もしや、鬼牙峠山賊団の子孫なのか…!?」
エレクトラ家に対する憎悪とドワーフという種族。この二つを合わせればこの推論に達するのは自明の理だった。しかし男はこの推論を一笑に付した。
「ハハハハ、子孫などという遠い縁ではないわ。儂はギンゾ、かの名高き鬼牙峠山賊団団長ガンゾの実子よ!」
ソニア・エレクトラの伝承は5・600年前。ドワーフは長命なら6・700歳に達する。合点の合わぬ話ではない。しかしかの御伽話の人物が実際に今生きているなどという観点は、寿命が100にも充たぬ人間にはあまり出て来ぬものだろう。マリエラも驚きを隠せない。
「親を目の前で殺されて恨みを持たぬ者などおるまい。しかもそれを手柄として成り上がったというなら尚更じゃ。儂はエレクトラ家への復讐と団の再生を目的に生きてきた。
しかし儂が成人し力をつけていくのと反比例しエレクトラ家は没落していきおった。それはソレで溜飲が下がるがやはりこの手であの一族を絶望の淵に追いやらねば気がすまなんだ…そこにきてお前が英雄として持て囃されたときたものだ。絶頂から絶望の淵に叩きこむのにこれほどのタイミングもあるまい。
かねてより山賊団の隠れ蓑として機能していた会社を装い接触、そしてお前は間抜けにもまんまと騙され事今正に成されりというわけじゃ…」
ギンゾは積年の恨みと大願成就の喜びを込めるかのように、右拳をぎりりと握りしめた。皮の手袋がギシギシと音を立てる。と、奥手の扉が再び開き、大勢の男達が部屋に入ってきた。人間やドワーフ、ハーフリングなど種族が混在しているが、共通するのは皆ギンゾや若旦那に負けず劣らずの物騒でいかにもな顔をしているというところだろうか。誠意で話の通じる連中ではない、マリエラは直感し「死」の文字が頭に浮かぶ。
「くっ…殺すなら一思いに殺せ!男なら男らしくな!」
「ぎゃははは!女騎士ってのはホントにそういう事言うんだな!」
「俺も初めて聞いたぜ、創作家の作り文句とばかり。」
「まさか生でこの台詞が聞けるとはなー」
手足も動かず芋虫のように地に這いながら凄むマリエラだったが、男たちはその覚悟を嘲笑った。殺すだけで済ます気はどうやら無いようだ。
「紹介しよう、新生鬼牙峠山賊団じゃ。このところの平和であぶれた殺し屋・傭兵崩れから儂が厳選しスカウトした30名。特にこのディマ兄弟は目をかけてきた連中の中でもいっとうの実力を持っておる。今お前が体験したとおりにな…」
ギンゾはナイフに付いた血を舐め取っている双子のハーフリングの頭を撫でた。やはり蟷螂のように首を振り回しながら喜ぶさまは、感情の欠落をいいことに技術と服従を仕込まれた殺人機械といったていである。
「今まではオーガトゥス商会などという会社を装って表立った活動はできなんだが、今日を以ってこの看板を掲げさせてもらうとしよう。」
「ど…どういう意味だ?」
「さて、今町の人間どもは御伽話の英雄の子孫の登場にうかれておる。そんな折、同じく御伽話の悪党がお話とは逆に英雄の子孫を嬲ったとしたら、さてどういう未来を想像するかね?」
マリエラは想起した。自らのみにこれから振りかかるであろう運命。伝承を逆に利用して恐怖の象徴となりて暴れまわる目の前の男たち。そしてその脅威に怯え惑う民衆の姿―――絶望的な光景に、気丈な彼女の心も折れそうになった。
「無論一思いに殺すなどという温情などは無い。少なくとも街の人間どもが貴様が無様に敗北した姿を目の当たりにするまでは生きていてもらわねばな…では夜中まで、思う存分楽しませてもらおうかのう。」
ギンゾが手で号令をかけると、男たちがわっとマリエラに躍りかかった。仰向けにさて、殆ど動かぬ手足を念入りに押さえつけられ、舌を噛んで死なれぬように口に轡を噛ませる。そして先ず若旦那と呼ばれた男が、ズボンに手をかけながらひたりひたりとマリエラに近づいた。舌なめずりをしながら下品な視線で、らしからぬほどに怯える女騎士の体をひとしきり眺める。
「んじゃ、お約束通り俺達のために尽くしてもらいましょうかねぇ…」
―――そこから始まる凄惨な陵辱劇は、遅く深夜まで続いた―――
「随分とお早い出ですけど、今から言ってもまだ屯所も開いてないんじゃないですか~?」
「いや、屯所に行く前に街中をひと通りパトロールしてくる。いい運動にもなるしな。」
「あらまあ主様にしては随分と殊勝なことで。なにか悪いものでも食べられました?」
「食事を作ってるのはお前達だろうが…じゃなくて、まあアレだ、マリ姉見てたら私も頑張らなきゃなって思ってな。今日からでもできることから始めようと思って。」
翌日マシューが出勤したのは早朝6時半ごろだった。8時9時までとっぷり眠る寝坊の常習犯がこんなに早く起きたのは勿論マリエラに感化されたから…ではない。
妙な胸騒ぎがしたからだ。
何を胸騒ぎごときで大げさな、と思われるかもしれない。しかし彼自身、悪い予感に限って当てることに定評があったのだ。更に困ったことに、それは取り返しの付かない事態ほど精度が高いという。人の不幸や死を間近で触れる「仕事」を続けてきたことで自然に身に付いた望まぬスキルなのだろう。ともかく、今までにないほどの悪い予感に突き動かされるように朝早くに目が冷めてしまったのだ。
マシューは街中のパトロールを続けていた。いや、見回りというよりは何かを探すような素振りであった。無論、何を探しているかは彼自身にもわからない漠然とした探しもの、むしろ見つからないに越したことはない不吉な探しものである。
ふと、リオンの大運河にかかる大橋を臨む川べりに数人の人だかりを見つけた。集まっているのは今朝のマシューよりももっと早起きが基本の魚河岸連中、この時間に出歩いている人間など確かに彼らぐらいである。そんな連中が大橋を指さしながらなにやらざわざわと騒いでいる。マシューは気にかかり、人だかりのうちに割り込み彼らが指差す方向を見た。瞬間、瞳孔がカッと見開いた。
それは、橋桁に書かれた「鬼牙峠山賊団新生」の文字と―――
―――傷と汚液にまみれたまま、全裸で磔にされたマリエラの姿だった
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