第三話 ギリィ、弟子入りする

其の一

―――最高職人マエストロ


 ザカール州の職業づくめに記載される47の生産職において、その頂点に君臨する技術を持つものをマエストロと呼ぶ。その技術は興味のない者にすら驚嘆の声を上げさせ、その製品は万人が満足すると言われ、州内のみならず全国にも名を轟かす。その高品質の維持のため、マエストロの選定には極めて厳しい審査が行われ、現在では6つの職でその存在が確認出来るのみである。一方で輸出品として名の通ったマエストロの品を多く売りさばきたいという利益追求を求める声も商人ギルド内に少なからずあり、選定のラインを緩め一人でも多くのマエストロを作るべきだと主張、品質と伝統を重んじる一派と対立しているという現状もありその事情は穏やかではない。



なお余談だが、WORKMANの名はザカール職業づくめには載っていない。





「なあギリィよォ、何か無いもんかな?」

「何がだよ」

「だからよォ、何かこう…身に付けているだけで女が寄ってくるようなアクセサリとか…」

「無ぇよンなもん。うちの店をあのへんの怪しい露店と一緒にすんな。」


 昼下がり、街外れの看板もないアクセサリ屋。最近マシューは見回りにかこつけてはここに入り浸り、このように店主にたかっていた。当の店主は呆れて話半分でしか耳に入れていないようで、顔も手も彼の方ではなくしっかりと手元の細工の方に向かっていたが。


「そもそもどういう風の吹き回しだ?今の今までそんなにがっついてなかったろうに、昨日の今日で何でまた女の目を気にするようになった?」

「いや…その…俺も早いとこ所帯持たねェと少々面倒なことになるみたいでな…」


『30までに世継ぎが出来なければ使用人のモリサン姉妹のいずれかと結婚せねばならない』


 数日前の夕食中に明かされた寝耳に水の事実。二人共美人と言っても差し支えのない容姿ではあるし、なんだかんだで器量も良い、口ではああ言っているもののマシューも当然嫌いというわけではない。しかし家族兄妹同然に暮らしてきた人間と夫婦になれるかと言われればさすがに抵抗はあるだろう。加えて売り言葉に買い言葉で良い嫁を見つけて見返してやると啖呵切った手前、まだ20歳だからと独身を決め込んできたマシューが焦り出すのも無理からぬことであった。


「まあ何があったかは詮索しねえけどな。仮にだ、俺がそんな都合のいいモンを作ってやったとしよう。で、先立つモンは持ってんのかよ?」

「そりゃおめェ仲間のよしみで…」

「問題外だな。手持ちが無いにしても次の『仕事』の頼み料を譲ってやる、くらいの殊勝なこと言えんのか。」

「馬鹿言うんじゃねェよ。いつ入るかわからねェ頼み料を細かく割ってアイツらにばれないように混ぜてやっと今の生活トントンなんだぞ。嫁探す前に飢え死ねってか?」

「じゃあ無理だ。仕事の邪魔だし帰れ。」

「ああ分かったよ薄情者!」


 情けない捨て台詞とともにマシューが店を出る。

と、彼と入れ替わるようにひとりの老人が店に入ってきた。まるっとしてて小柄、いかにも好々爺といった温和な風体。身なりもそれなりに整っているが、やはりこの店のような若者向けのアクセサリ店には不釣り合いな存在である。そんな異質な老人は陳列されたアクセサリをまじまじと見つめている。ギリィは声をかけるタイミングを逸して怪訝な目で見ていると、ひときわ美しく輝く金細工に目を留めた老人の方から話しかけてきた。


「これが店主さんの一番の作品で?」

「えっ…!ええ…まぁ…」


 ギリィが返答に詰まる。無理もない、普段は若者、さもなくばメンタルは若い亜人としか話をしない生活が何年も続いているのだ。突然の不祖父ほども齢が離れているであろう男性と急に話を合わせろというのも難しい話というもの。そうやってオタオタする店主を尻目に、老いた客は評論を続けた。


「いや実にいい作品だ。細かな細工のように見えてその実大胆に思い切り良く彫られている…まるで店主さんの人柄が見えるようですよ。若者ならではの実直で快活な姿と―――


―――その若さらしからぬ暗くて血塗れた過去が。」


コーン


 手にした金槌が落ちる音が店内に木霊した。ギリィの中に心臓を抉られたかのような衝撃が走る。冷や汗を流しながらじっとりと老人を睨むギリィ。当の老人はただ未だに人懐っこい笑みを浮かべているだけだった。





 その夜、WORKMANたちは教会の霊安室に集められた。「仕事」が入ったわけではない。ギリィが「困ったことが起きた」と招集をかけたのだ。石造りのこの間は色んな意味でできることなら行きたくはない場所である。そんな所に「仕事」でもないのに呼び出されたとあっては気のいい話ではない。鉄面皮な神父や表情の乏しいリュキアはともかく、マシューは露骨に不満な顔をしていた。


「で、どうした?やっと恰好の付く飾りでも譲ってくれる気にでもなったか?」

「んなことでいちいち面子を集めるか!つーかそもそもそんな気はさらさら無ぇ!」

「ではどういった要件で我々を呼んだのですか?」

「ああ…ちょっとな…もしかしたら『仕事』のことを知られたかも知れねぇんだ…」


 室内に緊張が走る。先ほどまでの不貞腐れた表情から一転してマシューも殺気立つ。リュキアに至っては既に得物の黒糸を手にとってギリィ目掛け投げつけんとしている。それを制したのは神父だった。


「およしなさいリュキア。事の仔細がまだわかりません。始末に走るのは早合点ですよ。ギリィさんを消すかどうかは話を聞いてからが良いでしょう。」


 涼しげな顔で恐ろしいことを言ってのけた。しかしこれが「仕事」の鉄則である。ひとりが捕まればその後は芋づる式に関係が明らかにされ捕らえられるだろう。だからこそ秘密を誰かに知られれば他の面子まで知られる前に消す。頼み人も他言するようなら消す。そういう冷徹さのおかげでWORKMANは今日まで続いてこれたのだ。しかし人手の少ない集団である、勘違いで一人減ればその後の活動にも支障が出るということも避けたい。頼み人の真偽同様、この生殺の判断もまた元締たる神父に課せられた役割なのだ。


「まあ仕事以外で実働部隊たるあなたがたから呼び出されるなんてのは凡そこんなことだろうとは思ってましたよ。で、どのような感じでしたか?」

「ああ…直で『仕事』のことを指摘されたわけじゃねえんだけど、俺の作品を見て『血塗れた過去が見える』って意味深なことを呟かれて…」

「どのような方からですか?」

「爺さんだ。見た感じ人が良さそうで身なりも整ってる。秘密を握って金を引き出させようっていう強請り集りの類には見えなかったな。楽観論に聞こえるかも知れねぇけど。」

「うむ…」


 神父は顎に手を当て熟考する。


「ではベルモンドさん、州衛士のほうで何かの動きはありませんか?」

「いや、俺から見えるぶんには世は並べて事も無しだ。あえて言えば商人ギルドに出向する連中が多少ドタバタしてるぐれェだな。」

「公僕の差し金、というわけでもなさそうと…そうなれば…」

「………復讐の復讐。」


 リュキアがふと呟く。数々の誰彼かの恨みを晴らしてきたWORKMAN、しかしその行為が新たなる恨みの温床となっている可能性は否定出来ない。その老人は身内を彼らに殺され、何らかの形でその存在を知り逆に復讐しようとしている、という線もありうるということだ。だとすれば老人一人でそれが出来るとは思えない、別の暗殺者を雇ったと考えるのが自然だ。しかもそれらを返り討ちにしたとていざとなれば役人にタレ込んで公権力こちらを封じるという手も使える。ありうるとすれば一番やっかいなパターンであろう。


「まあたらればでネガティブになっていてもしょうがないことです。対策を講じようにもあまりにも情報がなさ過ぎます。まずはベルモンドさん、州衛士のほうで本当に何も動きがないのか深く探ってきて下さい。私とリュキアも街に出て探りを入れていきますので。」

「おうよ。」

「………了解。」


「えっと…神父様?俺はどうしたらいいんですかね…?」


 名を呼ばれなかった当事者のギリィが恐る恐る尋ねた。


「ギリィさんはそのままにしていてください。下手に焦って墓穴を掘る真似さえしなければそれだけで十分ですから。」


 ギリィの恐縮した態度とは反対に、神父はきっぱりと答えた。彼の下した結論は保留。そしてそれが、ギリィにとって決して忘れがたき事件を引き起こすことになるとはこの時誰も予想していなかった。


(しかし、どっかで見たことがあるんだよなあの爺さん…)


 帰り際、マシューとギリィは二人共そんな同じことを考えていた。





 その翌日からも、老人は足繁くギリィの店に通っていた。店に並ぶアクセサリを品定めしたり、店主の仕事をじっと眺めながら長居している。墓穴を掘らぬよう余計なことは言わないよう努めていたギリィではあったが、こうも毎日来られては「仕事」の事情抜きにしても気が気でない。集中力を欠くことは本業においても御法度だ。いよいよ堪えられず自分から老人に尋ねる。


「なあ爺さん。あんまり人の来ない店だ、あんた一人でもいりゃ賑やかしにもなるだろうよ。でもな、買いもしねぇのにこうも長居されちゃやっぱり商売の邪魔なんだわ。わかってくれるか?」


 ようやくの店主からの声掛けに老人ははっとして、照れながら答えた。


「ああ、すみませんね。以前から街外れに腕のいいアクセサリ職人がいると聞いてて、こないだ遂に寄ったわけだが、これがまたあまりにも綺麗な細工だから見とれてしまってねぇ。店の都合も考えずついつい毎日足を運んでしまって、本当申し訳ない。」


 素直な賞賛の言葉が返ってきた。褒められれば悪い気はしないというのが人間、いやさハーフリングというもの。悪態をついたつもりがこう返ってきてはさすがにバツが悪い。気がつけば何故か迷惑をかけられたギリィのほうが平謝りしていた。


「で…でもな!大体何でアンタみたいな爺さんがこんな店に入り浸る必要があるんだよ?孫へのプレゼントか何かか?」

「いや、私個人の楽しみのためだよ。」

「ふーん、そうかいそうかい。『血塗れた過去が見える』作品なんざ見ても面白いとは思えねぇけどな。」


 瞬間、ギリィははっとした。馬脚を現さないために「仕事」を想起させる話には乗らないようにと心がけていたにも関わらず、ついつい核心に触れてしまった。青ざめるギリィに老人は真顔で話しかける。


「いや、『血塗れた過去が見える』からこそいいものなんだ。鮮やかに光を放ちすぎる金にその『過去』が良い具合に影を落として全体の色調を落ち着かせている。さもなくばただ細工が細かいだけでどぎつい出来になっていたことだろう。」


 老人の言うことは意外なまでの技術論。ぽかんとするギリィを尻目に話を続ける。


「役人でもあるまいしあんたの過去に何があったかを詮索するつもりは無いよ。ただ、上手が心をこめて何かを作る時、そこにはその人の今まで歩んだ人生がそのまま投影されてしまうもんだ。私はそれを見て取ったに過ぎんよ。」


 どうやら老人はギリィの「仕事」については何ら知っていなかった。しかし、本来なら安堵の溜息でも漏らすべき状況であるにもかかわらず、ギリィは老人の話に引き込まれていた。


「技術だけあっても平坦な人生を送る者の細工はのっぺりしておるし、虚栄心に満ちた者の細工はぎらぎらと嫌味な出来になる。職人とはそういうものだて。しかるに店主さんは己の中に深い闇を抱えながらもそれに押しつぶされること無く、むしろ受け入れて前向きに作品に活かしておる。私はそういう作品が好きだし、自分もそういう職人でありたいと思っているよ。」


 まさかの同業者。その事実を知った時、ギリィの頭の中でおぼろげな記憶がつながり始める。


「そこでだ店主さん――――





 同時刻、州衛士屯所。

神父に言われた通り、マシューは職場の仲間相手に探りを入れていた。しかしそれらしい情報は一向に得られない。隊長のベアに至っては「もし何か機密があったとしたら、あなたのような無能な州衛士にだけは教えないでしょうね」との嫌味のおまけ付きである。取り越し苦労かと思っているとひとりの州衛士が実にげっそりとした顔をして出入口から入ってきた。


「あっとこれはアルバさん、おかえりなさい。」


 彼にはまだ探りを入れてなかったことを思い出したマシューは、何でも話してもらうべく心象を良くするために茶を淹れて持っていく。このアルバという男は、先に話していた最近大変だという商人ギルドの出向役であり、なるほど確かに見るからに疲れている。ならばこの茶もありがたいと思ってくれるだろう。


「ああベルモンドさんすいません。いやしかし、こんな時間に屯所でのんびりしてるとは、見回り役は暇そうで羨ましいですなぁ。」


 茶に鼻毛でも入れてやるべきかとふと思ったが、ぐっと堪えて彼に尋ねる。


「そちらの大変さは言うに及ばずですからねぇ。やっぱり最近はアレですか?例のエルフの疑惑で?」


 この度街にに洋服店を出す予定だったエルフの実業家がある夜から突然の失踪。残された彼の婚約者は「商人ギルドに不当な出店料500万を請求されたことが原因なのでは?」と騒ぎたてた。まあ言ってしまえば前話のことであり、不当な出店料も嘘っぱちだし失踪したのもマシューらWORKMANの仕業なのだが、そんなこと知る由もない者達の間ではちょっとしたスキャンダルとして騒がれていたのである。


「ああ、その件に関してはもう話はついてるそうですよ。それよりも今はマエストロの息子がね…」

「マエストロの息子?」

「あっ見回りの人には聞き覚えが無いか。いや、アクセサリ職のシタール・ラヴァンの息子ですよ。親の威光をカサにかけてそりゃーもう若いのにやりたい放題で被害者に頭下げギルドに頭下げ…火消するこっちの身にもなってくれってもんですよ、まったく。」


 シタール・ラヴァン。その名を聞いた時、マシューの頭の中でもおぼろげな記憶がつながり始めた。実際に面と向かって話したことはない。しかしこの州を代表する有名人の一人である。誰もが何処かしこで名と顔を見たことがあるはずなのだ。去り際にちらっと通りすがっただけではわからなかったが、今ならはっきりわかる。


(あの爺さん、マエストロじゃねえか!?)





―――「そこでだ店主さん、このシタール・ラヴァンの後を継いではくれんかね?」


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