国道17号線沿いの神聖神祠(ゴッズシュライン)

 神林あやかが世にも珍しい不可侵領域を発症する様になった要因は、他の誰でもない。この僕にこそあった。そのお守りを見て、僕はあの日の事を思い出す。


 あれは中学3年生の冬休み、今年の元旦。受験シーズンの真っただ中に僕は、雲類鷲高校の受験に向け最後の詰め、『願掛け』を行いに近所の神社に訪れていた。

 己の限界まで勉強をしたつもりであったが、それでも雲類鷲高校は強敵だ。僕は後に後悔する事がない様、出来る事は全てやりつくそうと考えたのである。


 国道17号沿いにひっそりと鎮座するその神の社に訪れた僕は、財布の中の小銭を漁り、奮発して100円玉を賽銭箱へと放り投げた。カランカランと音を立てて貴重な100円玉が闇の中へと吸い込まれていくのを見守った僕は、両の手を合わせて目を瞑った。


――神林あやかと両想いになれますように


 本来であれば『雲類鷲高校に入学できますように』と願いを込めるつもりであったが、僕は無意識にそんな事を願っていた。だが問題はない。僕が雲類鷲高校を受験する理由は神林あやかにもう一度告白する為であり、結局のところ、その願いがかなわなければ合格には何の意味もないのである。故に、神林あやかとの両想い>雲類鷲高校への入学。という不等号関係が生まれ、寧ろこの時の僕の願い事は、あながち、正しいとは言い難いが間違ってはいなかったのだ。


 そんな願いをした後に、僕が目を開けるとそこには一人の少女がいた。

 賽銭箱に腰かけ、足をブラブラと揺らす少女。肌は透き通るように白く、眼はどこまでも澄み切っていた。

 一体いつの間にそこに座ったのか。いや、それよりも。そこは神聖な場所であり、子供とて決して地べたの様に気安く尻をついてはいけないと注意しようとした時、僕より先に少女の口が開いた。


「何じゃ人間。下らん願い事よの」


 いきなり不可思議な口調で語った少女に僕は首を傾げた。僕が子供の頃は『おままごと』と言う遊びがあったが、この少女は恐らく『おかみごと』。つまり神になりきって遊んでいるのだろう。


「独占欲と言うやつか? 触れられたくないんじゃな。その女が汚されるのが耐えられないんじゃろう? 醜いのう」


「何言ってるのかさっぱりだけど、最近の子供は随分ませてるんだな。僕はもう帰るから。君も遅くならないうちに家に帰りなよ」


 僕は賽銭箱に背を向けその場を去る。

 背中からは少女の声が聞こえてきたが、これ以上は付き合えないと返事はしなかった。


「本当に人間とは変わった生き物よの。まあ我も商売で神をやっているのじゃ。顧客の事情など興味はない。これ以上は何も言うまいて。では確かに、お前の望みは聞き入れたぞ」



 信じられない事だが、まさかあの少女が本物の神だったとしたら。話の流れから神林あやかに不可侵領域を展開していたとしてもおかしくはない。第一、この世にあんな不可侵領域を作れる技術も現象もあるはずがない。では、疑うのは神の力のような、そんなオカルトじみた話しかなくなってくる。

 とにかく今は、あの時の会話こそ神林あやかの奇病を解く最大のカギであり、あの時の少女こそが神林あやかの奇病を解く最大の重要参考人として挙げられるのだ。


 僕は早速神社へと足を運び、小銭を投げ入れ目を瞑る。

 再び目を開けると、目の前にはやはりあの少女が賽銭箱に腰掛けていた。


「人間、我に何の用じゃ?」


 僕の記憶はそこまではっきりとはしていなかったけれど、それでも、僅かな僕の記憶に残っていた神を名乗る少女と目の前の少女の外見は余すとこなく同じであり、同一人物であることを瞬時に僕は肯定した。


「君は……、本当にこの神社の神なのか……?」


「なにを言っておる。人間、おまえが我を呼んだのであろう? 我は間違いなく、虚言無く、当然の如くこの神社の神じゃ」


「僕は君と一度会った事がある。今年の元旦だ。覚えているか?」


「人間。我を誰だと思っているのじゃ。この神社に訪れた者の顔は忘れる事はないぞ。なにせ、我は神じゃからな」


「なら話は早い。君は彼女に……、君が神林あやかに壁を張ったのか?」


「左様。おまえがそう願ったからな」


「違う! 僕はただ……、神林あやかと一緒にいたいと願っただけだ!!」


「それは表面上に過ぎぬ。おまえはあの時、その女が男の手で汚される事を何よりも拒んでおった。それが一番強い願いであった。故に我はそれを叶えた」


「仮にそうだったとしても! 僕も彼女もそんな事は望んでいない!! 頼むからあの壁を無くしてくれ!!」


「ふっ。卑怯で醜い哀れな人間よの。だが、卑怯で醜いとは思うが我はおまえを憐れもうとは思わぬ」


「何を言っている……?」


「人間。なぜおまえは自分だけがあの女の特別であると言い切れる? 確かに、今はおまえとあの女との関係が世界で一番恋仲に近いのかも知れぬ。だが、いずれその関係が切れたとしたら? 結局のところ、おまえもあの女を汚す害虫の一人に過ぎぬだろう?」


「そ、それは……」


「結局のところ、おまえは自分の事しか考えていない。見えていない。あの女の事は考えようとも見ようともしていない。完全なる独りよがり。まだ性欲に溺れた赤の他人の方があの女に触れる権利があると言う物じゃ」


 そうかもしれない。そうなのかもしれない。

 彼女に、あやかに一番近しい人間であろうとした僕が、結局のところ彼女の事なんて、なんにも知らなかった。わかろうとしなかった。だから傷つけてしまった。全部独りよがり。僕には彼女が必要だが、対して彼女は僕を必要としてない。


 故に僕は害虫だ。


 でも、それでも、僕は泣いている彼女に何もしないまま後悔だけはしたくないんだ。彼女の為ならなんだってできる。生きる事も、死ぬ事も。難関校に受かる事も、神と対話する事もできる。そして――


「僕は絶対に彼女を後悔させない。例えこの先別れる事になろうとも、絶対に彼女が僕といた時間を無駄だったなんて思わない時間を作って見せる。だから……、お願いします。彼女の壁を取り払ってください」


 僕は深々と頭を下げた。

 そんな僕の姿を見て、少女は満足したかのような笑みを見せた後に、徒然と語りだした。まるで僕の必死な姿を見ると言う目標を達成し、飽きてしまったかのように。


「ふん。人間。おまえ、初詣の願い事の期限を知っているか?」


「……起源?」


「違う違う。じゃ。有効期間の話じゃ。人間。初詣に訪れる人間たちが願う事で、一番多いのはなんじゃと思う?」


「商売繁盛とか……家内安全あたり?」


「まあそうじゃな。一番多いのは家内安全。つまり親族に病気や怪我が無い様に祈願してくるわけじゃ。毎年毎年な。つまりそう言う事じゃよ」


「えっと、よく意味が――」


「ふむ。見かけ通り阿保じゃな、人間。つまり大多数の人間は気付いているんじゃよ。願い事の期限は次の三が日まで有効であると。一年限り有効であると。だから毎年家内安全と言う祈願を懸け直しにくるわけじゃ。ん……。別に我に力がないと言ったわけではないぞ! 昔は一度願われれば我も永続的に加護を与えたもんじゃが、それだと参拝客がいなくなってこっちも商売あがったりなのじゃ。だから埼玉県神連合に言われてやむなく――」


 つまり、それって――


「おい! 聞いてるのか人間!!」


「つまり! あやかの壁は来年の正月には勝手に解けるって事か!?」


「はあ。ま、要約するとそうじゃな。気長に待てよ人間。どうせ青春時代なんて一瞬で駆け抜けるものじゃ。あっという間じゃよ」

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