17話
徹の口から放たれる異臭。それが、近づいてくる。
「お願い……」
塔子の口から懇願する言葉が紡がれたとき、校内放送が響いた。
『全校生徒に連絡します。
これより、全校集会を行いますので、速やかに体育館に集合してください』
塔子の顎から徹の手が外れた。
ふいっと顔を上げた徹は、小さく舌打ちをした。
「思ったよりも早かったな」
何のことを言っているか分からないが、塔子は助かった。腰が抜け、その場に座り込んだ塔子を、徹は冷たい眼差しで見下ろす。
「…………」
「何? これ以上、私に何か用?」
無言で見下ろす徹に、塔子は精一杯の虚勢を張る。
「殺戮が始まるんだよ。直に分かる」
唇の端を上げた徹は、そのまま廊下へ出て行く。放送が流れた廊下は、すでに生徒達で溢れかえっており、いつもの日常を取り戻したかのようだった。
「最悪……。なんなのよ、もう」
帰り道。さき江は学校から離れると溜息をつきながら、吐き捨てるように言った。
「まさか、私達の周りに第三種生命体がいるなんて……。えっと、殺されたのは、誰だと思う?」
スマホを弄りながら、さき江は尋ねてくる。
「分からない。何かのってる?」
さき江が見ているのは、学校の裏サイトだ。学校で起きたことだけならば、誰よりも情報がはやい。もっとも、真偽の程は定かではないが、今回の件に限って言えば、真実に近いかも知れない。
裏サイトに頻繁に出入りしている彼女は、「んとね」と前置きをし、指をもの凄い早さで動かす。
「あったよ。みんな混乱しているみたいだけど、多分、被害者はこの子。木戸亜希子」
「木戸さんが?」
「塔子は友達だった?」
「友達と言えるほど仲が良かったわけじゃないけど。一年の時同じクラスで、仲良くはしてたわよ」
「そっか……。御朗川で、頭が見つかったって」
「え?」
思わず塔子は足を止め、傍らを流れる御朗川を見る。川上から、進行方向である川下へ視線を走らせたとき、パトカーが止まっているのが見た。河川敷には数名の警察官と、警察かではない、黒いスーツを着た三人組が見えた。
「ねえ、あれって」
興味津々とばかりに川下を見る。
「妖魔攻撃隊かな」
「だと思うよ。さっき、学校でも言っていたけど、第三種生命体の事件だって言ってたじゃない。だったら、警察じゃなくて、妖魔攻撃隊よ」
「そう。なら、もう安全なのかな?」
「うん……、だと良いけど」
徹の事が頭から離れなかった。
明らかに、彼は異質だった。
羊の檻の中に、狼が一匹。今日の教室は、まさしくそんな感じだった。
あの異様な雰囲気の正体。それは、片瀬徹だ。
「ねえ、さき江。片瀬徹の事なんだけど」
「うん? 片瀬がどうかした?」
「ほら、この間、片瀬がおかしいって言ってたじゃない」
「ああ、うん。それがどうかした?」
さき江は歩き出した。塔子もさき江にならんで歩き出す。
二人の視線は、河川敷にいるスーツの三人に注がれている。
「第三種生命体って、片瀬のことじゃないかな? 彼、絶対におかしいよ」
「口、真っ赤だった?」
「うん。今日、学校で襲われそうになった」
「ええ!?」
さき江は大声を出すと、自分の口を押さえ、近くの路地に塔子を引き込んだ。
「襲われたって、大丈夫だった?」
さき江は塔子の両肩に手を乗せると、足の先から頭のてっぺんまでを矯(た)めつ眇(すが)めつした。
「処女は奪われてない? 乱暴されてない?」
「あの、さき江、一応貞操は守ったわよ。でも、そういう性的な危険な感じじゃなくて、命の危機的な感じだったわ」
「命の危機? ねえ、もしかすると、その話を……」
「私達に話した方が良いかもね」
突然、背後から声が掛けられた。慌てて振り返ると、そこにはスーツを着た女性が立っていた。金属のように光沢のある黒いスーツ。背中には細長いものを斜めに掛けているが、布に包まれているため、何かは分からなかった。
「どうも、初めまして。私は妖魔攻撃隊の隊員、峰(みね)岸(ぎし)恵(めぐみ)よ」
年の頃は三〇歳少し手前だろうか。ショートカットの快活そうな恵は、清々しい笑みを浮かべた。
「えっと、まだ、何も確証がないんですけど、クラスメイトに様子のおかしい子がいるんです」
「何でも良いわよ。まだ、私達も手がかりないし。とりあえず、そうね、この辺りに座って話が出来る喫茶店かなにかある?」
塔子はさき江と顔を見合わせた。
「あの、喫茶店はないですけど、少し行った先に、公園があります。自動販売機とベンチならありますけど」
「うん、じゃあ、そこ行きましょう。お姉さんがおごってあげるから」
恵に促され、塔子とさき江は川沿いにある公園へ向かった。
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