15話

「ねえ、健君、知ってる? 下田君、連絡着かなくなっちゃったんだって。佐木君達が連絡しても、既読にならないって言ってた。どうしちゃったのかしらね? 今日、午前中は学校に来ていたんだけど」


「え? 下田と連絡が付かない?」


「そういえば、SNS、健君も見ていなかった? 既読が着かなかったけど……」


「体調が悪くってさ……。佐木には、後で連絡しておくよ」


「あまり無理しないでね? 受験も控えているんだから」


「……うん」


「下田君、何処に行ったんだろう? 佐木君もピリピリしてるし、何かあったの?」


「なにか……?」


 二階堂は言葉に詰まっていた。


「彼奴らは、俺を殺したんだ……」


 木戸の後ろ姿を見ながら、徹は呟いた。


 徐々に、佐木も自分たちの置かれた状況が分かってきているようだ。明日、明後日になれば、イヤでも自分の置かれた状況を理解するだろう。そして、絶望して死んでいくのだ。


「健君、もしかして、調子悪い? 大丈夫? 無理しなくて良いよ?」


「…………」


「ねえ? どうしたの? なんとか言ってよ」


「…………ゴメン」


 囁くような二階堂の言葉は、深い闇の中に飲み込まれた。


「健君?」


 木戸が不思議そうな声を発した。


 ゆっくりと、音を立てず戸を開けた。白い首筋が、徹の眼前にさらされた。



 ありがとう、健君



 徹の声に、木戸はすぐさま反応した。驚いて振り返った木戸の口を、徹の手が塞いだ。


 軽い体だ。片手で簡単に持ち上げることが出来る。


「ンー! ンンンーーー!」


 木戸は足をばたつかせるが、いくら蹴られても、人間を遙かに凌駕した徹には効果がない。


 こちらを見上げたまま微動だにしない二階堂を尻目に、徹は拝殿へ入っていく。


 ボロボロになった畳の上に木戸を放り投げ、邪魔な上着とズボンを脱ぎ捨てる。


「ヤだ! 健君! 助けて! 助けて! 助けてぇぇぇ!」


 ピーピーと、小鳥のように泣き叫ぶ木戸。だが、その鳴き声が、助けを求める悲鳴が、徹の情念をたぎらせる。


「近寄らないで! 来ないでぇ!」


 逃げよとする木戸の足を掴み、徹は持ち上げた。丁度、宙づりになった木戸の顔が、股間の近くに来る。


「ヒッ……、助けて……お願い、殺さないで……!」


 木戸はスウェットを身につけていた。左手で木戸の股間を掴むと、無造作にズボンとパンツを引き千切った。


「イヤァァァァー! 健君! 助けて! 助けてよ! どうして、助けてくれないの? 健君!」


 木戸は泣き叫ぶ、しかし、二階堂は拝殿の階段に腰を下ろしたまま、石像のように身じろぎ一つしない。


「お前は、健君から俺への捧げ物だ……」


「……そんな……」


 木戸は目を見開き、涙と鼻水を流しながら二階堂の後ろ姿を見る。


「さあ、楽しもうか」


 下半身が露出した木戸の両足を持った徹は、股間を眼前まで持ち上げると、僅かな茂みに覆われた陰部にむしゃぶりついた。


 木戸の悲鳴が夜の神社に響き渡るが、その悲鳴は木々に遮られ、下界までは届かなかった。




 背後から悲鳴が聞こえてくる。


 二階堂は体を強ばらせ、両耳を押さえ、膝の間に頭を入れた。



「健君! 健君! 助けて! 助けてぇぇぇ!」



 木戸が暴れているのだろう。ゴトゴトと背後から音が聞こえる。



「黙れ」



 徹の声の直後、ゴッと、鈍い音が、一発、二発、三発と聞こえてきた。途端、音は止み静かになった。


 しばらく、そのまま固まっていた二階堂は、恐る恐る、耳に当てていた手を退けた。



 クチュッ クチュッ クチュッ……



 物音が背後から聞こえた。



 ウ゛ッ……ウ゛ッ……ウ゛ッ……



 同時に、くぐもった人の声も聞こえてきた。


 振り返るな。振り返ってはいけない。


 心の中でもう一人の自分が忠告するが、背後から聞こえる音、気配に二階堂は振り向かずにいられなかった。


「あっ……、亜希子……」


 闇に慣れていた二階堂の目は、拝殿の中で徹に組み伏せられ、苦しそうに顔を歪める木戸を認めた。


 彼女は顔を腫らし、鼻から大量の血を流していた。


「健君、もう少し待っていてくれ、もう少しで、終わるから。そうしてら、君に返すよ」


「徹……」


 二階堂は徹の名を口にすることしか出来なかった。


 それは、異形だった。元々大きかった徹の体は、通常の倍以上背丈が大きくなり、背中からは大きな突起がいくつも飛び出していた。口は大きく開かれ、長い舌が吹き出る木戸の鼻血を美味しそうに舐め取っている。


「ああ、ああ、ああ! ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」


 二階堂は叫んだ。胸の奥から叫んだ。


 徹の黄色い瞳がこちらに向けられる。


「どうしたんだい? 健君。一緒に混ざるかい?」


 二階堂は首を横に振った。


「ヤメロ、止めてくれ! 助けてくれ!」


 二階堂は駆け出した。薄暗い境内を走り、転がるようにして石段を駆け下りた。


「助けてくれ!」


 叫びながら、二階堂は家へ逃げ帰った。逃げ帰り、自室に籠もると布団をかぶり何かに祈った。


「助けて、助けて、助けて、助けて、助けて……」


 しかし、二階堂の祈りは届かなかった。


 翌日、御朗川に血まみれになったスウェットと、木戸亜希子の頭部が見つかった。

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