14話

 揚々と徹は歩く。その少し後ろを、青ざめた表情の二階堂が続く。


 日は傾き、オレンジから赤へと禍々しく色を変えた日差しが、徹の体を染め上げている。


 公園に差し掛かったとき、徹の歩みが緩くなった。人気のない公園を見て、目を細める。


 見慣れた景色。公園は、こんなにも小さかっただろうか。昔は、もっと大きく、一日遊んでいても飽きなかったというのに。


「健君、覚えてる? 昔、よく遊んだよね」


「あ、ああ……」


 二階堂は徹から数メートル離れた所で足を止めた。徹は振り返ると、二階堂はサッと顔を逸らした。


「あの時、僕は健君に追いつけなかった。全くと言って良いほど。今やったら、少しは追いつけるかな?」


 「どう思う、健君?」徹は、低い声で二階堂に問いかける。二階堂はビクリと体を震わせると、「どうだろうな」と曖昧な返事を返した。


「まあ、いいや。鬼ごっこをやりたい気分じゃないし。今は、もっと別のことがやりたいんだ」


 徹は歩き出す。二階堂も、距離を開けずに着いてくる。


 公園の横を通り過ぎ、少し歩くと御朗川が見えてくる。そこを右に折れると、いつもの通学路だ。


「どこにいくんだ? 怪我は平気なのか?」


 御朗川を眺めながら歩いていると、しびれを切らしたのか、二階堂が問いかけてきた。


「もうすぐ着くよ。怪我は、見ての通り、バッチリだよ」


「だけど、お前、死んだんじゃ?」


「死んだよ」


 徹は足を止めた。


「君たちに殺された。ちゃんと、覚えているよ」


 振り返った徹は、二階堂を見て目を細める。


「でもね、僕は蘇ったんだ。御朗様が助けてくれた。だから、大丈夫なんだ」


「ごろう、さま? あの御朗様か?」


「そう、あの御朗様。健君、もう少しで着くよ。健君にお願いがあるんだ」


 徹は歩き出した。二階堂は一定の間隔で着いてくる。


 寂れた神社の前に到着したときには、すでに日は沈んでいた。僅かな光の残滓が、徹と二階堂の顔を青白く染めている。


「健君、君、女の子の友達がいたよね? 此処に呼び出してくれるかな?」


「え? 呼んで、どうするんだ?」


「健君、そんな野暮な事を聞くの?」


 徹は笑う。含み笑いのように小さかった笑いは、徐々に大きくなり、最期は街中に響くほど大きな爆笑になった。


 徹は境内へと通じる石段に足を掛け、振り返る。


「さあ、早く呼んできてよ! 言うこと、聞いてくれるんでしょう? 君は僕を殺したんだ。忘れたわけじゃないよね?」


 呪いの言葉を投げかける。


 二階堂は体を硬直させ、ピクリと頬を引きつらせた。


 彼は、罪悪感によって心も体も支配されている。それを利用しない手はない。


 今の徹には、二階堂が何を考えて、どうすれば言うことを聞くのかよく分かっていた。今や、彼は徹の人形だった。彼に『No』はない。そもそも、彼の頭、心には断る選択肢は存在していない。


「分かった、誰を連れてくれば良い?」


「誰でも良いよ。女なら、誰でも。境内に連れてきてくれれば、後は自分で済ませるから」


 そう言い、徹は石段をゆっくりと登っていった。


 ほんの少し、苔むした石段を登るだけで、とっぷりとした深い闇が包み込む。普通の人間なら歩行困難な闇の中でも、徹の眼差しは闇の中でも効き、難なく歩けた。


「俺は、何でもできる。俺は、この町の支配者だ。もう、誰も俺に命令は出来ない」


 鬱蒼とした木々に囲まれた境内は、闇に包まれていた。そんな中、闇の中に立つ白い拝殿だけは、ボンヤリと光り輝くように浮かび上がっていた。


 徹はしっかりとした足取りで、拝殿の中へと入っていった。


 かび臭い拝殿の中。敷かれた畳は吹き込んだ風雨によって腐っており、一部は崩れかけていた。奧にが鏡が祀られていたが、すでに鏡は割れ破片が床に散らばっている。


「神か仏か……」


 徹の呟きは闇に飲まれる。


 神も仏も、この世には確かにいるのだろう。悪魔も妖怪も御朗もいるのだ。いないと思う方がおかしい。ただ、そのあり方は違う。昔は、神や仏は人を救済する存在だと思われていた。しかし、第三種生命体の存在が明らかになり、神や仏は人を救済する存在から、第三種生命体へと格下げされた。


「こいつらが本当に人を救うのなら、俺はこんなになってはいかなかった」


 怨嗟の念が込み上げてくる。神も仏も、この世には存在しない。だったら、自分でどうにかするしかない。この力を使って、復讐をするだけだ。



 コッ……コッ……コッ……



 どうしたの? こんな所に呼んで?



 エッチしたいなら、ホテルでもいいじゃない。



 今日は、ここが良いんだ



 私は別に構わないけど。虫、いないよね?



 声が聞こえてきた。二階堂ともう一人、女の声だ。


 二階堂は境内まで上がると、真っ直ぐこちらに歩いてきた。


「健君、どうしたの? ちょっと、ここ薄気味悪いわね」


「うん……」


 二階堂と女性は拝殿の階段に腰を掛けたようだ。


 ゆっくりと、徹は外を覗く。


 立て付けの悪い板戸。その隙間から見える後ろ姿は、二階堂の彼女だった。


「確か、木戸亜希子……」


 二階堂達と一緒に、徹を笑ったことのある女だ。顔もスタイルも、それなりに良かった。


 徹は舌なめずりをした。


 体の奥底から、情念が沸き上がってくる。


 背中の中程まである黒髪、華奢な肩、腰回り。闇の中でも浮かび上がる白い指先は、二階堂の腕に触れている。


「次の獲物だ」


 男は喰らうだけだが、女には別の使い道がある事を、徹は知っている。食欲、睡眠欲、そして、性欲。人間の三大欲求。今、徹が欲しているのは、性欲を発散できる相手だった。

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