4話
いつもの事だ。だが、こうして彼が暢気にゲームをしている間に、第三種生命体によって罪のない人たちが犠牲になっているのだ。一番隊の他のメンバーは、こちらに戻ることなく全国を飛び回っているというのに、泉と翼はいつも本部で留守番だ。
小さな溜息をつきながら、泉は翼の机にファイルを置いた。
翼はゲーム機からチラリと視線をファイルにやると、すぐに画面に視線を戻した。
泉は下唇を噛んだ。
悔しい。自分に対して、自ら動くことのできない力のなさが、不甲斐なさが身に染みる。職務を全うせず、こうしてふんぞり返っている上司を見て、自分が酷く矮小でどうでもいい人間に思えてくる。
何故、このような人が妖魔攻撃隊の隊長なのだろう。彼が、この組織のトップであることに、泉は常々疑問に思っていた。隊長職ならば、副隊長のどちらかの方が適任だろう。
チッ……!
舌打ちが聞こえた。
「やられた」
翼は携帯ゲーム機を机の上に放った。深い溜息をついて、背もたれに体を預ける。
「隊長、その件は」
苛立ちを押さえながら、泉は翼に尋ねた。早く行動を起こさなければ、もっと多くの犠牲者が出る。命令さえ出れば、自分が動くというのに。
「ああ、これな」
興味なさそうな言葉。翼の対応に失望と喪失感を覚悟した泉だったが、翼の口から漏れた言葉は意外な物だった。
「もう手配済みだ。これに当たるのは、カルトだ。アイツなら問題は無いだろう。もう電車に乗って現地に向かってるって連絡が入ったよ」
「え?」
頭が真っ白になった。カルト・シン・クルトがこの件に当たる? 翼が手配済み? 信じられない言葉の連続に泉は目を丸くした。
「知らなかったわけじゃないだろう? 泉の所に行く情報は、俺の所にも来る。特に、緊急性を要するものなら尚更な」
「ですけど、カルト君だなんて……」
言葉に詰まる泉を、翼は溜息交じりに見た。真っ直ぐな翼の瞳。泉は、彼が真面目な表情をする所を、見たことがなかった。
「まだ根に持っているのか? ハンター同士が争う事なんて、良くあることだろう? それに、あの白河麟世の一件は、正直言って、正解だったと思う」
「……負けて、正解だったと?」
翼の言うとおり、ハンター同士が争うことは良くあることだ。政府機関の妖魔攻撃隊が、必ずしも正義になるわけではない。そして、正式な依頼で動いている場合、妖魔攻撃隊と敵対したからと言って、犯罪に問われることもない。
あの事件、カルト達は白河麟世の母親から、白河麟世を救ってくれと依頼されていた。泉達は、政府から『願いを叶える神』を、生け捕りにしろと命令されていた。白河麟世を救うには、その神を消す必要があった。だから、泉とカルト達は対立した。結果、泉達は負けて、カルト達は白河麟世を救った。
「ああ。政府からの依頼で、あの神を生かせってあったけどな。あの存在は、この世界にあってはいけない存在だ」
「隊長や副隊長は、カルト君達にワザと負けたんですか?」
少なくとも、自分は命を賭けて戦った。結果は、一瞬のうちにカルトに負けてしまったが。
「本気で戦ったとしても、結果は変わらないだろうよ。残念だけど、俺たちは負ける。彼奴らにダメージを与えることはできるかも知れないけどな。だけど、彼奴らになら、あの神を止められる。白河麟世の命も救える」
「私は、蚊帳の外だったんですか?」
悲しかった。これでも、一番隊の隊員として、歯を食いしばって内勤の仕事にも耐えてきた。自分もいつか現場に出られると信じて来た。
「私は、一番隊の隊員として、相応しくないですか?」
泉の訴えにも、翼は気のない表情で溜息をつく。そして、朝日に染まる新宿の街並みを、目を細めて見つめた。
「泉、今朝の訓練は済んだか?」
「訓練ですか? 入隊の時言われた訓練は、毎朝」
「そうか」
翼は立ち上がった。
「やっと、龍因子の扱いもまともになってきたか。じゃ、次のステップに進むとするか」
翼はデスクの横に立てかけてある日本刀を手に取ると、泉の肩を叩いた。
「地下の訓練室に準備してきてくれ。少し、稽古を付けてやる」
「稽古?」
「ああ、そうだよ。この間の戦いで分かっただろう? この世界には、化け物以上の、化け物染みた人間もいる。そろそろお前もその化け物以上の存在にならなきゃいけないからな」
口元に少しだけ笑みを浮かべた大地に、泉は力強く頷いた。
漸く、自分もまともな訓練を受けられる。これで、実戦復帰に近づく。そう、泉は思っていたが、現実は違った。十分後、彼女が見つめていたのは、医務室の天井だった。
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