3話

 夜木泉は手にしたファイルを読みながら、エレベーターに乗っていた。昨夜、送られてきたメールをプリントアウトし、ファイリングした資料だ。

 ここは東京新宿にある、妖魔攻撃隊の本部であるツインタワービルの北塔だ。各都道府県にある妖魔攻撃隊の支部を統括するこの本部ビルは、政府機関の一つでありながら、その特異性から完全に独立した機関になっていた。防衛省の機関の一つにはなっているが、そのトップは一番隊の隊長であり、全ての権限は隊長の手中に収められていた。有事の際、迅速に動くことが第一条件であり、更に第三種生命体が政府内の誰かに取り付く、若しくは成り代わる場合もある。その際、彼らの判断によって妖魔攻撃隊の機能が停止することを恐れてのことだ。

 第三種生命体発表以後、国家間の争いはいまだ続いてはいるが、大きな紛争などは起きておらず、軍事力は国外ではなく国内、第三種生命体へと向けられていた。

 エレベーターを乗り継ぎ、一番隊が所属する最上階へのボタンを押した。

 ここに来る度、毎日のように同じ思いが胸を過ぎる。

(私、何をやっているんだろう)

 泉は生まれ時から特別だった。常人には見えないモノが見えて、手を触れずともあらゆる物を動かすことができた。ほんの少しだが、人の心だって読むことができた。

 そんな泉は、幼い頃から第三種生命体に命を狙われた。幸い、泉の周りには妖魔攻撃隊の隊員がいつも付いてくれていた。入隊後に知ったことだが、泉の能力の高さを知った両親が直接妖魔攻撃隊に掛け合い、専属の護衛を付けてくれていたのだ。

 成長するにつれ、泉の能力も大きくなり、力の操作も上手くなった。高校在学中にハンターのライセンスを取得した泉は、卒業後、妖魔攻撃隊に入隊した。一年間、地元の支部で経験を積み、エリートが集う二番隊に配属された。そこで三年ほどみっちり経験と訓練を積んだ。

 そこで分かったことだったが、泉は特別ではあったが、俗に言う、天才ではなかった。普通のハンターから見たら天才の部類に入るのだろうが、二番隊に所属する百名を超す隊員の中では、ごくごく一般的な能力の持ち主だった。

 二番隊で三年経ったとき、何故か泉は一番隊への移動を命じられた。二番隊と一番隊のフロアは違うため、本部に勤務していても一番隊の隊員と顔を合わせる事は滅多に無かった。と言うよりも、彼ら一番隊の隊員が本部にいることは殆どなく、常に日本中を駆け回っていた。

 一番隊に配属された泉に与えられた任務は、一番隊隊長の秘書という役割だった。

 手にしたファイルを溜息交じりで見つめながら、泉は自分が此処にいて良いのか、自問してしまう。

 正直言って、泉に秘書の仕事は向いていない。もちろん、内勤だけではなく、たまに体長である士桜(しおう)翼や他の隊員に同行する事もあるが、その時はもっぱらサポート役だ。酷いときには、本部でモニターを眺めているだけのことも少なくない。

 自分だってやれる。少し前まで、泉はそう思っていた。チャンスさえあれば、一番隊の他の隊員と同じように戦えると自負していた。しかし、現実は違った。

 白河麟世。彼女を巡る戦いで、泉達妖魔攻撃隊は、セリス・クラン・バルドー率いるフリーのハンターと戦うことになった。相手は高校生のハンター三名と、その師匠であるセリスの計四名。

 こちらは、一番隊の隊長である翼、二人の副隊長と一人の隊員、それに泉を含めて計五名と、二番隊の隊員一〇名ほどが相対した。結果、泉達はボロ負けだった。いや、あろうことか、泉一人だけ気絶させられ、敵陣の中に放置されてしまった。その際、泉を救ってくれたのが、隊長である翼だった。

 泉は力のなさを痛感した。あの戦闘で、ただ一人の脱落者が自分自身だった。その事に対し、翼は何も言わなかった。副隊長も泉の体を気遣ってくれるだけで、責めることも苦言を呈することもなかった。その事が、逆に泉のプライドを傷つけた。泉は、本当に一番隊の中では秘書程度の存在だと気づかされた。

 エレベーターが最上階で止まる。泉は大きな溜息をつきながら、通い慣れた一番隊のフロアに足を踏み入れた。

 だだっ広い空間には、大きなデスクが十台、ゆったりと間隔をあけて置かれている。エレベーターの正面には扉があり、その向こうが隊長の部屋だ。扉の前には取り分け大きなデスクが置かれており、そこが秘書である泉の場所となっていた。

 一番隊のメンバーが増えれば、デスクも増えるが、現在、一番隊のメンバーは泉を入れて一二名だ。欠番がでる可能性は毎日あるが、隊員が増える予定は今のところ無い。一番隊に人数制限はないが、実力が伴わなければ一番隊に昇格はできない。一番隊が人手不足だからと言って無闇に増員できるわけではないのだ。

 キンッと、空気が張り詰めている。まるで、此処だけ別の空間のようだ。フロアには誰も隊員がいないが、ここは取り分け強い結界が張られており、第三種生命体の侵入を防いでいる。もし、このビルが爆破され倒壊したとしても、二番隊と一番隊のフロアだけは無事で、地面に落ちてもたいした被害はないだろう。もっとも、フロアが壊れたとしても、ビルの倒壊程度で死ぬ人間は一番隊にも二番隊にも存在はしないが。

 泉は誰もいないフロアを歩きながら、手にしたファイルをもう一度開いた。

 被害者の数は不明。分かっているだけでも、二〇人の高校生と妖魔攻撃隊の隊員三名が死亡した。

 捕食成長型の第三種生命体。だが、その成長速度は驚くほど速く、こちらがその存在を察知したときには、すでに手遅れの状態だった。

 初動捜査に問題があったとしか思えない。中部地方のG県に存在する二一番隊。当初、彼らが担当するはずの事件だった。実際、彼らは通報を受けてすぐに動いた。しかし、その動きがあからさますぎた。相手に見つかり、返り討ちにあってしまったのだ。相手の力量を見極めるのも、ハンターとしての大事な役割だ。彼らで対処できない相手には、二番隊か、一番隊が当たるが、現在の状況を見る限り、二番隊を出しても被害を最小限に食い止めることは難しいかも知れない。かといって、一番隊を動かすにも、手隙の人員は泉と隊長である翼しかいない。

 何度目かの溜息をつきながら、泉は扉を叩く。


「どうぞ」


 返事があって三秒後、泉は隊長室に足を踏み入れた。扉の正面は一面ガラス張りになっており、通勤の人でごった返す新宿の街並みが一望できた。

「おはようございます、隊長」

「おはよう、泉」

 隊長、士桜翼は、机に脚を投げ出し、携帯ゲーム機で遊んでいた。

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