第309話 死神ちゃんと農家⑩

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、遠くのほうから「南瓜いらんかね」という声が聞こえてきた。とても間抜けな調子で発せられる呼び声に、死神ちゃんは一気に脱力した。



「南瓜~! 南瓜、いらんかね~? 美味しい美味しい南瓜ですよ~! 最強無敵の、強力兵器にもなる南瓜ですよ~! 備えあれば憂い無し! 非常食にも、戦闘の隠し玉にもなる! 南瓜~! 南瓜、いらんかね~?」


「そんな危険な南瓜、誰が買うんだよ……」



 やってきた南瓜売りのノームに、死神ちゃんは呆れ果てた。すると、彼女はニヤニヤと笑いながら勝ち誇った。



「これが意外と売れているんだよねー」


「いやいやいや。嘘だろ、そりゃ」


「興味を持ってくれた人には、こうやってね、実演して見せてるんですよ。そしたら、飛ぶように売れていくんですよ」



 そう言って、彼女は被っていた南瓜製ヘルムをひと叩きした。すると、目のようにくり抜かれた部分に光が集束していった。レーザービームとなって放たれた光は、遠方にいたモンスターにヒットした。どさりと音を立てて倒れたモンスターを眺めながら、死神ちゃんは苦い顔を浮かべた。



「おい……。無闇矢鱈に発射するなよ……。あれが冒険者だったら、お前、どうするんだよ……」


「あっ、そうだった! よし、今度からは天井や壁に向かって撃とう!」


「やめろよ! ダンジョンが壊れるだろ!?」



 死神ちゃんが怒り混じりに彼女を窘めると、ノームの彼女はケラケラと笑いながら再び南瓜ビームを発射して壁の一部を破壊した。


 この迷惑な彼女は、事あるごとにダンジョン内のお約束〈耕すべからず〉〈栽培するべからず〉を破っては面倒事を巻き起こしているノームの農婦だ。しかしながら、収穫祭の期間中はギルドで開催している〈緊急ミッション〉の仕込みのために、南瓜であれば植えていいと許可をもらっていた。喜んでここそこに作付けしているかと思いきや、彼女は今回の〈許可〉について不満があるようだった。



「何なの? あのミッション内容。〈迷惑な農家がここそこに南瓜を植えてしまって大混乱!〉ってさ。向こうからそのように仕込みをしてくれって頼んできたくせに、まるで私が悪者みたいじゃんねえ。こっちは協力者だよ? もういっそ、いつだって開墾していい権利をくれたっていいと思うんだよね!」


「それとこれとは話が別だろうよ」


「そうかなあ? それにさ、私の作業が遅いとか何とか言って、あの人間ヒューマンにも作業を依頼したそうじゃん!? そしたらさ、あの人間の植えた南瓜が大人気になってさ! 私の南瓜は!? 私の南瓜こそが大本命じゃあないの!?」



 彼女は悔しそうに地団駄を踏んだ。少しして、気が済んだというかのようににっこりと笑みを浮かべると、彼女は南瓜ヘルムを手にとった。



「というわけで、私の南瓜が一番であるということを知らしめるために、勝手に宣伝して歩くことに致しました。――はい、死神ちゃんには特別にタダであげるよー!」



 農家は嫌がる死神ちゃんに無理やり南瓜を被せた。死神ちゃんは血相を変えると、必死にヘルムを脱ごうとした。しかし脱ぐことは叶わず、死神ちゃんは顔を青くした。



「うわっ、取れない! やっぱり、これ、呪われているんじゃあないのか!? どうしてくれるんだよ! 何で取れないんだよ!」


「懐いているんですねえ。大地に愛されているようで、素晴らしいことですねえ。いいよ、死神ちゃん! とてもよくお似合いだよ!」


「ふざけんなよ! どうやったら取れるんだよ、これ!」



 農家はケタケタと笑うばかりだった。死神ちゃんは彼女を睨みつけると、南瓜をひと叩きして彼女に向かってビームを放った。ビームは彼女の南瓜に弾き返されて、壁に穴を作った。

 彼女は「これで、ファッション業界と防具流通の世界でトップがれるぞ~!」と鼻歌交じりに言いながら、意気揚々と南瓜を売り歩いた。残念なことに、その横でふてくされている〈南瓜ヘルムを被った死神ちゃん〉の可愛らしさに冒険者達が吸い寄せられてきて、南瓜は飛ぶように売れていった。農家は目を輝かせると、死神ちゃんを見下ろして声を弾ませた。



「いいよいいよ、死神ちゃん! とても素晴らしい看板娘となってくれているようで! 私、とても嬉しいよ!?」


「おう、そうか。そりゃあどうも」



 死神ちゃんは辟易とした顔を浮かべると、忌々しそうに鼻を鳴らした。


 手持ちの南瓜が全て売れてご満悦の彼女は、持参したりんごにかじりつきながら声を弾ませた。



「やっぱり、私は農耕の神に愛されてるねッ! ダンジョンを耕していいよって許可が降りて、おかげで南瓜ヘルムの作製および量産もできるようになって! それでもって、それが飛ぶように売れるんだもの! うん、愛されてる! 間違いないッ!」


「お前がギルドからのノルマ未達成になる理由って、ヘルム製作に時間を費やしているからじゃあないのか?」


「いやでも、これ、大事なことだし。南瓜植えながらできることだし。――ところで、うちのりんごのお味はいかが? あの人間に勝てた? リベンジなった!?」



 農家は期待の眼差しを浮かべながら、死神ちゃんに詰め寄った。以前、死神ちゃんは「ライバル農家のりんごのほうが美味い」というジャッジを下していたのだ。表情もなくシャクシャクとりんごを頬張っていた死神ちゃんは、ゴクリと口の中のものを飲み下すと淡々と返した。



「残念。今年も、軍配はあちらに上がりました」


「ああああああッ! 何で!? どうして!? 今年のマンドラゴラ品評会もまた負けたしさ! それでもって、りんごもリベンジできないとか! 私は神に愛されているんじゃあないの!? なのにどうして!?」


「さあ、何でだろうな。愛されてるというよりも、イジられてるんじゃあないか?」



 悔しそうにキーキーと喚き散らしていた農家は、一転して落ち着きを取り戻すとにっこりと笑った。そして死神ちゃんに「早く食べ終わるように」とせっつくと、彼女は畑の様子を見て回るべく立ち上がった。


 歩きながら、農家はニヤニヤと笑って言った。



「私は、愛されている。それは間違いのないことなんだよ。分かる?」


「何だよ、唐突に」


「実はですねえ、南瓜以外にも植えたんですよね。今回」


「はあ!? 〈南瓜のみ許可する〉って言われていたのにか!?」


「いいじゃん、別に。同じウリ科のものだったらさあ」


「いや、そういう問題じゃあないだろうが」



 死神ちゃんは農家を睨みつけたが、彼女は動じることもなくニヤニヤと笑い続けていた。

 とある一室に入ると、そこはスイカ畑となっていた。辺り一面に手のひらに収まるくらいのサイズのスイカがなっており、彼女はそれをひとつ蔓からもぎ取ると部屋の外に向かって投げた。すると、かなり大きな爆発が起きて壁にクレーターができた。



「前に威力が強すぎて、品種改良失敗だったスイカ爆弾。今回はいい感じなんだよ。ほら、つついても爆発しないの。でも、投げればあの威力なの。どのくらいの衝撃を受けたら爆発するのか、調整するのが大変だったけど。ようやく成功だよー」


「だから……! ダンジョンを破壊するんじゃあねえよ……!」


「研究開発にはですね、多少なりとも犠牲が発生するものなんですよ。だから、仕方ない」


「仕方ないで済ますなよ!」



 農家はあっけらかんと笑うと、再び「仕方ない」と軽快な口調で言った。死神ちゃんは開いた口が塞がらなかった。死神ちゃんが黙ったことに満足してうなずくと、彼女はスイカの世話をしてから別の部屋へと向かった。彼女が「神に愛されているからこそ、こうやって品種改良が成功しているんだ」ということを再び熱く語るのを、死神ちゃんは適当に聞き流した。

 少しして、別のウリ科が植えられている場所へと辿り着いた。扉に手をかけて押し開けようとした農家は、一瞬顔をしかめた。



「あれ? 開かない」


「開く方向が逆とか、引き戸とかではなくて?」


「うん、合ってるはずなんだけど……」



 困惑の表情で、農家は必死に扉を押した。しかし、扉はびくともしなかった。

 何度か体当たりまでして、ようやく扉は開いた。開いたというよりも、むしろ、壊した。やっと中に踏み入ることに成功した彼女は、思わず「何これ」と素っ頓狂な声を上げた。部屋の中は蔓で満たされており、天井も床も、どこを見てもウリ科植物の蔓しか見えない状態だった。

 死神ちゃんは苦い顔で農家に尋ねた。



「何植えたんだよ、一体」


「えっと、何だったっけなあ……」



 死神ちゃんに睨まれて、農家は冷や汗を額に浮かせながら首を傾げた。すると、丸々と太った俵型のウリが彼女の視界に入り込んだ。彼女はそのウリを指差しながら、しどろもどろに声を上げた。



「あー、ほら。あれだよ、あれ」


「あれじゃあ分からん」


「だから、あれだって! ――あの、ほら……ギョロッと目をひん剥いたやつーッ!」



 天井から垂れ下がったウリはぎょろりと目を剥くと、盆のように大きな口をバックリと開けた。そして勢い良く蔓を伸ばすと、逃げようとした農家の足を掬い、彼女が転んだ拍子にバグンとひと飲みにした。ゲフウと満足げに息をつくウリを瞬きすることなく見つめながら、死神ちゃんは「農耕神の愛、激しいな」と呻いた。




   **********




 待機室に戻ってみると、ビットが弾けそうなほどの嬉しさを目のチカチカで表現しながら待ち構えていた。彼は死神ちゃんの鼻先まで詰め寄ると、肩をがっしりと掴んで言った。



小花おはなかおるよ。その南瓜ヘルムこそ、私がずっと求めていたもの……」


「ああ、そう言えばそうでしたね。どうぞ、持ち帰ってください」


「うむ! さすがは小花薫だな。話が早い! では、さっそく……」



 ビットは大きくうなずくと、南瓜ヘルムに手をかけた。しかし、ヘルムが外れる気配はなく、代わりに死神ちゃんが悲鳴を上げ始めた。



「ぎゃあああああああッ! 痛い! 痛いんですけど! 痛ッ! 痛ああああああッ!」


「むう、取れんな」


「痛いです! 痛いですってば! 所長が引っ張れば引っ張るほど、何か食い込んでいくように痛いんですけど! 痛……ぎゃあああああああああッ!」



 死神ちゃんが悲鳴を上げ続けているのもお構いなしに、ビットはグイグイとヘルムを引っ張りながら嬉しそうに目を光らせた。



「おお、どうやらこのヘルムは私に怯えているようだな! 私が怖くて小花薫から離れたくないようだ!」


「はあ!? 何ですかそれ! すごく迷惑―― ぎゃああああああッ!」


「おお! おお!! すごい懐かれっぷりだな、小花薫よ! これは面白い! とてつもなく面白いぞ!」


「俺はちっとも面白くなんかな―― ああああああッ! もう引っ張らないでああああああああッ!」



 ビットは死神ちゃんを小脇に抱えると、問答無用で〈あろけーしょんせんたー〉に連れ帰った。しかしながら、南瓜は怪しい機材をあれこれと持ち出したビットにすっかりと怯えてしまい、一層死神ちゃんの頭に食い込んだ。無事に外れたのは、第三死神寮のメンバー総出で四六時中慰め宥めすかすなどして、数日後にようやくのことだった。

 なお、死神ちゃんから南瓜が外れたのと同じころ、ようやくあの謎のウリ科とスイカ爆弾を一掃できたという。始末に数日を要するような手強いものを作り上げてしまう角の呪いと農耕神の気まぐれを、死神ちゃんと修復課一同は心の底から忌々しく思ったのだった。





 ――――ちなみに、南瓜ヘルムはすっかり第三死神寮に馴染み、ペット(?)として可愛がられたそうDEATH。

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