第310話 秘密の男子会③
「はい、ではみなさん。グラスを持ってー! ――かんぱーい!」
幹事が笑顔でグラスを掲げると、ここそこで「はい、お疲れさーん」という声が上がった。死神ちゃんは挨拶もそこそこにグラスを菜箸に持ち替えると、小さなボウルから具だけを丁寧に鉄板の上に出した。そして、うきうきとした調子で菜箸から調理用のヘラへとさらに持ち替えると、具をドーナツ状にまとめ始めた。横合いから同居人の一人が鉄板に汁をぶちまけると、死神ちゃんは顔をしかめた。
「おい、土手がまだ出来上がっていないのに汁を注ぐなよ。おかげで決壊しただろうが」
「そんな、いつ汁を投入したって同じだろ?」
「んなわけないだろうが。お前、生煮えの野菜を食いたいのかよ?」
同居人を睨みつけながら、死神ちゃんはヘラの二刀流で手早く野菜を細切れにし、汁と絡めた。周りの同居人たちは小さなヘラで皿をチンチンと叩きながら「まだできないの?」と催促をし、鉄板奉行を務める死神ちゃんに「行儀が悪い」と窘められた。
四、五人ほどのグループに分かれてお好み焼きやもんじゃ焼きを焼きながら、彼らは楽しく酒を煽った。焼き上がりまでの間の酒の肴は、もちろん住職の〈ピュアすぎて進展しない恋愛話〉だった。同居人たちは、やんちゃし放題の生グソ鬼坊主だったのが嘘のような、聞いていてこっ恥ずかしくなるような〈ご報告〉にニヤニヤとした笑みを浮かべた。
住職をひとしきりいじり倒したところで、お好み焼きやもんじゃがちょうどよい塩梅に出来上がった。熱々のそれをフウフウ言いながら静かに頬張ると、彼らは酒を煽って至福の息を漏らした。
第二弾を焼いている最中、他の同居人がデレデレとした笑みを浮かべながら〈自分にも春がやって来た〉ということを打ち明けた。寂しい独り身の多い彼らは阿鼻叫喚の声を上げつつも、幸せそうな同居人を祝福していじり倒した。そんな中、死神ちゃんが静かに挙手をした。仲間達に注目されると、死神ちゃんは顔を耳まで真っ赤にして俯き、照れくさそうにもじもじとした。
「あのですね、実は、その……。俺も、ご報告がありまして」
「何だよ、
「んなわけないだろう。
とぼけて下品な横やりを入れた同居人は苦笑いを浮かべて謝罪すると、死神ちゃんに話の続きを促した。不機嫌に顔を歪めていた死神ちゃんは再び赤面して俯くと、小さな声でポツポツと言った。
「あのですね、実は、一年ほどお付き合いしている方がおりまして。先日、プロポーズを致しました。なので、もしかしたらですけど、一年以内には寮を出るかもしれません」
その場にいた一同は、ぽかんと間抜けな顔を浮かべた。クリスだけは悪夢だとでも言わんばかりに顔を青ざめさせ涙ぐみ、悲鳴を上げながら店から走り去った。一同は開けっ放しとなった店の出入り口をつかの間見つめると、気を取り直したかのように死神ちゃんを質問攻めにした。
「一年前からお付き合いって、どういうことだよ! 何で教えてくれなかったんだよ!」
「ていうか、誰!? あれか!? 正月辺りに、薫ちゃんのハーレムに属する女性陣がこぞって指輪をつけていたけどさ! そのうちの一人か? それとも、全員なのか!?」
「何なんだよ、幼女のくせにご結婚とか! リア充死ね! 爆発しろ!」
「ていうか、幼女が結婚って何かとまずくないか?」
「すげえ犯罪の香りがするよな! そもそも、OKもらえたのかよ? 幼女のままでさ」
「つーか、二次元大好き腐女子的な言い方するとしたら、GLなん? それともNLなん?」
「見た目だけで言ったらGLだよな。でも、中身おっさんだからNL? よう分からん」
死神ちゃんはあからさまに機嫌が悪くなった。一同を睨みつけると、憮然とした態度で「お前ら全員、爆発しろよ」と返した。同居人たちは苦笑いを浮かべながら謝罪すると、でもと言葉を濁した。
「ホント、マジ、どうして教えてくれなかったんだよ」
「そうやって揶揄するのが目に見えていたからだよ。悪いか」
「でもだって、ネタにせざるを得ないだろ。なにせ、幼女なんだし」
「だから〈元の姿に戻る指輪〉を作ってもらっているんじゃあないか。俺だって、等身大の〈アラフォー男性〉として、人並みに幸せになりたいんだよ」
死神ちゃんはふてくされると、お好み焼きにヘラを荒々しく突き立てた。そして自分のグループの人数分にカットしながら、死神ちゃんは投げやりな態度で続けた。
「詳細は省きますが。一年ほど前に、お相手の方に大変お世話になって、お礼を差し上げなければならないことがございましてね。それをきっかけに、正式なお付き合いを始めたんです。本当は、安定して元の姿に戻れるようになってから関係を進めたかったんですけどね。彼女はこんな
「いや、悪かないよ。ていうか、薫ちゃん、ちゃんと〈男〉だったんだな」
「当たり前だろう!? ていうかな、俺や俺の女友達たちを見てGだNだとわけの分からないことを言うのは止めてくれないかな。こういう場でそういうことを言うと楽しい雰囲気壊すから本当は言いたくないんだが、でも正直な話、不快なんだよ」
死神ちゃんは小さくため息をつくと、お好み焼きをフウフウしてから豪快にかぶりついた。そしてふくれっ面を浮かべたまま、淡々と思いの丈を伝えた。
魔法により幼女にされており、体に引きずられて喜怒哀楽が激しくなったとはいえ、死神ちゃんは心まで女児になったわけではない。中身は〈男・小花薫〉そのままなのだ。だからこそ、アルデンタスの施術を受けてうら若い女性の姿に変わったときには〈女・小花薫〉になってしまうのではという恐怖に怯え、その兆候が見られた際には自分自身に嫌悪感を示したのだ。
また、こちらの世界に来て、人の暖かさを知って、誰かを愛おしいという気持ちを知ったからこそ、誰かを愛したいという気持ちが湧き上がるようになった。しかし、この姿では他の〈愛おしい〉という気持ちは受け取ってはもらえたとしても、恋愛的な意味での〈愛おしい〉だけは誰にも受け取ってはもらえないのではないかと思って苦悩した。中身が大人の男とはいえ外見が幼女のため、人並みに恋愛して人並みに幸せになるんてことはできないのではないかと死神ちゃんは思っていたのだ。
だからこそ、幼女だからとか見た目の性別がということをネタにされ続けるのは、死神ちゃんにとっては〈受け流す〉という大人の対処ができなくなるほどに苦痛だったというわけである。
「それにさ、こんな
「だから、薫ちゃんもお相手も〈中身〉を判断材料にして決断していることだから、薫ちゃんの幼女という見た目をネタに、お相手を想像しておもしろおかしくギャーギャー言うなってことだな?」
「おう、そうだよ。分かったか」
死神ちゃんが不機嫌に口を尖らせると、一同は心からの謝罪を述べて〈理解した〉という旨を伝えた。しかし一転してニヤニヤとした笑みを浮かべると、敢えて再び幼女姿をネタに死神ちゃんをイジりだした。
「いやあ、それにしても。手塩にかけて育てた子供がお輿入れだなんて、お母さんも寂しいでしょうね」
「ホントな。つまるところ、俺は今こそ、マコさんを攻め落とすべきなんじゃあないかな」
「お前、まだ寮長を諦めてなかったのかよ。あの人、お相手いるんだろ?」
マッコイが自分らしい姿で日々を謳歌し始めた辺りで彼を女性として意識し始めたという同居人は、奮然と「姿の見えないお相手なんか関係ないね!」と周りに返した。死神ちゃんは呆れ眼で彼をじっとりと見つめると、ヘッと鼻を鳴らして言った。
「諦めが悪いのと、しつこいのは違うからな? そして、しつこいのは嫌われるからな?」
「俺、しつこいかな!?」
血相を変えた同居人に、他の者たちはうなずきながら「しつこい」と口を揃えた。そして住職はにっこりと笑うと、全体を見渡して言った。
「ていうか、このお話は〈死神ちゃんが奇人変人に追い掛け回されて憂鬱な毎日を送るさまを見てクスリと笑って頂くという、ファンタジーコメディ〉だからな。そのついでに、薫ちゃんやその周囲の〈心の成長〉が描かれたりするが。バリバリ恋愛なんかするつもりもないし、見せるつもりもないし。だから、あまり恋愛を主体に見たら駄目なんだぜ?」
「は、はあ……」
「そんなに恋愛メインで見たいなら〈見せて!〉と言わなきゃな。ただし、薫ちゃんの見た目が見た目だけに、十八禁サイトでこそこそとってことになるだろうがな」
一同は〈意を介さぬ〉という目で住職を見た。にこにこと笑みを絶やさぬ彼を真顔で見つめると、死神ちゃんは抑揚無くポツリと言った。
「住職、お前までマコみたいなワケの分かんないことを言うんだな」
「おう。なにせ、俺は次期寮長だからな。マコさんの十八番は、俺が引き継がないと」
一同はつかの間押し黙ると、声を揃えて「ええ!?」と叫んだ。そして動揺して口々に言った。
「どうして!? あの人、まだ、転生資金貯まってないはずだろう!? 勤続年数的にさ!」
「あれか? グルメ王者としてタレント活動的なこともしていたから、その収入のおかげで早々に貯蓄し終えたとか!?」
「マジか、どうしよう! じゃあ、早いとこ〈俺の女〉にしないと!」
再び、一同は口を閉ざして押し黙った。そしてマッコイに恋い焦がれる同居人を呆れ顔で見据えると、口を揃えて「しつこい」と言った。住職は苦笑いを浮かべると「違う。違う」と言ながら手を横に振った。
「ほら、前にグレゴリーさんが〈ダンジョン内でケーキ類の販売でもすればいい〉とか言っていただろ? あれ、本当にやるつもりらしくて。そのチームに参加しないかって話が出ているそうなんだよ。まだ本決まりではないんだが、でも、もしもそれが決まったら転属ってことになるから」
「てことは、いずれマコさんも寮からいなくなるのか。何ていうか、寂しいな」
「だな、キャラの濃いのが二人もいなくなるだなんてな」
「ていうか、死んでこっちに来た人間は原則死神課に配属だろ? 転属できるもんなんだな」
「特技を活かして別の課にってのも、楽しい生き方かもな。俺も目指そうかな」
彼らは笑い合うと「たとえ幸せを掴んで寮を出ていくことになっても、転属などで別の道を歩むことになっても、定期的に集まろう」と誓った。何故なら、一緒に住むことがなくなったからといって、所属が変わったからといって、友情がそこで途絶えるというわけではないからだ。
いつまでも、この世界で元気に過ごしているうちは、変わらず仲良くいたいものだと笑って肩を叩き合う彼らを眺めながら、死神ちゃんは〈愛おしい〉と思った。今まで何度も「愛おしい人たちを大切にしていこう」と思い誓った死神ちゃんは、この日もまたその思いを胸に刻んだのだった。
――――〈ずっと変わらない〉というものはない。だからこそ、その中で変えたくないものもある。その〈変えたくないもの〉が変わらぬよう、変わらずにいられるように、しっかりと大切にしていきたいのDEATH。
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