第308話 死神ちゃんとそっくりさん④

 死神ちゃんが待機室で出動待ちしていると、同じ三班の仲間がツカツカとやって来た。そして死神ちゃんの左手をとって親指をしげしげと眺めると、首を傾げながら去っていった。そのようなことが二、三度続き、死神ちゃんは思わず顔をしかめた。



「お前ら、一体何なんだよ」


「いやあ、ほら、前に幼女とおっさんに分かれたことがあったろう? 今回も、またあの指輪の試用してて二人に分かれてるのかなと思って。だから、指輪の有無を確認したんだよ」


「はあ?」



 死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、同僚たちは「おっさんのほうにそっくりな冒険者がダンジョン内を闊歩していた」と口を揃えて言った。死神ちゃんがなおも怪訝そうに口を尖らせていると、出動要請がかかった。死神ちゃんは憮然としたまま、ダンジョンへと降りていった。

 ダンジョンに降り立つと、遠くの方から自分と瓜二つのピンクのツインテ小人族コビートがぽよぽよと飛んできた。



「わああ、お久しぶりねえ! あなたも南瓜を採りに来たの?」



 彼女は、死神ちゃんのそっくりさんだ。彼女は他の冒険者から死神ちゃんに間違われ、そのせいで死神と罵られて悲しい思いをしていた。また、やはり死神ちゃんに間違われておやつを大量に与えられたり、筋肉神として崇められたりしていた。そのせいで太ってしまったり、〈筋肉神を元のお姿に戻そう〉ということで過剰な筋トレを強いられたりと、美味しい思いと散々な思いを同時にしていた。

 どうやら彼女はようやくダイエットに成功したようで、それにより一層死神ちゃんにそっくりとなっていた。死神ちゃんは、思わず驚いて目を見開いた。



「お前、本当に俺にそっくりだったんだな」


「いやね、あなたが私にそっくりなんでしょう? ていうか、そんなの、前から言っていたことじゃない」


「ああ、でも、ほら、お前、かなりぽっちゃりとしていたから……」


「やだ! 言わないでよ! 恥ずかしいじゃない! ――あ、でもね、また太っちゃいそうな気配がするのよね。だって、この季節の食べ物ってどれも美味しいから! それに、南瓜イベントで作ってもらえるプリンもパイも、本当に美味しいのよ!」


「ああ、分かる! 分かる!! あれ、本当に美味いよなあ!」



 死神ちゃんは満面の笑みで、そっくりさんと盛り上がった。二人できゃいきゃいと〈美味しい食べ物〉談義をしていると、彼女の後方から人間ヒューマンの男性がやってきた。死神ちゃんは彼を見るなり、これでもかというくらいに目を見開いて驚嘆した。



「お前、父さんを置いていくんじゃあないよ……。――おや、お友達かい?」


「ええ、パパ。たまにダンジョン内で会う子なの。ほら、前に話した私にそっくりの――」



 死神ちゃんは素っ頓狂な声で「パパぁ!?」と大声を出した。そっくりさんは苦笑いを浮かべてうなずいた。



「似てなくて驚いたでしょう? 私、実は小人族と人間のハーフなのよ」


「娘がお世話になっております。父です」



 爽やかににっこりと笑ったそっくりさんの父親は、死神ちゃんの元の姿にそっくりの渋ダンディーだった。


 そっくりさんは実はピチピチの大学生だそうで、ダンジョンには講義の合間や休日に来ているのだという。そんな彼女の〈本日の目的〉は、収穫祭だった。何でも、ダンジョン近くの街の収穫祭が凄いと評判になり、今年は去年以上に観光客が押し寄せているのだとか。そして彼女の父親もその話を耳にして、観光がてら〈娘の活動風景〉でも見学しようかと思ったらしい。



「娘は歴史学を専攻していてね。その一環で冒険者も始めたそうなんだ。私としては、こんな危険な場所で可愛い一人娘がわざわざ辛い目に遭っているだなんて、そんことは許しがたいことなんだが――」


「いやだわ、パパ。過保護なんだから。そもそも、パパだって若いころに同じような生活をしていて、それで今、歴史の先生をしているんでしょう? その背中を見て育ったんだもの、私だってこうなるに決まっているわ」


「そんなにパパのことが好きなのかい? だからと言って、女の子が危ないことをしているのは好ましくないな」


「もう、本当に過保護! たしかに危険かもしれないけれど、こういうフィールドワークを通して知り得ることって、いっぱいあるのよ。パパだって分かるでしょう? それに、つらいといっても、たまに『死神め!』って言われるくらいで、それ以外はどの人もみんな、何故か食べ物をタダで山のようにくれるのよ」


「そのせいで、お前はぷっくりと太ってしまったんだろう? それのどこがいいことなんだ!」



 仲睦まじく言い合いを始めた親子に、死神ちゃんは何故か凄まじくいたたまれない気持ちになった。死神ちゃんが両手で顔を覆い静かに俯くと、そっくりさんが心配そうに声をかけてきた。父親のほうも、まるで娘を見るような目で心配そうに肩を落とした。死神ちゃんは小さな声でポツリと「何ていうか、いろいろとすみません」とだけ返した。

 そっくりさんたちは気を取り直すと、ジャック・オ・ランタンを探してダンジョン内を彷徨さまよい始めた。辺りを見回して慎重に歩を進めながら、父親が朗らかに笑って言った。



「いやあ、それにしても。私が冒険者をしていたころよりも街が栄えていて驚いたよ。私の時代は、ちょうどダンジョン創設時の探索ブームが過ぎ去って冒険者数も少なくなっていて、街も若干寂れていたんだよ。まさか、一大観光スポットと化して、イベント事にも力を注ぐようになるだなんてね」


「こんなに賑やかになったのは、ここ二、三年のことらしいわよ。何でも、会話のできる死神罠が登場したらしくて」


「そうなのかい? そいつはすごいな。父さんも、これを機に冒険者に復帰しようかなあ。教壇に立つばかりで、すっかり研究活動から遠のいていたからな」



 死神ちゃんは二人の後ろをついていきながら、心の中で「その罠ってのは俺のことだよ」と呻いた。すると、父親が再び朗らかに笑いながら言った。



「そう言えば、お前とそっくりな子がいると聞いていて、本日偶然にもお会いすることができたわけだが。――私にそっくりなモンスターがいるんだって?」



 そっくりさんが「ええ」と言ってうなずく後ろで、死神ちゃんは激しく頭を抱えた。そして心の中で「それも俺だよ!」と叫んだ。ひとり苦悶の表情で地団駄を踏む死神ちゃんを振り返って見ると、そっくりさんたちは心配そうに「どうしたの?」と声を揃えた。死神ちゃんは頬を引きつらせると「何でもないです」と声を落とした。

 そっくりさんの父は冒険者の経験があるだけに、戦闘慣れしていた。娘と息ぴったりの連携を見せ、モンスターをいとも簡単に切り捨てていく父の姿は、とても頼もしかった。互いを信頼し、仲良く探索を行う親子の背中を見つめながら、死神ちゃんは「自分にも子供がいたとしたら、こういう感じだったのか」とぼんやりと思った。そしてすぐ、〈もしも自分に子供がいたとしたら、そっくりさんと同じくらいの年ごろの子供がいてもおかしくない〉ということに気がついて愕然とした。目の前で繰り広げられている光景は〈子供がいたとしたら〉のまさにそれであり、つまるところ、自分はそれだけおっさんであるということだ。おっさんである自覚はあったが、まだまだ自分は若いと死神ちゃんは思っていたかった。そのため、実際にそれを目の当たりにして何となく胸が痛くなった。


 精神的なダメージを負い、死神ちゃんは今にも〈埋葬されます〉な気分だった。楽しそうな二人に声をかけられ適当に返しながら、死神ちゃんはしょんぼりと頭を垂れた。すると、親子が揃って「あ」と声を上げた。彼らの目の前には人型モンスターのガンマンが立っていた。

 父は目を輝かせると、頬を上気させた。



「おお、本当だ。顔を隠していて目元辺りしか見えてはいないが、確かに私に似ているなあ」



 父親は娘の支援を受けると、剣を片手にガンマンに挑んでいった。激しい攻防の末、親子もろともガンマンに敗れた。灰化達成の知らせを受けると、死神ちゃんは負け惜しむかのように下唇を噛みながら、逃げるように壁の中へと消えていった。




   **********




 待機室に戻ってくると、アリサが目を爛々らんらんとさせて待ち構えていた。彼女は頬を朱に染め上げると、喜々として声を弾ませた。



「ねえ、ジューゾー! 今すぐ、私とああいう家庭を築きましょう! この前はゴッコすらできなかったけれど、を見て確信したわ! あなたは絶対にいいお父さんになるわよ! 娘にデレッデレのね!」



 死神ちゃんが苦い顔を浮かべていると、周りの同僚たちが口々に言った。



かおるちゃんのその見た目って、遺伝子に組み込まれていたものなんだな」


「な。だって、〈十三様な薫ちゃんにそっくりの父親〉の娘が〈幼女の薫ちゃんにそっくり〉なんだからなあ。まさかすぎたわ」



 死神ちゃんはぷるぷると震えると、精一杯瞳を潤ませて「俺はまだ、そこまでおっさんじゃあない!」と叫んだ。そして負け惜しみのように幼女泣きしながら、ドタドタと待機室を飛び出していったのだった。





 ――――いつまでも若くいたいと思うのは、おっさんのさがなのDEATH。

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