卒業制作 1

 今、放課後のホームルールでの会議が長びいている。その理由は議題にある。


 卒業生は小学校に残す物がある、いわゆる卒業制作というやつだ。

 本日はこれを決めなければならないらしい。


 卒業制作として作られた作品は、後々のちのち学校に残り続けるので『非常に重要』と言いたい所だ。

 しかし重要であるなら記憶に留まっていそうだが、昔を思い返してみても小学生時代に私は何を作ったのか思い出せない。

 これは25年以上も前の事なので仕方ない気もするが、困った事に去年の卒業生が何を残していったのかも出てこない。


 歳はあまり取りたくないものだ。仕方ないので隣のきりんちゃんに去年の作品の真実を確認をしようとすると「分らない」との返事が返ってきた。

 一番後ろの席からクラス全体を見渡してみると、熱心に考えている生徒はあまり見当たらない。

 この様子からすると、卒業制作に子供達はあまり感心がないのかもしれない。人というものは興味がないと何かと覚えられないものだ。


 何を作るのか意見を募集するが、だれ一人として手を上げない。

 しばらくして、クラスメイト達から何も意見が出てこないのを見かねて、私は美和子先生に質問をする。

 参考するために今までどのような卒業制作が作られてきたのかを聞いた。


 実例として挙がったのは、体育館の舞台袖にある幕の刺繍ししゅう、音楽室の木彫りの校歌のレリーフ、図書室のステンドグラス、校舎脇にある二宮金次郎の形を真似したであろう彫像など、一貫性は全く感じられず、とにかく記念に何か残ればどのようなものでも構わないらしい。


 ちなみに去年の卒業生の作品は、プール脇の壁画だそうだ。

 しかしプール脇とはあまり良い場所ではない、水中にいるときには見えないし、息をする時にはじっくりと見ている暇などはない。

 その証拠に私は泳ぐのに夢中だったらしく、この作品には気がつかなかった。



 前例を聞くと、子供達はそれに習い似たような提案を始めた。しかし出された提案は次々と美和子先生に却下をされていく。

 この会議では、全ての計画を生徒達で決めなくては行けないらしい。ここに卒業制作を決めるための最大の難問がある、それは作品の設置場所まで決めなくてはならないらしい。


 これがまた厄介やっかいだ。場所くらいは教師側が指定すれば良いと思うのだが、立地の良い場所はことごとく先人せんじん達によって埋め尽くされている。

 教員達は決めるのが面倒なのか、アイデアは出尽くしているのかは分らないが、生徒達にゆだねるという名目で、用地確保、設計、施工と、一通り丸投げしてきた。



 クラスメイト達は早く帰りたいので、美和子先生のダメ出しにめげずに発言を続ける。

 だが、ことごとく空いている場所が無いらしく却下が続く。

 そのうちに発言は枯渇こかつしてしまった。



 やがて拗ねた生徒の一人から、声が上がる。


鈴萱すずがやくんがまだ提案をしてません、きっと良い意見を言ってくれると思います」


 困った事になり、私に押しつけてきた。

 面倒事となると、なんでも私に頼るのがこのクラスの良くない点だ。


 ここで私が適当な提案をして、却下されてもいいのだが、そうもいかない。

 たとえ人目に付かなく、記憶から忘れ去られる運命だとしても、何かしら良い形で卒業制作を残したいものだ。


「明日までには考えておきます」


 良いアイデアは直ぐに思い浮かばず、提案を先延ばししてもらう事にした。



 ちなみに、遙か昔の私の卒業制作は何かと美和子先生に確認したところ、下駄箱のある玄関ホールにあるレリーフとの事だった。


 帰り際、下駄箱の周りの壁を見る。

 玄関ホールには、下駄箱の棚の少し上から天井近くを埋め尽くすように大きなレリーフが設置してある。

 レリーフは一辺15cm程の木のタイルで彫刻が施してあり、それぞれが繋がり大きな絵を表していた。


 絵に描かれているものは『川のある風景』。春夏秋冬と全ての季節があり、季節によって制作した年度が違うらしい。

 風景に描かれている地形は、かなり美化をしているが見覚えのある光景で、おそらく校門から川を眺めた景色だろう。

 小学生にしてはなかなかの出来上がりで、努力と苦労が垣間見られる。


 季節を巡るように、レリーフを見渡す。するとある季節で目がとまった。

『春』だ、桜が咲き乱れ、花吹雪まで舞っている。

 思い出した。当時は桜の花びらを彫るのには非常に手を焼いた。


 意外と覚えている物だ。やはり卒業制作は記憶に残る。しっかとした物を作らなければならない。


 しかしこれは困った。レリーフなど、いわゆる『飾り』といったものは意外と気にかけない。

 現にこのレリーフは、下駄箱にあるので毎日見かけているはずだが、今日の会議で指摘されるまでまったく気にとめなかった。


 人の気を止める作品というのは難しい。

 都心の会社のそばにあったオブジェは通る度に見ていたが、あれはグロテスクで不気味なものだったので、気になりついつい見てしまっていた。

 作品をグロテスクにすれば、人目には止まるが、見た人間はあまり良い思いはしないだろう。


 さて、どうすればいいのだろうか。

 見る必要性があれば、何か少しでも実用的なものであれば、人目にとまるかもしれない。


 翌日、私は卒業制作としては少し変わったものを提案した。

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