社会人と小学生 3

 若者ばかりのゲーム会場で、私と同じような年齢のおっさん4人が偶然に集まった。

 そしてパーティーを組んでハンティングへと出かける事になる。



 手始めに私は『巨大竜の侵略阻止』というクエストを受注した。


 このクエストに出てくるモンスターは、ゲーム中で屈指のデカさを誇る。その大きさは70メートル弱。特撮映画で有名なゴヅラの設定が50メートルだというのだから、いかに巨大なモノかがうかがえよう。


 普通に考えればこんな化け物に人間が勝てる訳がないが、そこはゲームなので何とかなるように出来ている。

 このモンスターの図体ずうたいは巨大だが性格は非常に大人しい。ゲーム中ではただ歩いて進んでいくだけだ。

 それをプレイヤーが痛めつけて、進行を止めるか倒すかすると、クエスト成功となり報酬がもらえる。


 ただ、移動している相手を一方的に殴り続けるので、少し気の毒な気もするが、ここはゲームの世界。魅惑的な報酬にはかなわない。

 プレイヤー達は生態系などはまるで考慮せず、物欲にまかせて敵を狩り尽くす。ゲームでなければ、とっくに絶滅しているであろう。



 私は他のプレイヤーに声をかける。


「このクエストやったことありますか?」


 彼らはこのゲームをどれほどやっているのだろうか?

 するとこんな答えが返ってきた。


「わたしは今回初めてですね」


「自分もです」


「会社の人と何度かやってますね」


 このゲーム出てから半年以上立つのだが、皆さんはあまりやりこんで無さそうだ。初心者だと思った方が良いかもしれない。

 私は一から説明を入れつつ、ゲームをプレイする事にした。


「このクエストは一人でも撃退できますよ、備え付けの弓や大砲を使うだけでクリアできます」


「そうなんですか、無理だと思ってました」「知らなかった……」


 そんな答えが返ってきた。確かに、考えてみれば70メートルの化け物に一人で勝てる訳もない。

 実際に私もクリアするまでは不可能だと思い込んでいた。

 ネットの攻略動画を見て、試行錯誤をある程度くり返せば比較的簡単にクリアできるのだが、この歳になるとそういった事はおっくうになっていて、自発的にはなかなか行わない。私も友人がいなければこのゲームをここまで調べ込む事もなかっただろう。



「ではクエストを開始します、まずこちらで大型の設置弓バリスタの弾をひろってくささい、そしてここで敵に向けて発射します。

 あとここに大砲の弾が置いて有ります。弾をこちらの土管の入り口のような所に放り込めば大砲が発射できるようになります」


「なるほどなるほど」「大砲の形が変わっていたので分りませんでした」


「ちなみにパーティーが4人集まっているので、おそらく大砲を撃っているだけで勝てますよ」


「わかりました、では戦いましょう」「これなら勝てそうだ」


 その後、戦いとは言い難い、戦士というよりどちらかというと奴隷が行うような、大砲の弾運びという作業を延々とくり返す。

 旗から見ればつまらなそうに見えるが、やっている側としてはこれでもなかなか面白い。

 崖が崩れて岩が降ってきたり、地面が揺れて大砲の弾を落として大爆発したりと色々とハプニングが起こる仕掛けもある。本当にただ運ぶだけのクエストがあるとするなら、そんな作業はだれもやらないだろう。


 そしてゲームを始めて、15分くらいだろうか。特に大きな事故も無く、無事に敵を倒す事に成功した。


「お疲れ様」「お疲れ様です」


 プレイヤーは挨拶を交わしながら、倒したモンスターから鱗やら角やらを剥ぎ取る。

 まるで追い剥ぎのようなゲームだが、おそらくこの光景は普通のRPGのゲームでも日常的に行われていると思われる。

 普通のRPGはモンスターを倒すとお金がすぐに入ってくるが、それは現実では考えにくい、やはりモンスターのなにかしらの価値のある素材を剥ぎ取り、あとで商人に売りさばきお金に換えているはずだ。

 ただ、そういった作業は面倒なので、端折ってお金という表現に換えているのだろう。


 しかし社会人の性なのだろうか、ゲームの中でも団体行動を厳守していた。私の指示通りの動作しかしない。

 小学生の友人は弾運びに飽きて、いきなり敵を正面から斬りかかり、返り討ちに遭う事もままにあるのだが……

 この調子なら楽にクエストをこなしていけそうだ。



 その後、何回かクエストをこなした後だ。

 となりにいるプレイヤーがある事に気がついた。


「そいうえば、プレイヤーカードを交換しましょう」「いいですね、では私から配りますね」


 そういってプレイヤーカードの交換が始まった。


 プレイヤーカードとは言わば名刺のようなもので、クエストのクリア回数。どんなモンスターと何回戦ったかなど経歴書のような内容が確認できる。

 このカードの情報で、分りやすい指標の一つにハンターレベルというものがある。これはクエストをクリアするごとに少しずつ上がっていき、言わばプレイヤーの熟練度そのものと言って良い。


 他の方からプレイヤーカードが配られてきた。ハンターレベル10。

 続いて次の方のカードも届く、同じくハンターレベル10。

 このレベルだとまったくの初心者のように思えるが、実は恐ろしいことにここまで上げるまでにおよそ50時間ほどは費やしているはずだ。普通のRPGならクリアしている時間が、このゲームだとようやくスタート地点に立っているにすぎない。


 二人のカードを覗いていたら、もう一枚カードが届く。ハンターレベル87。

 およそ100時間ほどはやっているのだろうか。さきほどの二人よりかなりレベルが高いが、このゲームだとまだまだ道半みちなかばといった具合だ。この後に理不尽な強さの隠しボスの群れが待ち構えている。


 しかしこの流れはあまり良くない、だが私がカードを送らない訳にはいかないだろう。

 仕方なしにプレイヤーカードを配った。


 配られたプレイヤー達は、少し間をおいて口を開いた。

「……ハンターレベル999ですか」「どうりで上手なわけだ」


「いや、常にパーティーで狩りをしていたんです。一人ではここまで上がりませんよ」


 私は精一杯、言い訳めいた説明をする。たしかにパーティーで狩りをしていればレベルが上がりやすいのだが、それてもせいぜい1時間に2~3レベル程度しか上がらないだろう。

 社会人と小学生でここまで差が開くとは。

 悪いことをしている訳ではないのに、なぜだか冷や汗が出てきた。


「いやいや、なかなか」「ここまでやりこむのは、相当なものです」


「はぁ、そうですか、ありがとうございます」


 素直な褒め言葉のはずなのに、なぜだか私は恐縮きょうしゅくしてしまう。



 その後、しばらく雑談をしていたら、会場の館内放送が流れてきた。


「これからまだ配信していない高難度のクエストのお披露目をします。

 どなたか挑戦する方はいないでしょうか?

 中央会場のステージにて、高レベルプレイヤーの方の参加をお待ちしております」


 すると、すぐ横からこのように言われる。


「先生、お呼びがかかりましたよ」「ほら、どうぞ参加してください」


「いや、私は……」


「さあ、早く行って下さい私達はステージの下から先生のプレイを見ていますから」


 強引に背中を押される形で、回避行動を取る暇もなく、私はステージの上へと押し上げられてしまった。

 そして同年代にもかかわらず、いつのまにやら『先生』呼ばわれされていた。

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