頻繁に釣りでもいかが? 4

 最初の釣りから4日が過ぎ、二度目の釣りの日となった。


 本日も美和子先生は午前中は当直で午後からはフリーとなっている。

 そしてまた我々に付き合ってもらえる手はずだ。


 校門の前で、せいりゅうくんとようたくんと待っていると、約束の時間どうりに現れたのだが、美和子先生は思わぬゲストと一緒に学校から出てきた。


 初めは誰と一緒に出てきたのか分らなかったが、近づくと、どうやらその人物は桐原さんのようである。

 いつもなら直ぐに桐原さんだと分るのだが、なぜだか今日は格好がだいぶ違っていた。

 普段は紺やグレーなどの地味なスーツを着ているのだが、今はカジュアルな格好でなぜか釣り用のベストを着ており肩には釣り竿を担いでいる。


 私と出会うなり桐原さんは

「あの日報には問題があるようです」


 と話を切り出した。

 格好から察すると釣りの事だろうが、何の問題があったのだろうか?

 訳が分らないので聞いてみる。


「何か問題がありました?」


「美和子先生に確認をとりましたが、あなた『入漁券』を購入しましたね。それは小学生には不要です」

 ……そんな細かい事まで、よくも調べたものだ。国家公務員の調査力はあなどれない。


「いや、はたから見れば私は小学生にはとても見えないですから、説明しても分ってもらえないと思いますし……」

 そう私は反論した。すると


「いえ、地元の漁業組合には私が既に説明をしておきました。これからは『入漁券』を見せなくても平気です」


「はぁ、ご苦労さまです」


「しかし、一度購入された『入漁券』の払い戻しは効かないそうです。

 そこで私が個人的にあなたから買い取ります」


「……なるほど、それでその格好なのですか」


「ええ、これから私も釣りに行きます。

 ついでに保護者としてあなた方の監視もする予定です」


「仕事の方は大丈夫なのですか」


「私の主な仕事はあなたへの対応です、そしてあなたが夏休みに入ったので今はやることがありません」


「……そうですか、では一緒に行きますか」


「ええ、行きましょう!」


 こうして桐原さんが加わり、我々は釣りへと向かう。




 前回と同じ川縁へと到着し、釣りの準備をしていた時だ、どうも桐原さんの様子がおかしい。


「どうしましたか?」


「いえ、これからどうすればいいんでしょうか……」


 格好は玄人並みだが、どうやら釣りの経験が無いらしい。


「ちょっとお待ち下さい」


 私はまず、美和子先生の仕掛けを作り、餌を付け竿を渡す。そして子供達には針に餌をつけて回る。

 それから桐原さんの竿を組み立てて、仕掛けを付けるのだが、知ってか知らずか『毛針』を用意していた。


 釣りの知識がある人なら分るのだが、『毛針』というのは扱いが非常に難しい。

 これは初心者には少し荷が重い。



「桐原さん、この毛針は難しいので、私の用意した初心者用の物を使いますか?」


「そうなのですか、では、初心者用でお願いします」


「わかりました、ところで餌はコレなのですが、大丈夫ですか」

 そういって白いイモムシを見せる。


「いや、ちょっとそれは……」


「はい、では針に付けておきますね」


「お願いします」


 そして釣りが始まるのだが、この日の忙しさは大変だった。

 前回の釣りでも十分に大変だったのだが、そこに桐原さんまで加わってしまったので、もう目も当てられない。

 餌の装着から、魚の捕獲、針が流木などに引っかかった時の対処、などなど。

 何かあるごとに呼び出される。


 私は暇つぶし用に本を持参して来たが、そんなものを広げている時間などは全くない。、


 あれやこれやと対処をする、忙しい時間というものはあっという間に過ぎていく。

 夏の太陽が傾き初めて、この日の釣りはお開きとなった。


 終わってみれば、この日の成果はなかなかのものだ。

 おそらく鮎の放流を行ったのだろう、みんなかなりの数がつれている。


 大量につれた記念に最後に写真を撮る事となった。

 おのおの魚を手に持ち、それをスマフォで撮影する。


 せいりゅうくんとようたくんは誇らしげに魚を両手で高くかかげている。

 美和子先生は控え目に魚を持ってはいるが、満足そうに笑みを浮かべていた。

 桐原さんは、魚が怖いのか少し離し気味にもっているが、かなりの『どや顔』が印象的だ。


 釣りは人を無邪気にするらしい。

 この写真は、夏の良い思い出になるだろう。



 こうして一日が終わったが、桐原さんは『監視』と言っていた。もしかするとアレは『公務中』という扱いなのだろうか?


 ……この件は聞くと色々と面倒な事になりそうだ。余計な詮索はしない様にしよう。

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