頻繁に釣りでもいかが? 3

 ある夏休みの一日。

 本日は美和子先生のご予定は、午前中は学校で当直、午後は丸々空いているそうなので、我々の釣りにお付き合い頂ける事となった。



 昼下がりに学校の前で待ち合わせる。


 私はこの日の為に用意した釣り具やらアウトドア関係のツールを自転車に乗せ、校門の前でまっていると時間通りに美和子先生とせいりゅうくんとようたくんがやってきた。


「おっさん、早く行こうぜ」

 せいりゅうくんがせかす


「はやく行こう、ほかの人に釣られちゃうよ」

 ようたくんも合わせるように大人二人をせっつく。


「大丈夫です、魚はそんなに逃げたりしませんよ」

 そう、声をかけるが、小学生の二人にはそんな制止などは効きもしない。


「では、ゆっくりと行きましょうか」

 美和子先生の号令で我々は進み出した。


 ここは学校外でプライベートな時間だが、先生と生徒という立場は変わらないようで、先生の命令に生徒は背けない。無論、私も命令に従う一人だったりもする。



 校舎のすぐ前も川なのだが、釣り場としてはあまりよろしくない。

 私は中学生に通っていた釣り場を思い出し、川沿いの道を上流へと遡る。

 5分ほど歩くと橋が現れた、たしかこの場所で釣りをしていた記憶がある。


「ここで釣りをしませんか?」


「ええ、そうしましょうか」

 美和子先生が穏やかに答える。



 我々は土手の横の小道から河原へと降り川縁かわべりへと到着すると、ひとまず夏の日差しを避けるように橋の影へと隠れるように移動をする。

 この時期は魚も暑いのが嫌なのか日陰に居る事が多い、水の中なら大して変わらなそうに思えるが、そうでもないらしい。


 移動が終り一息ついた後、道具を広げて釣りをする事となった。

 まずは椅子を広げて、美和子先生に腰掛けてもらう。

 クーラーボックスから麦茶を出し喉を潤してもらっている間に、私は竿を組み立て仕掛けを用意した。


 そうしていよいよ釣りを開始する事になるのだが、

「美和子先生、餌はコレなんですが大丈夫ですか?」


 そういいって白いイモムシのような物を見せる。


「それは……」

 美和子先生は苦い顔をした。


「分りました、虫はちょっとダメですよね、私が針に付けます」


「すいません、お願いします」


 まあ、女性にはキツいものがあるのだろう。。

 針に虫を通していると、その横でせいりゅうくんとようたくんが待っている。


 なぜ待っているのだろう?

「君たち、なんで餌をつけないの?」


「気持ち悪いから、おっさん付けて」「ぼくも」

 君らも虫がダメなのか。


 こうして私は全員の餌付けがかりとなってしまった。



 すべての針に餌をつけ、ようやっと準備を終わる。後は川の中に針を垂らすだけだ。

 釣りというのは、いちど始めてしまえば、とにかくやることが無い。

 全員が仕掛けを水の中に入れた事を確認すると、私はクーラーボックスに腰掛けて、持ってきた本のページを開く。


 すると、直ぐに美和子先生からお呼びがかかった。


「コレは、どうすれば良いんですかね?」


「ええと、浮きが沈んだら、引っ張れば良いです。

 引っ張るといっても力は要りません、竿を立ててピンと糸を張る程度の力で大丈夫ですよ」


 そういって私はスマフォで釣りの動画を見せた。

 しばらく映像を眺めたあと、

「分りました、やってみます」

 美和子先生は、おおよその仕組みを理解したようだ。私は再び持ってきた本を開くと、


「おじさん、僕とせいりゅうの糸が絡まった」「ほどいて」

 今度は別の場所でトラブルが発生する。

 二人の絡まった糸をせっせとほどいていると、


「おっさんの竿に当たりが来てるぜ」

 せいりゅうくんに言われて、慌てて竿を握る、仕掛けを引き上げてみると小さなコブナがかかっていた。

 あまりにも小さな魚なので、すぐに逃がしてやると美和子先生から質問が来た


「いまの魚は何でしょう? 食べられないんですかね?」


 そのスマフォで魚の画像を見せながら質問に答える、

「いま釣れたのはコブナですね、この魚です。

 フナとかコイは清流に住んでいるヤツは食べられないことは無いですが、

 ここら辺ではちょっとニオイがキツくて食べれませんね。

 鮎やイワナやニジマスなら食べられますが」


 説明していると、今度は美和子先生の竿に当たりがくる、

「あっ、美和子先生、竿を立てて魚を引っかけてください」


「えっ、ええと、こうですか、あっ、引っかかりました、でもこれからどうするんです?」


「ゆっくりとこちらへ引き寄せて下さい、私が網で捕獲しますから」


「ああ、え、こうでしょうか? こんな感じでしょうか?」


 慣れない竿さばきで魚は右へ左へと暴れたが、時間をかけて何とか網で確保する事ができた。

 釣り上げられた魚は、なかなかの大きさの鮎だった。


 私は美和子先生に賞賛を送る。

「鮎がつれましたよ、なかなかの腕前ですね」


「そうですね、なかなか美味しそうですね、塩焼きでしょうか」


 魚を逃がすという選択肢は無く、既にこの魚の運命は決まっているらしい。



 それから私は、餌を付けたり、釣りのポイントを教えたり、網でフォローしたりと、何かと働く事となる。

 釣りの成果といえば、食べられない魚はそこそこつれたものの、食べられる魚は美和子先生の一匹のみとなった。

 また、持ってきた本は3ページほどしか読み進められなかった。釣りがこんなに忙しい物だとは。



 釣りを終え、帰宅の準備をしている時に、美和子先生がすこし怪訝な顔をしていた。

 私は子供達に聞こえない位置から聞いてみる

「どうしました? やはりつまらなかったでしょうか?」


「いえ、楽しめたのですが、生きた魚をさばくのはちょっっと苦手で……」


「それなら私が、簡単に下処理をしておきますか?」


「是非、お願いします」


 私はナイフで魚の頭を落とすと、腹を割き内臓を指で絞り出した。そしてペットボトルの水で軽くすすぐ。


「こんな感じでいかがでしょう?」


「ありがとうございます。これなら大丈夫です」


 こうして全ての仕事が終り、その日の釣りはお開きとなった。

 しかし今日はつかれた、何から何まで私ひとりが仕事をしていた気がしてならない。

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