残念ながら本日は快晴です 1

 とある土曜日、本日は不憫ふびんな事に快晴だ。

 空は秋に見られる独特の深い群青色ぐんじょういろをして雲ひとつない。当然のことだが降水確率は0%である。


 私はクラスのみんなと校庭に立っている。今日はここである特別な授業が行われる。授業というより行事に近いのだろうか、ただこの催し物はおそらく誰もが望んでいない。

 まあ、なかには楽しみにしている生徒もいるだろうが、そんな奇特なヤツは学校全体でも片手で数えられる程だろう。

 唯一の救い主は雨だったが、このざまである。


 おそらく学校で最も嫌われている行事、マラソン大会がこれからまもなく開かれる。



 一年生と二年生が1.5km、三年生と四年生が2.5km、五年生と六年生が3km、これらが走る距離だ。

 つまり、五年生のうちのクラスは3kmを走るわけだ。

 たいした距離ではなさそうだが、年齢とタバコで心肺機能の落ちたおっさんには、これが以外とつらかったりする。


 周りを見渡すと、あからさまに嫌がっている子や、あきらめとも取れない表情を浮かべている子であふれていた。

 私はこの光景をすこしほほえましくも思った。周りを気にせず豊かな表情を見せれるのは、子供の特権ともいえる。

 大人になれば嫌な仕事も涼しい顔をして従うものだが、ここにはそういったしがらみのようなものはない。


 ふてくされたり、しゃがみこんで動かない子供達を尻目に、私は入念に柔軟体操をする。

 じつはこの日の為に、ささやかな準備を重ねていた。

 まあ準備といってもたいした事はなく、タバコを少し控える事と、本番と同じコース散歩をするだけというものだが、コースの下見は大いに参考になった。


 小学生といっしょに走るには注意が色々と必要になる。

 なかでもペース配分はひどく、まったく考えずに走る子が多い。

 特にスタート間際では周りのライバル達を引き離そうと全速力に近いスピードで走ったりするので、下手について行こうとすると後でえらい目にあうだろう。


 このマラソン大会で私はビリでも構わない。

 ただ完走ぐらいはしておきたい。




 スタートの10分ほど前に美和子みわこ先生がクラスの様子を見にやってきた。


「みなさん、大丈夫ですか?」

 と優しく声を掛ける。


 子供達は、

「先生も一緒に走ろうよ」

 と無邪気に地獄の行進へと引きずり込もうと試みるが。


「先生には別の仕事がありますからね、参加はできません」

 と無下むげに断わる。


 ちなみにこのマラソン大会では生徒の親御おやごさんたちもボランティアとして参加されている。

 教師の数だけではコース全体を把握するには足りないので、コースのいたるところに配置されていて、子供達を見守ってくれている。



 開始3分ほど前に、美和子先生が生徒たちをスタート地点へと誘導する。子供達はけだるそうに移動を開始した。

 スタート地点の人混みの中、愚痴がちょくちょく耳に入ってくる。

「やだなー」

「何で雨がふらないんだよ」

「先生は走らなくていいなんて、うらやましいよな」


 なるほど、こうしてみると確かに教師という立場はうらやましい。



 ほどなくしてスタートのパァンという音が鳴り響く。

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