どうとくの授業

 うちの学年のどうとくの授業には、どうやら教科書がないらしい。

 初めは配り忘れかと思って周りの友人に確認したが、そんなモノは存在しないようだ。


 私が小学生だった頃の記憶を思い出そうとしても、『どうとく』という授業はどうも印象に残っていない。

 かろうじて覚えているのは、国語の授業の延長のような、そんなおぼろげな記憶しか思い出せなかった。


 内容が気になり周りに聞いてみるが、どうも言葉を濁すというか口が重く、何をやっているのか語らない。

 もしかして宗教的な『教義』のような教えをしているのではないかとも考えたが、それはあまりに話が飛躍しているように思えた。


 チャイムが鳴り、謎の授業が始まった。



 美和子先生が来て、重々しく口を開いた。


「今日は最後の日です、みんなでお見送りをいたしましょう」


「……はい」


 いつもは元気な生徒の返事だが、今回は弱々しい。

 何が開催されると言うのだろう。しかし『お見送り』とは何だろう? 何やら宗教的な匂いを感じる。


「では、おもてにでましょう」


 生徒達はゾロゾロと外へ向かって歩き出す。どうやらうちのクラスだけではなく、となりの5年1組も同じ授業のようで途中で合流した。

 いつもなら移動中はガヤガヤと騒がしいものなのだが、なぜか今日はみんな無言で顔もうつむいていて表情は沈んでいた。

 しかし、どうとくの授業を外でやることがあるのだろうか? これからどこへ行って何が起こるか、まったく想像ができない。




 学校の敷地の外れに、小さな小屋があった。

 その小屋には住人がいて臭いがただよってくる。それは獣の臭いだった。

 ときどき、畑に蒔かれた堆肥たいひの臭いがただよってくると思っていたが、どうやら発生元はここらしい。


 近づくと「ブヒブヒ」と豚の鳴き声が聞こえてくる。

 そして近くには檻が付いているトラックが止まっていて、二人ほど作業着を着た業者の方が待機していた。

 この様子から察するとどうやら今日、出荷されるらしい。



 美和子先生は全員が集まった事を確認する。


「送辞を送りましょう」


 そういってこの日の為に準備をしてきた子を前に出す。

 うちのクラスの代表で一人、となりのクラスからも一人、前に進み出て手に持っている文章を読み上げ始める。


「ぶー太、あなたがこの学校に来たときは、まだ子供でしたね。

僕らが世話をしてすくすくと大きくなって行きました」


「甘えん坊なぶー太、掃除をしている最中でもよくじゃれてきましたね」


「食いしん坊なぶー太、残さずきれいに餌を食べてくれました」


「ぶー太は今日、旅立ちます、そして肉として帰ってきて僕らに力を与えてくれます」


「ありがとう」


 そういうと、周りからも「ありがとうな」「ありがとう」と言った声があがった。その他にもすすり泣くような声が聞こえてくる。

 子供達の中には強がっていた子もいたのだが、この送辞を聞くとすっかり打ちのめされてしまい、いまや惨憺さんざんたる有様である。


 その後、ぶー太は生徒達からひとしきり撫でられた後、トラックに載せられて連れて行かれた。

 周りからは嗚咽おえつが聞こえてくる。

 業者の方のやるせない表情も強く印象に残った。


 どうとくという授業は、それはそれは壮絶で凄惨せいさんな授業だった。




 後日、ぶー太は給食のとんかつとして無言の帰宅をする。

 泣き声やら嗚咽おえつやらがあちこちから聞こえてくる、なかにはこのとんかつを食べれない子供もいた。

 いつもはたのしい給食の時間が、この日は筆舌に尽くしがたい給食の時間となった。



「しかし、これは教育としてはどうなのだろう? 大丈夫なのだろうか?」

 そうこの時は思ったのだが、一週間もすると、

「もう豚さんは食べない!」と宣言をした子が、豚の生姜焼きをうまそうに喰っていた。

 まわりから「もう豚肉はたべないんじゃなかったの?」と問い詰められたが、

 しれっと「だっておかずがないとご飯が食べれないでしょ」と返していた。

 人間とはたくましいものである。

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