タイムリープは始まらない 5
私は文部科学省の
それは小学生から教育をやり直すというものであるらしい。
参加している間は手当も付くので金銭面的な心配はいらなそうである。
しかし良い事ばかりではない、人権が制約されるというデメリットがあるようだ。成人男性ではなく小学生として扱われるらしい。
他にもいろいろな心配事もあるのだが、興味を大きく引かれた点がある、
それは『どのようにして小学生に戻る』というものだ、どんな手段があるのだろう。
すでに契約書にはサインをしてしまっている、もう引き返せない。
文部科学省の再教育課の
「教育再生法のプロジェクトにご参加、ご協力ありがとうございます。
あなたは初の被験者として選ばれました。なにぶん初めてのことなので不手際な点も多々あると思いますが、これから先よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「まずは証明写真をとります、そのあと詳しい話をしましょう」
そういうと、事務所のすみで証明写真の撮影をする。
事務所の中を見渡してみても、特に変わった装置や研究の道具のようなものはない。
撮影がすんだら、これまた分厚い資料を渡された。
これから説明会のようなものが開催されるらしい。
引き続き桐原さんが説明をする。
「さて、このあとの予定をご説明しますね」
「はい」
「さきほど少し話したように、小学生から教育をやり直していただきます。
小学生からといっても高学年ですね、具体的には5年生からやり直して貰って
義務教育帰還のの中学3年まで、計5年間のプロジェクトとなっております」
「5年ですか、そんな長い期間ですか!」
長くてもせいぜい1~2ヶ月くらいだと思っていたので、随分と長い。
「契約書にはちゃんと記述してありますよ」
そういうと176ページ目のある一角を指し示す。そこにはきちんと書いてあった。
こういうことならば、もっとちゃんと説明を受けていればよかった。しかしサインをしてしまったのでもう後戻りはできない。金銭面での援助も充実したので長期間でも大丈夫だろう。
「はい、わかりました。話を先に進めて下さい」
「まず確認をします、ご実家はどこそこで、母校の小学校はここそこですよね」
「はい、あっています」
「では通う小学校は、母校の小学校となりますね」
「いまの住所からだと2時間くらいかかります。ちょっと遠いのですが……」
「それなので今日中にご実家の方へ引っ越して貰います」
「えっ」
「これも契約書にありますよ」
「……わかりました、ちょっとお袋に確認させて下さい」
「わかりました、しかしそれはダメですよ」
「ダメと申しますと?」
「小学生が『お袋』とは言いません、『ママ』か『お母さん』と言って下さい」
「そんな所まで制約されるのでしょうか」
「契約書にありますよ」
桐原さんは契約書の213ページのある部分を指さす、そこには
『父親はパパもしくはお父さんと呼ぶこと、母親はママもしくはお母さんと呼ぶこと』
と丁寧に記載されていた。
「……書いてありますね」
「電話での確認は今後の予定にも関わるので、この場でしましょう」
せかされるように携帯を取り出して実家に電話を掛ける。すぐに母親が電話に出てきた。
「もしもし
「あっ、おふ、お、お母さん、りょうすけだけど今ちょっといいかな」
「なんだい、そのオレオレ詐欺みたいな不自然な言い方は」
「実はちょっと色々とあって、実家に戻って住まなきゃいけなくなりそうなんだけど……」
「会社を首にでもなったのかい?」
母親のカンなのだろうか察しがいい。
まあたしかに首と大してかわりないような状況に置かれている。
「いや、まあ、ちょっとちがうんだけど……」
「部屋なら空いているから、いつでも戻っておいで」
「ああ、うん、もしかしたら今日もどるかも」
「それは急だね、こっちはいつでも大丈夫だよ」
「ありがとう、詳しい話が決まったらまた連絡するよ」
そう言い残すと電話を切った。
「お手数かけました、大丈夫のようです」
桐原さんに結果を報告をする。
「了解です、では引っ越しの手配をしておきます。ちなみに引っ越し費用も経費として支出されますので心配はございません」
「はぁ、よろしくお願いします」
「さて最後にお渡しするものがあります、少々お待ち下さい」
桐原さんが奥の部屋へと消えていく。いよいよこの後に何かあるのだろうか。
「こちら、教育再生法の証明書となります。なくさないようにして下さい」
それは期待していたようなものではなく、首からぶら下げる社員証のようなものだった。
「小学校にはこちらから連絡をしておくので、この書類をもっていって手続きをしてください、以上となります」
「これで終りでしょうか?」
「はい、そうですが」
「ほかに何かありませんか」
「ああ領収書の保管の件、よろしくお願いします」
「いや、ほかに、こう、小学生に若返ったりとかなにか……」
「……」
「なにかありません?」
「……それはマンガや小説の読み過ぎではないでしょうか、そんな事が可能だと思いますか?」
「……いえ、できるとは思えません」
「では書類をもって学校に向かって下さい」
「……はい、わかりました」
こうして私は25年ぶりに母校の小学校へと向かうことになった。
もちろん中身も容姿も37歳のおっさんのままである。
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