背の高い転入生 1

 教育再生法に参加した私は、これから小学生として学業に従事しなければならないらしい。

 37歳にして小学生という身分である、しかしこれはけっこう辛いものがある。

 私が小学生に混じって勉学にいそしむ姿を想像だにできない。



 通うべき小学校は、実家のそばの母校になるらしい。

 実に25年ぶりだろうか、当時の記憶はすでにあいまいで思い出せない。


 実家はどちらかというと田舎といってよい、はずれた場所にある。

 都心から片道2時間くらいかかり、会社への通勤はできないことはないのだが、かなり厳しいものがあった。

 社会人になった時、すこしの間は実家から通っていたが、なにかと不便なので早々にあきらめて一人暮らしにしてしまった。


 今はそんな場所へ向かうために電車に揺られている。


「なんでこんなことになったのだろう?」


 ぽつりと愚痴がもれる。

 今にして思えばあの聞いたこともない『再教育課』というのは、定年退職を迎えるまで役人を囲んでおく、窓際部署まどぎわぶしょのようなものだったかもしれない。



「ブーン、ブーン」


 携帯が鳴る、ポケットから取り出してみると、それは今の現場の親方からだった。

 どういいわけをすればいいのだろう? 考えてはみたもののすぐに答えはでない。

 しかし待たせておくのは大変に失礼なので電話にでる。


「もしもし鈴萱すずがやです」


「おお鈴萱君か、なんだか突然会社を休職することになったんだって」


「はいすいません、そういう成り行きになってしまいました。

ご迷惑をおかけして申しわけありません、なんとお詫びを言って良いのか……」


「いやいや課長から話をきいたよ、なんでも教育再生法とかなんとかで5年間みっちりと勉強しなおすんだって。えらいじゃないか、がんばりなよ」


「はい、がんばります」


「正直いうと君がいなくなると困るし、さみしい部分もあるが勉学の為ならしょうがない。

まあ落ち着いてきたら飲もうじゃないか連絡をくれよ」


「はい、必ず連絡を差し上げます、色々とありがとうございます」


「では失礼するよ」


 そう言い残すと電話はきれた。私に気をつかってくれている、ありがたいかぎりである。

 だが勉強とは小学生のそれで、やりなおしたところで何か得るものはあるのだろうか……



 しかし5年間という話は伝わっていたな、課長は内容を知っていたのか。

 かなり長い期間なのだが『受けてくればいいんじゃない』とか気軽に言ってくれる。

 まったく課長という人は……


 モヤモヤとした思いを巡らしていると、列車は目的の駅へと到着する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る