タイムリープは始まらない 4
文部科学省の再教育課という所に行くと、
はじめに分厚い契約書を渡され、その内容をこと細かに解説をしようとする。
あまりに時間がかかりそうなので、私は概略だけを掻い摘まんで説明してもらう事にした。
桐原さんの説明が始まる。
「概要としては『小学生から教育をやり直してもらう』というプロジェクトですね。
目的はもちろん学力の向上、他にも認識力、考察力、洞察力、そして運動機能の向上など、総合的な能力を鍛え直すことを主眼としておいてます」
「はぁ」
「契約に関してですが、大きく解釈をすると以下の事が書かれています」
「ひとつめ、補助金がでます。
具体的な数値をあげると、保護者に養育補助として月額76,000円が振り込まれます」
意外と大きな金額だな、私が実家に仕送りしている金額よりも大きい……
桐原さんの説明は続く。
「学業に関わるものは経費として請求できます」
「ほう、経費としてですか」
「そうです経費です、でもこちらはお願いがありまして、
どのくらい経費が掛るのか、今後のデーターの参考にしたいので、
ノート一冊から、鉛筆の一本からでも領収書かレシートの提出をしていただきたいんです」
「わかりました」
めんどくさそうだが、データ収集するという事情ならしょうがない。協力せざるを得ないだろう。
「あとは習い事手当ですね、あまり学業と関係無い事には使えませんが。
こちらは月額30,000円まで支給されます」
そういう手当もでるのか、しかしまあ習い事とは今さら使わないだろう。
「あなたにも平均金額に基づいた『おこずかい』が毎月振り込まれます」
「おこずかいまで支給されるのですか、どれくらいなのでしょう」
「小学生のおこずかいを基準としているので、およそ月額2000円ですね」
「……そうですか」
そこまで都合の良い話はないだろう。世の中はこんなものだ。
「ただしあなたは既に社会人になっておりますので休業手当がでます。
こちらは会社ではなく国からの支給となりますが、およそ基本給の60%となっております」
うちは派遣会社なので基本給はかなり低い、大学の初任給に毛が生えたくらいの金額だが、それでもなかなか良い数字に感じる。
まあ『おこずかい2000円』と聞いた後ではどんな数字でも大きな金額にも思えるだろう。
「そのほかにも働きに応じて各種の臨時手当が入りますね」
「それはどういった時にでるんです?」
「たとえば学校の行事で河川敷の清掃に携わったとします、それはたとえ行事としての参加でも、労働とみなされ相応の対価が払われます。この例の場合だと清掃員の日給に基づいて賃金を決め、その金額が後日に振り込まれます」
これはよほど特殊な状況でない限りは発生しないな、発生することは皆無だろう。
「補助金に関する説明は以上ですね、何か質問がなければ次へ進んでよろしいでしょうか?」
「はい、次へ進んで下さい」
「ふたつめ、報告義務があります。
こちらは、簡単に言うと日報ですね、小学生なので日記といった方がふさわしいでしょうか。
内容は『誰とこれこれをしました』とかそういう簡単なものでいいので出来るだけ細かく報告をお願いします」
これは日頃の日報と大差はないな、いつもやっている事の延長線上で構わないのだろう。特に問題にはならない。
ただし手書きとかになると少し面倒かな。最近はワープロでしか書類を上げていない、直筆で文字を書くという行為はいささかしんどいものがある。
「報告の提出は手書きの書類ですかね?」
「いえ電子メールでも構いません、その場合は後で報告用のアドレスをお教えします。
他になにか質問はあるでしょうか?」
「いえありません」
「では次に移ります」
「みっつめ、プロジェクト参加中は守秘義務と、行動と人権の制約があります」
なにやら怪しい話がでてきた。ここは詳しく把握しておかない後でと大変なことになりそうだ。
桐原さんは話を続ける。
「まあ、簡単に言うと、人権的には小学生に分類され制約されます」
「といいますと?」
「そうですね具体的には、あなたは少年法の元に保護されます。
あまり良い例ではないのですが、たとえば何らかの犯罪をした場合は、少年法のもと本名を伏せられ『少年A』として報道されます」
「ほう、少年法が適用されて非公開とされるわけですね」
「ただし少年法では年齢の公開までは規定されていません。報道などでも年齢の掲示は見かけるでしょう」
「たしかに年齢は公表されますね」
「ええ、なのであなたの場合は『小学生の少年A(37歳)』と報じられることになるでしょう。
いちおう本名は伏せられていますが、まあ周辺の人には誰の事かはバレるでしょうね」
「……わかりました、気をつけます」
もし何かあって報道なんて事になれば、これは恥ずかしすぎる。
「あと小学生にふさわしい行動を取って下さい」
「どのような事です?」
「アルコール、タバコなど未成年がダメなものは禁止です」
「タバコはどうにかなりませんか」
「全面的に禁止するのは酷なので、自宅の敷地内なら認められます」
これは辛いな、外ではタバコは吸えないのか。
「なんとかなりませんかね?」
「なりません、あなたは外で小学生がタバコを吸っていたらどうします?」
「……注意するか、学校か警察にでも通報します」
「その通りですよね、これらの違反が目に付くようならプロジェクトから強制的に外れていただくことになります」
確かに小学生の姿では酒とタバコはまずいな、これはしょうがないか。
「大きく説明すると以上の点ですね。特に問題がなければ誓約書にサインをいただいて、すぐにでも被験者としてプロジェクトに参加いただく形となります」
これだけは聞いておかなければならない。
「このプロジェクトは人命にかかわるような危険な行為がなにかありますか?」
「危険な行為は一切ございません、その点は保証できます」
契約においては人権の制約がすこしある点が気になるが、危険はないとも言っている。
最大のデメリットはタバコくらいなものかな、以外と悪くない話かもしれない。
そこそこのお金がもらえて、しかもプロジェクトが終われば課長との約束で正社員になれる。
いまのところはメリットのほうが大きいな。
それにやはりこの先どのような事がおきるのか気になってしょうがない。
タイムリープは起こせるのか、小学生に戻る薬はあるのか、ほかに何か手段があるのだろうか?
好奇心が刺激される。
「わかりました、契約書にサインをします」
「ではこちらにお願いします」
こうして私はサインをしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます