会社員だった最後の日 2
朝の会議が終り、私は持ち場の建築現場へと移動しなければならない。
鞄を手に取り、いたる所がガラスで構成された都会の駅から、くたびれた通勤電車へと乗り込む。
この時間の電車は
鉄とガラスとコンクリートだらけの町の風景はしだい変わっていき、ぽつぽつと緑が見え始めてくる。視線を移すと深い青い空の中、高い位置に雲がうすく浮かんでいた。透き通った太陽の光が降り注ぐ。
このような天気の良い日は心地よく一日を過ごしたいところだが、どうも朝の反省文の一件が引っかかっていて、もやもやと気が重い。
色々と考えを巡らせるが、こういう時はたいてい同じ答えにたどり着く。
「しかたがないか」
そうだ、あれはどうしようもなかった。あきらめよう、もうあれこれ考えるのはよそう。
考えることによって解決する事ならいくらでも考えるが、生産性の無い、無駄な
「せっかく良い天気なのだから、せめて移動中ぐらいは仕事の事は忘れるか」
窓の外の景色に気持ちを集中した。しばらくは何も考えないようにしよう。
ただただ流れる景色をみていたら、あっというまに目的の駅へと到着した。
駅から歩いて建築現場に向かう、都心からちょっと離れた郊外の分譲マンション、そこが今の現場である。
現状の状況として良い事が一つある。今の現場はとても居心地が良かった。
私は現場監督という仕事をしている、その内容はスケジュール管理と施工のチェックが主な仕事だ。
複数の業者を相手に、それぞれ仕事を割り振って別々にチェックをするのが日常なのだが、今の現場はたった一つの会社に全てをお任せしている、いわゆる『丸投げ』というやつだ。
おかげでこの現場では手配をほとんどしなくて良い。
楽な理由はそれだけではない。
先方の会社からも管理の人も出てきて、あらかたのチェックはしてくれるので、私のやることは最終的なチェックしかない。
仕事というものは常にこういう風に楽でありたいものである。
ちなみに昔はこういう楽な仕事が多かったらしいが、最近は不況のせいでとても珍しい。
いつもならこのようなお仕事は、社員様がとっていくのだが、たまたま他の仕事で埋まっていたらしく、私のもとへと流れついてきた。
建築現場に到着して、まずは詰め所の中へと入った。
はじめに丸投げしている相手先の管理の人と今日の打ち合わせをする。
全体のスケジュールはなんの問題もなく進んでおり、
私の仕事は夕方から少しチェックをするだけで、あとは暇らしい。
どうやら朝の会議を考慮してくれていたようで、予定をかなり空けてくれていた。
失敗してしまった、これなら押しつけられたリフォームの見積もりの作業を持ち込んでここで作業を進められた。
しかし手元に資料ないので、それは無理な話というものだ。
私のスケジュールはぽかんと空いて、手持ち無沙汰になってしまった。
たまにはゆっくりとしても良いのだろうが、貧乏性なのか何か動いていないと落ち着かない。
「親方に何か作業がないか、聞いてみるか」
私はなにかしら手伝う事にする。
建築現場という場所で実際に作業をするのは職人さんで、その職人さんたちを動かしているのは親方である。
正直にいうと現場監督はいなくても作業は止まらない、だが親方がいないと止まってしまう。
ときどき立場を勘違いして偉そうに振る舞う現場監督もいるが、お
詰め所から外にでて親方を探してみる。人の動きを追っていき、中心の方を見るとすぐに見つけられた。
他の職人さんに色々指示をしている中、私も近寄って指示を仰ぐ。
「親方なにか手伝えることはないでしょうか?」
「それでは壁紙貼りをお願い出来るかな。今は3階で一人でやっているだろうから手伝ってやってほしい」
「わかりました、では手伝いに行ってきますね」
「いつも助かるよ、どうだいよければ今晩でも飲みに行かないか?」
「すいません、今日は定時後に本社に戻ってやらなきゃいけない仕事があるんですよ」
「そうか大変だな、ではまたの機会にしようか」
「はいそう願います。それでは作業に行ってきますね」
いわれた場所に行ってみると、若い職人さんが作業をしていた。
まだ不慣れなようで、その作業は少したどたどしい。
「おはようございます、親方に言われて手伝いにきました」
「おはようっす、
この壁紙貼りという作業は一人でもできるが、二人でやったほうが早くて効率がよく仕上がりもいい。
ちなみに今回は壁紙だが、暇なときは他にもちょくちょくと手伝いをしていて、カーペット貼りやタイル貼り、簡単な日曜大工の手伝いはできるようになっていた。
壁紙を貼りながら職人さんとたわいない話をする、
天気の話とか、今日のお昼は何にしようとか。
もちろん仕事関係の話もする。
「そういえば聞いてくださいよ、前回の現場監督がひどいヤツで、あいさつもしてこないヤツなんですよ」
「それは酷いね、まあ仕事に追われて心の余裕がないのかもしれない。
この会社は恵まれていると思うよ、ほかの会社は色々と酷いから」
「それなら鈴萱さんもうちの会社にきません? きてくれたら助かるっす」
「いやぁ転職は難しいと思うよ、もうこの年だと色々とつぶしがきかなくて」
「そんなことないっすよ、まだまだ若いっすよ」
「あはは、そう願いたいね」
愛想笑いをしてごまかす。
その日は他にも色々と手伝いをして過ごした。
手を動かしていると時間の経つのがはやいもので、気がつけば定時をむかえていた。
職人さんたちと挨拶を交わして現場を後にする。
私はこれから本社に戻って、リフォームの見積もりを作らなければならない。
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