1/逆説のジュブナイル -1

『──だ過保護なだけで、こんな非常識な頼み事はしない。娘を監視し、縛り付けようという意図もない。僕は星滸塾を信用しているからね。……しかし、どうしても気がかりな出来事が起きた』

『気がかり、ですか』

『先日、星滸塾の制服を着た男子生徒が我が家を訪ねてきて、開口一番こう言った。娘さんを僕に下さい、とね。しかも、土下座の言い逃げで、名前はもちろん顔すら見ることができなかった』

『それは──、たしかに』

『しかし、だ。電話でささみに尋ねたところ、心当たりは一切ないと言う。この言葉が、男女交際を隠したいがゆえの嘘なら、まだいい。問題は、本当だったときのことだ』

『ストーカー、ですか……』

『僕も、それを懸念している。相手の実家に押しかけるほどの強い恋慕を抱いた片思いの男子生徒が、学校という閉鎖空間のなかにいる──かもしれない。それが、怖い。喉を掻き毟りたくなるほど恐ろしいんだ』

『──…………』

『山本宗八君。君が星滸塾ですべきことは、まず、事実関係の確認だ。ささみは本当に誰とも交際をしていないのか。しているならば相手の、していないならば件の男子生徒の特定を急いでほしい。定期報告は──』



 ICレコーダーの停止ボタンを押し、カナル型イヤホンを外した。

 眼前では、私立星滸塾学園の第二正門が半ばほど開かれている。左右非対称に装飾の施された青銅の分厚い扉は、縦に三メートル、横に六メートルほどの偉容を誇っている。塀は扉より高く、鮮やかな緑の蔦が這っていた。

 驚くべきは扉ではない。この塀は、県道に沿って左右に十数キロも伸びているのだ。

「どんだけ広いんだよ……」

 数字は知っているが、広すぎて、それが何を意味するのかがわからない。四捨五入して切り捨てた面積ですら複数の学校を経営するのに余りある──と言われても、想像するのは難しい。

 登校組の生徒たちが、立ち竦むおれを怪訝そうに追い抜いていく。おれは、門番らしき黒服の視線から逃れるように下を向いた。

「──…………」

 首筋に汗が伝う。心音は異常。おれは動揺している。

 二十八歳のおれが十六歳のふりをするのは、いくらなんでも無理がある。真新しい制服に袖を通して姿見の前に立ったとき、思わずひとりで爆笑してしまったくらいだ。

 正式な編入であるため、実年齢がバレたところで追い出されることはないが、悪目立ちをした末に待っている結末は想像に難くない。すくなくとも、行動に制限が加えられることは確かだろう。

 しかし、進まなければならない。進まなければ、辿り着けない。

 大きく深呼吸をし、心音を正常に戻す。

 そうして、心機一転とばかりに歩き出そうとしたときのことだった。

「──あのう、どこか具合でも悪いんですか?」

「ふあい⁉」

 俯いた俺の眼前に、少女の顔が現れた。反射的に背筋がピンと伸びる。

「いえ、あの、すこし緊張してて」

 心臓が飛び跳ねている。門番の黒服に素性を尋ねられた場合のシミュレーションは行っていたが、生徒から話しかけられる事態は想定していなかった。

「緊張──あ、もしかして、転校生とか」

「ええ……」

「そうですか。五月に転校だなんて、珍しいですね」

「すこし、事情が──家庭の事情がありまして」

 営業用の笑顔を作りながら少女を観察する。

 美しい少女だった。毛先にパーマをかけているのか、ふわふわでありながら艶のある髪の毛をなびかせて、嫌味のない笑みをおれに向けている。左耳には白銀色のシンプルなイヤーカフが輝いており、それが誂えたように似合っていた。

「あは、敬語なんていいですよう。先輩ですよね?」

「……ッ!」

 思わず息を飲んだ。少女は、おれの年齢を自分より上と見積もった。やはり、ギリギリなのだ。制服という記号が、辛うじておれを高校生に見せているに過ぎない。

「いえ、わた──おれは、二年生だから……」

「あら、そうなんだあ」

 少女が柔和な笑みを浮かべる。

 緊張こそしたが、ひと目ではバレないことが確認できた。肩の荷が下りた気分だった。

「昔から、老け顔だってよく言われるんだ」

 事前のシミュレーション通り、老け顔で押し通すことにする。

「べつに老けてないよ? ただ、雰囲気がすこし──ううん、大人っぽかったから」

「君は二年生?」

「うん、二年生。転校生くんさえよければ、登校がてら話そっか」

「ありがとう。実を言うと、すこし困っていたんだ」

 再度深呼吸をし、星滸塾学園の敷地に足を踏み入れた。心音は正常。

「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや、校舎が見えないから」

 煉瓦で舗装された小道は、やがて人工の河川に突き当たり、翡翠色のアーチ橋のさらに先へと続いている。まるで、緑地公園を歩いている気分だった。

「校舎まで二キロくらいあるからねえ」

「二キロ⁉」

 思わず声を荒らげる。

「それ、前の高校から家より遠いんだけど……」

「……あはは、わたしも入学したてのとき、そう思った」

 少女が、鞄を持ったまま伸びをする。

「んー……、はあ。とりあえず、空気が澄んでるのは救いかな。それに──」

 少女が前方へ向き直り、言葉を継ぐ。表情は見えなかった。

「……これくらいの広さがないと、〈内側〉のひとたちから〈鳥かご〉が見えちゃうから」

「──…………」

 星滸寮についての資料を脳内から引っ張り出す。

 星滸塾学園は、二十世紀初頭、主立った華族や富裕層の受け皿として三大財閥の出資により設立されたものである。設立当時は、やんごとなき少女たちの貞操を預かるといった意味合いが強く、女子しか入学を認められなかったらしい。その名残は、女子中等部と女子分校にのみ残っている。

 時代は移り変わり、昨今の少子化を機に星滸塾学園は半寮制と相成った。登校生と星寮生とのあいだには、わかりやすい隔絶──つまり、待遇の差がある。星滸寮に入寮するためには、一般校と比較して破格とすら言える学費に、もう一桁上乗せしなければならないのだから。

 金は、金を呼ぶ。あるところにはあるものだ。

 以上の事実から、生徒間に家柄の差が存在するはずだが──

「やっぱり、星寮生と登校生って仲悪いのかな」

 事前資料では、明確な断絶があるとされていた。出羽崎ささみは星寮生である。登校生であるおれと親しくすることで、ささみがデメリットを被るのは好ましくない。

「……ここだけの話だよ」

 少女が、声のトーンを落とす。

「べつに悪くはないけど、取り立ててよくもない。みんな、そういうものだって思ってるから」

「そういうもの?」

「星寮生は何をしても許される──ってこと。もちろん、暴力とかは厳罰だよ? でも、ちょっとした奇行くらいなら、先生方は見ないふりをする。授業をサボっても、女装して学校に来ても、なにも言わない。親に報告は行くらしいけど──、あっ」

 不意に、少女が足を止めた。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない。ただ、そろそろアレの縄張りだから……」

「動物?」

 猫だろうか。見たい。

「……本当に動物だったらよかったのにねえ」

「残念だな」

 よく手入れの行き届いた漆塗りの桁橋、その中程の手すりに背を預ける。腕時計の文字盤を睨みつけている少女を尻目に、おれは、道中で見た施設を思い出していた。   

 幾筋もの人工河川が流れ込む長大なカナールと、その最奥に位置する涼やかな壁泉。

 夜間照明付きのテニスコートが、数えられたぶんだけでも二十面以上。

 三つ葉のように敷設された三面の野球場。ひとつはグラウンド、ひとつは天然芝、ひとつは人工芝で、それぞれ色分けされている。実用性は考慮せず、航空写真を意識していることは想像に難くない。

 世界が違う。改めてそう感じた。

「──…………」

 少女が、ほっと息を吐いた。

「転校生くん。わたし、二、三分くらい時間潰すから、先に行ってて」

「待ち合わせ?」

 違うとわかっていて尋ねた。待ち合わせなら、正門の外に決まっている。相手が寮生であったとしても、いささか中途半端な場所だ。

「……まあ、そんなところ」

 少女の口元が苦々しく歪む。思春期。悩み事の多さが悩みになるような年頃だ。下衆の勘繰りをしたところで、意味もデリカシーもありはしない。

 少女が指を一本立てて、言った。

「ひとつ、いい?」

「ああ」

「勘違いしないでほしいんだけど、わたしは、本当は男が嫌いなんだ。今回は特別。転校生くんが不安そうにしてたから、声をかけただけ。だから──」

 少女が、一歩だけ後ろに下がる。

「だから、校内では、なるべくわたしに近づかないで。できれば話しかけないでほしい。べつに、転校生くんがどうこうってわけじゃないの。そもそも好き嫌いを決められるほど話してもいないしね」

「──そうか、わかった」

 少女の態度から、異性に対する拒絶は感じられなかった。

 きっと、おれには想像もつかないような事情があるのだろう。

 早くも協力者を得られるかと思ったが、そうそう都合よくは行かないようだ。二年弱という長期計画なのだから、どっしりと腰を落ち着けて、すべきことをひとつひとつこなして行くほかない。

「緊張、解けたみたいだね」

「おかげさまでな」

「自己紹介のとき、緊張し過ぎて、保健室に運び込まれないようにね」

 苦笑する。

「じゃあ、縁があったら、そのうちに」

「うん」

 少女に軽く手を振り、校舎の方向へと向き直る。

 その瞬間、

「──……!」

 ふと、脳裏にひらめくものがあった。

 保健室。

 予感。

 直観。

 最悪のカードが目の前にある。その確信。

「……まさか、な」

 雑念を振り払い、安心を求めて少女に問う。

「最後に聞きたいんだけど、いいかな」

「? いいけど……」

「女子中等部って、学園の敷地内にあるのか?」

「あるけど、歩いて行くには遠いかなあ。中等部の正門まで駅ふたつぶん離れてるし、〈内側〉を経由しないと行けないようになってるから」

「──…………」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 万にひとつを引き当てたとしても、彼女は塀の向こう側だ。

「……だんだん、この広さに驚かなくなってきた」

「どうして中等部のことなんか?」

 少女の瞳に警戒心が宿るのを見て、おれは堂々と嘘八百を並べ立てた。

「母方の従妹が通ってるらしいんだ。すれ違うことくらいはあるかなって思ってたんだけど、今まで通り盆と正月にしか会えそうにないな」

 なんの自慢にもならないが、嘘は得意だ。

 つくことも、継続することも。

「あは、そうだねえ」

 警戒の色が薄まるのを確認し、再び軽く手を上げた。

 背後からの視線を感じながら、桁橋の先へと歩を進めていく。案内人がいなくなるのは不安だが、校舎までは一本道と聞いたし、他の生徒たちの姿もちらほらとある。よほどアクロバティックな迷い方をしない限り、問題なく辿り着けるだろう。

 しばらく歩いたところで、ようやく気がついた。

「……名前、聞き忘れたな」

 後の祭りというものである。




「──…………」

「──………………」

 幾何学的かつ緻密な寄木張りの廊下に、ふたりぶんの足音が響き渡る。星滸塾学園の広大な敷地面積に比して、高等部校舎は実にささやかなものだった。おれの母校のほうがまだ大きいくらいだ。

 校舎の外観は、和と洋とを折衷した、いかにも大正めいたモダン建築であり、学校というより当時の県庁などを思い起こさせた。

 築百年は過ぎているはずだが、その内装は、時間を封じ込めていたかのように真新しい。校舎に足を踏み入れた途端、一世紀を遡った気分になったほどだ。曇りひとつない窓ガラス、埃ひとつない艶めいた廊下、巧妙に隠された空調などから、業者の手が頻繁に入っていることが窺える。

 そんなことを考えていたとき、担任の教師が苦々しく口を開いた。見上げるほど背が高く、神経質そうに痩せていて、他に類を見ないほど頭が大きい。生徒から陰で〈待ち針〉などと揶揄されていそうな外見だ。

「……山本さんは、おいくつでしょうか」

 細く高い声で、担任教師が尋ねた。

「二十八です」

「僕も二十八です」

「奇遇ですね」

「奇遇です。ですが、今は関係ありません。教師が同い年というのは、いささかやりにくいと思いますが、そこは割り切っていただきたい」

「わかりました」

 はあ、と、担任教師が溜め息を吐く。

「こんなことを認めるべきじゃあなかったんです。我々にまかせていただきたかった。そもそも、彼女は保護者からの申請を受けた特別監督生徒です。異分子は、集団の和を乱すだけなんだ。山本さん、あなたが──」

「申し訳ありません!」

 教師の言葉を遮り、おれは深々と頭を下げた。

「え、あの──」

 とりあえず、毒気を抜いておこう。長い付き合いになるのだから。

「この年齢になって、ようやくですが、教師という職業の難しさ、たいへんさが、おぼろげながらわかってきました。三十路に差し迫ったいま、恩師の言葉ひとつひとつが、ようやく理解できるようになってきたのです。だからこそ、谷口たにぐち先生がおれの存在を疎んじるのは当然だと思います」

「あ、いえ、頭を上げてください……」

 言い過ぎと感じたのか、担任教師が慌てておれを制止する。

「非常識であることは重々承知いたしております。しかし、出羽崎氏の心配もわかっていただきたいのです。愛娘が、見知らぬ男子生徒に狙われているかもしれないとあって、居ても立ってもいられなかったのでしょう。生徒という立場からでしか見えないものを見るため、知れないことを知るため、愛娘のために、出羽崎氏はわたしを派遣したのです」

 嘘は言っていない。ただ、解釈の問題だ。

「──…………」

 担任教師は、鼻から思いきり息を吐き、告げた。

「……わかりました。無理のない範囲でお願い致します」

「ありがとうございます」

 再び頭を下げる。

 完全ではないが、これで、ある程度の毒抜きはできただろう。あとは適当なタイミングで飲みにでも誘えばいい。接待は、苦手ではない。

「出羽崎さんは学級委員長です。放課後、校舎を案内するように計らいましょう」

「委員長……」

 どちらかと言えば、図書委員のほうが似合いそうな容姿だったけれど。

「──さて」

 担任教師が、2-Bの教室の前で立ち止まった。

「こちらで待っていてください。すぐに呼びますので、自己紹介の文句を考──いえ、不要な心配でしたね。それでは」

 がらり。

 担任教師が引き戸の開く音と共に、教室内のざわめきが消えた。

 不自然なほど、ぴたりと。

 通り一遍の挨拶、予定、報告の後──

「本日は転校生を紹介します。山本宗八さん、入ってきてください」

「……ッ」

 胸に手を当てる。心音は正常。だが、呼吸が荒い。緊張は否定できない。

 引き戸を開き、教室へと足を踏み入れる。

 好奇心に彩られた三十二対の瞳が、おれを射竦めようとする。視線には慣れている。他社でのプレゼンテーションを思い出せ。初めての経験ではないだろう?

「──…………」

 チョークを取り、黒板に名前を書いた。

「山本、宗八です。他県の高校から編入してきました」

 営業用の笑顔を浮かべ、教室を見渡す。後列二番目の窓際に、さきほどの少女の姿があった。偶然にも同じクラスだったようだ。なんとも言えない表情を浮かべている彼女に目礼し、生徒たちの反応を窺う。

「──…………」

 ああ、なんてわかりやすい。

 いつの世も、どんな場所でも、思春期の男子ばかりは変わらない。

「えー、なんと言いますか、可愛い女の子でなくて申し訳ありませんでした」

 くすくすという押し殺した笑い声が教室を満たす。悪くない空気だ。

「これから一年間、よろし、く──……」

 それは、最初からあった。

 真正面にいた。

 ただ、教卓の陰に隠れていただけだ。

「あの、先生」

「なにか?」

「そこに、オオカミ? に、食べられてる? 人? が、いるんですが……」

 なんとも言葉にしがたい光景が、そこにあった。

 最初に目にしたとき、オオカミの剥製が教卓の前に飾られているのだと思った。

 次に、それが剥製ではなく、かつ上顎までしかないことに気がついた。

 最後に──

「ああ……、彼女が、学級委員長の出羽崎ささみさんだよ」

 それが、極めてリアルなオオカミパーカーであることを、ようやく理解した。

「出羽崎さん、山本さんに挨拶を」

「──…………」

 出羽崎ささみが、机に突っ伏したまま右手をひょいと上げた。

 起きていたらしい。

「あ、どうも……」

 いちおう頭を下げる。

「山本さんは、まだ我が校に不慣れです。校舎内だけで構いませんから、放課後、案内さしあげてください」

「──…………」

 上げた右手の親指を、ぐっと立てる。

「よろしい」

 え、よろしいのか?

 本当によろしいのか?

 教室内を見渡すが、この反応に疑問を抱いている生徒は、おれしかいないようだった。

 これがジェネレーションギャップなのだろうか。

「──…………」

 いや、違う。惑わされるな。

 出羽崎ささみ以外の生徒は動物パーカーなど着用していないし、転入生であるおれに対して好奇の視線を向けることなく机に突っ伏したりしていない。

 ちら、と、今朝の少女に視線を送る。

 おれの意図が伝わったのか、ほんのわずかに苦笑してみせた。

 なるほど。

 出羽崎ささみは星寮生である。

 これが、星寮生にのみ許された〈奇行〉の一端なのだろう。

「山本さん、空いている席についてください」

「はい」

 おれの席は、最後列の廊下側にあった。十二年前の基準で言えば悪くはないが、出羽崎ささみからも、今朝の少女からも、考え得る限り最も遠い席である。いっそ極度の近眼であると申告してやろうかと思ったが、幸いかつ不幸にしておれの視力は二・〇だ。

 ホームルームが終わると、半分ほどの生徒が席を外した。ひとり教室から出る者、友人と雑談する者、教科書を開く者──日常的な行動をとりながら、皆一様におれを意識しているように感じた。

 自惚れでなければ、だが。

「──あのー」

「?」

 隣席の、健康的な肌色をした活発そうなギャル系の女子が、おれに話しかけてきた。

「前の学校って、どんなとこだったの?」

 その質問を皮切りに、おれの周囲に人垣ができあがった。皆、きっかけを待っていたのだろう。おれに対する質問は、前の学校──すなわち十二年前まで通っていた男子校に関するものが多かった。ある意味では当然かもしれない。彼らのうちの一部は、〈普通〉に餓えているのだろうから。

 最近の若者は他人に無関心などと言われるが、こういうところは変わらないものだ。

 好奇心たっぷりの瞳でちやほやと褒めそやされながら、決意した。

 注目を受けるのは、これが最後だ。

 人気者になってはいけない。親密な友人を作れば、遊びという名目の拘束時間が発生する。だからと言って、嫌われてもいけない。不特定多数の人間から嫌われているという事実は、第三者がおれを嫌悪するに十分な理由となるからだ。

 水のように浸透し、どこにいても自然な存在にならなければならない。

 ふと、荒野を行くレールを幻視した。

 おれの原風景。

 このまま歩くだけでいい。

 どこまで行けばいいか、それはわからない。

 でも──


 必ず目的地に辿り着く。

 経験上、それだけは間違いないのだから。

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