最終話 俺たちの物語
「幸平、19歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、陛下」
「陛下はよしてくれよ、堅苦しいのは苦手なんだ」
「出陣前の演説とかも元々苦手だって言ってましたもんね」
あの戦いからおおよそ1年ほどが経過し、ラングレイさんも王様としてだんだんと様になってきた
エルヴィン・ユークリッドが掲げた「反貴族主義」というのは人口の9割以上を占める庶民・平民から絶大な支持を受けた
そして、何より大きかったのは「命の管理」である
正しい人間だけが正しく生きられ、邪な意思を持つ者は社会から除外される理想郷
俺のように乱暴なやり方、命の倫理に反すると反発する人間も少なくなかったがこの傷だらけの世界には優しすぎるマニフェストだった
だからこそ、命の管理に意を唱えたラングレイ・アルカストロフ王のマニフェストには意を唱え魔王ゼクシオンの核を奪い取ろうとする人間も多く
ラングレイを暗殺しようとするテロリストも未だに多い
だが、ラングレイ王の必死の演説や教会の布教活動が実を結び少しずつだが社会は落ち着きを取り戻しつつある
そして、俺の19歳の誕生日の朝……今日は俺の新たなる旅立ちの日の朝だ
「去年は何もやれなかったからな、今年はこれをあげよう」
ラングレイさんが高価そうな剣を俺に手渡してきた
「これは……」
「このメルドニアでは優れた騎士には剣が贈られるという風習がある。その騎士に贈られるという名剣、グランドスラムだ。これは俺が一等騎士に昇格した際にオルディウス王から賜ったものだ、大事に使ってくれ」
「そんな……だって、ラングレイさんの愛刀じゃないですか!?良いんですか!?」
「確かに先日までこれは俺の剣だったが、それは騎士の剣だ。今の俺には王の剣があるだろう、いつまでも騎士気分でいたらいけないと思ってな」
「分かりました、ありがたく使わせていただきます」
———————
イライザさんは何度か裁判にかけられたものの、エルヴィンに洗脳されたものとして執行猶予つきの実質無罪判決となった
彼女は城内での居心地が悪くなった(というのは建前で宮仕えの仕事が面倒で辞めたくなった)ので離職し、今は占い稼業に専念しているらしい
収入はそこそこあるらしく、どちらかといえば占いというよりは人生相談がメインなのだとか
また、副業で酒場を経営しているらしく料理の腕もまぁまぁなんだとか
たまにお忍びでラングレイさんが飲みにきており、時折目撃情報が雑誌に掲載されている
「幸平くんはスピリットバンドの効力が従来のものに書き換わってきていますね〜、その代わり各職業の適性が上がり上級職の適性が伸びてきています〜」
「そういえば、だんだんリン曹長達の声が聞こえなくなってきたな」
「これはあくまで予想でしか無いんですけど、死者と生者のハイブリッドだった幸平くんの存在が安定してきた……それと、エルヴィン・ユークリッドや城戸桜といった一連の元凶を倒した事で死者達が浮かばれたのではないでしょうか?」
「役目を終えた主人公が不思議な力を失うっていう王道展開みたいだなぁ」
「へえ、地球の物語も少し読んでみたいですねえ」
イライザさんはラングレイさんに少しずつアタックを仕掛けているらしいが、ラングレイさんの方が公務の方に時間を取られているらしくなかなか恋には発展しないらしい
意を決してイライザさんの背中を押したシアさんも草葉の陰で泣いているだろう……ラングレイさんが恋に奥手というのもあるだろうけれど
———————
「嶋村くん、天国で深雪さんと仲良くしてる?喧嘩……してない?私にも、スピリットバンドの力があればお話出来たのかな?」
「飯島さん」
飯島さんは定期的に嶋村くんの墓参りにきていた
王都の外れにひっそりとエルヴィンの起こしたクーデターによって亡くなった人達の共同墓地がある
当初はエルヴィン一派や、その後のテロを起こした人間達は弔わないという予定だったがラングレイさんの「正義に殉じ死んでいった人間に勝ちも負けもない、皆英霊である」という言葉から全ての人間が弔われる共同墓地となった
個人的に城戸桜の名前まで刻まれている事が気にくわないが、仕方ない
「夏樹くん……」
「ここにいるだろうと思って、それから嶋村くん達に話さなきゃいけない事もあるからさ」
「話って、医療旅団のこと?」
「うん、ミラちゃんとリリアを連れてね」
「そうか、いよいよだもんね」
嶋村くんに手を合わせる俺と飯島さん
———————
医療旅団はエルネーベ、メルドニア、ハルデルク、フィルストン、オーセ・クルスの医療団体が結集し世界中を巡り苦しんでいる人達を救うための団体だ
本来は医療のエリートしか参加出来ない組織だが、才能が突出したミラちゃんや戦闘能力を持つリリアと俺も参加する事となった
リリアに関しては自ら自分も参加したいと名乗り出た事で参加が決まった
「ねえ、嶋村くん。生きたくても生きられない人達のために俺たちはこれから旅に出る。君たちが生きられなくなった事で俺を恨む人間をそっちには沢山いるだろうね……今でも俺は悩む事もあるし、それが本当に正しい事なのか今でも分からない。だけど……それでも俺は、死者を生き返らせる事は禁忌だと思う」
「夏樹くん……」
「兵士になって、名もなき兵士を斬って、リリアの大切な人を奪って、親友とエルヴィンの命を奪った……だけど、それでも命は一つじゃなきゃいけないと俺は思う。本当は、死んだはずの俺や飯島さんがこの世界にいることすらおかしいんだけど……この命が尽きたら大人しくそっち側にいくよ」
「その時は、僕や深雪に沢山話してほしいな。君が見たものや感じたものを……いつまでも待ってる、思い出話を沢山貯めてからこっちにおいでよ」
風が、吹いた
その瞬間、嶋村くんの声がかき消されたかのよつに感じた
僕の中のスピリットバンドがこの瞬間、消えたんだと確信した
この時、嶋村くんと俺はいよいよ今生の別れを迎えたんだ
嫉妬する事も、一緒に遊んだりした事も、一緒に死線を潜り抜けた事も、命懸けで斬り合った事もあった俺にとってかけがえのない親友
肩が震え、眼の奥が熱くなり、涙が流れ落ちる
「さようなら、嶋村くん……」
———————
午前10時、夕方の出発になり向けて一度部屋へと戻る事にした
ミラちゃんはもうすっかりこの部屋に居ついてしまっており、人のベッドの上でゴロゴロウダウダしながら小説を読んでいる
「ミラちゃん、毎度の事だけど異性のベッドの上でゴロゴロするの良くないよ」
「今更でしょ」
「いや、今更なんだけど……」
「幸平さあ、これから宿屋だったり馬車生活だったりするでしょ?私達……幸平の匂いを堪能出来るのも今のうちだけだと思うと……名残惜しくて」
ミラちゃんは俺のベッドのシーツをクンクンと嗅いでいる、こんな事をされると流石に気恥ずかしい
「そんな事しなくても……」
「だってぇ」
ベッドの上でミラちゃんはイヤイヤとクネクネしている、こうしている姿は本当にただの子供だ
ミラちゃんは甘えん坊で、家族が好きな子供だったが治療魔導を学び始めてあらゆる場所で医療活動を続けているうちにすっかり成長したけれど
俺と二人きりの時はこうして甘えたり誘惑してきたりしてくる
「ねえ、ミラちゃん」
「ん〜?」
「俺に抱きつけばいつでも匂い嗅げるんじゃない?」
「…………へっ?」
「いつでも甘えていいよ、だからシーツの匂い嗅ぐのやめよう」
「えっあのっちょっと、何言ってるか分かってる?」
「うん、だって考えてみればそうじゃない?」
「あ〜……あはは、今から抱きついてもいい?」
「うん、勿論」
もじもじとしたり頭を掻いたりしたミラちゃんは意を決して俺の胸の中へと飛び込んできた
やっぱりそうだ、きっと甘えたいんだろうな
「う、うへへ……」
でもなんか笑い声が気持ち悪い
「あ〜ダメだ、幸平。理性飛んじゃう……ねえ、幸平!!押し倒すね」
「押し倒……うわっ!ミラちゃん、凄い力……」
ミラちゃんがおもいきり俺の身体を押し倒す、何故か抵抗が出来ない
「服、脱がすね……!!」
「ダメだよ!?」
「13歳の身体、堪能するなら今だよ」
「いやいや、まだそういうの早いよ!!ミラちゃん!!」
「大丈夫、安全日だから……」
「安全日とか危険日とかそういうの関係ないからね!?あの……やめ……」
その時、唐突に部屋の入り口から音がした
リリアが大量の荷物を持って部屋へと入ってきたのだ
「幸平さん、冷蔵庫内の食材を全部使い果たしてプチパーティを開きませんか?お肉なんかはスモークしたり、魚と野菜は鍋にしたり……調理用の粉物はケーキにしたりとか……何してるんですか?」
「リリア!!助け……!!」
リリアがぼんやりと押し倒されて襲われている俺を見ていると、ミラちゃんはいよいよ俺の下着を脱がせてしまった
「……立派ですね、それ」
「わぁー!? パンツ脱がさないで、ミラちゃん!!」
———————
リリアはシオ曰く、元々はアグレッシブで明るい性格だったが薬物漬けになってしまった事で人格が捻じ曲げられて無表情かつ無感情になってしまったらしい
しかし、治療を終えた今は無感情で淡々とした口調で話すが少しずつ感情を取り戻している
ミラと友達になったというのも大きいが、飯島さんやラングレイさんやマルコ曹長のサポートもあった
現在は絵を描いたり楽器を弾いたりして人生をそれなりに謳歌している
俺にとってはよく料理を作ってはお裾分けしてくれる有難い存在だ
「シオくんに、食べさせてあげたかったね」
「幸平さんはシオに会ったんですよね?スピリットバンドの力で」
「……うん」
「優しい男の子でしたよね、きっと幸平さんの事も恨んでいないでしょう。だから私も、幸平さんを……いいや、恨む事は出来ません」
「恨んでも良い」
「いや、私は幸平さんを憎む事が出来ません。戦いでシオの命を奪ったのは事実です、でも真摯に私やシオと向き合い続けたのも事実です」
「……ありがとう」
俺がリリアの頭をそっと撫でると、リリアは顔を赤くして小さく俯く
「俺は一生を賭けて、リリアを護り続ける。例え、何があっても……」
「そんな事を言われたなんて知ったら、ミラちゃんに怒られてしまいます……」
「大丈夫だよ、怒らせたりしないから。多分、怒られるの俺だから」
「分かってて言ってるなら、口説いてますか?」
「そんなんじゃないよ、ただ俺はリリアを幸せにする義務があるっていうか……その……」
「私に本当に幸せになってほしいなら、あと何年か待ってください。それから、できるだけ……他の女の子には優しくしないでください」
「あれ……うん……?」
———————
「いやぁ、スモーク肉に魚鍋に野菜炒めにケーキ!サイッコーだね!!」
ミラちゃんは料理に満足したらしい、リリアは元々ミラちゃんより食が細く多少残ってしまっているので俺が残りを平らげる
「幸平って結構マッシブになったよね、出会った頃より」
「そりゃあ鍛えてるからね」
「出会ったばかりの頃はなんか弱っちそうだったけど」
「実際弱かったよ、魔物を倒すのにも一苦労で集中力を発動しなきゃアーマードベアすら倒せなかったし」
「いやいや、並大抵の兵士は単騎でアーマードベア倒せないって」
「私は重い武器を使えないから倒せないかも」
「剣気が使えるなら頭部か心臓を狙えばイケるかもしれないよ」
「今度、レクチャーして」
「うん」
「……なーんか、幸平はリリアに甘いよね」
「そんな事ないよ」
「ふーん……」
———————
各々の部屋の片付けを終えて、街の人達やナルコ曹長や軍の人達に挨拶をして城門へと向かう
「夏樹くん!!」
「飯島さん、ちょうど良かった。これから出発なんだ」
「法的な手続きであれこれ手間取って今まで時間がかかったんだけど……これ!!」
飯島さんの手には綺麗な青い石がついたペンダントがある、これは確か……嶋村くんの御守りか
「これって、嶋村くんの?」
「うん!!きっと、嶋村くんならそうするだろうと思って……」
「分かった、大事にするよ。ありがとう、飯島さん……嶋村くん」
「恵さんも、素敵な恋を見つけてね。帰ってきた時、楽しみにしてますから」
「ありがとね、リリア!」
飯島さんはリリアとミラちゃん二人の頭をワシャワシャとかき乱す
「や、やめてよー!」
「髪が、乱れちゃう……」
「夏樹くんは結構恋愛に奥手っていうか、女子は好きだけど恋に対するモチベーションが低いの!だから積極性を忘れちゃダメだよ、二人とも」
「は、はい……」
「了解!!」
「じゃあ、また……来年にでも帰ってくると思うから」
「いってらっしゃい、夏樹くん、ミラちゃん、リリア!!」
———————
目的地は遥か遠く、オーセ・クルス首都の中央教会だ
それまでは馬車に乗って、船に乗って、馬車に乗って……の繰り返しになるだろう
夕暮れ、空は赤から青へと少しずつ移り変わっていく
太陽が無いこの世界の空にもすっかり慣れた
朝になるとエメラルドグリーン色の空を拝む事が出来るのもこの世界の美点だ
「幸平さん」
「何?」
「空、綺麗ですね」
「うん、綺麗だね」
「私、しばらくこの世界の美しさをすっかり忘れてました。心の中がぐちゃぐちゃで自分が何を考えているのかも分からなくて……入院中に何度も何度も、幸平さんが会いにきてくれて……いつの間にか、この空を綺麗だと思えるようになったんです」
赤と青の空にグラデーションがかかり、淡い空の光がリリアの顔を微かに照らす
はっきりとは見えなかったが、リリアは確かに笑っていた
照れたりとか、困ったりするような顔は何度も見たが彼女の笑顔は初めて見た
「……良かった」
「えっ?」
「今、リリア笑ってたよね」
「あ……そうなんですか?」
「やっと見られた、君の笑顔が」
「これからは、もっと笑わせてください」
「うん」
「う〜ん……幸平、もっとぉ〜」
馬車の中でミラちゃんはゴロゴロと転がり、寝言を言っている
ヨダレを垂らして幸せそうに寝ているのを見ると、本当に色気がない子供だ
「ミラちゃん、そろそろ晩御飯にしようか」
「ご飯!?」
「もう夕方だよ、具沢山おにぎり作ったでしょ」
「食べる〜」
———————
俺たちの旅はこれから始まる
誰かが誰かに苦しめられるだけじゃなくなった世界で新しく始まった物語を紡いでいく
主人公になりたいだなんてあの時は思っていたのに、この世界にやってきてもモブキャラにしかなれないと嘆いていた
だけど、力を手にして戦いに身を投じると誰もが主人公で誰もが物語を紡いでいて護られるべきものだと知った
だから今度は誰もが生きられる世界の中で、誰かの物語が途切れずにエンディングを迎えられるように俺たちは戦いを始める
「見てごらんミラちゃん、リリア。エメラルドグリーンの空だよ」
「もう朝……?」
「ミラちゃん、夕方も寝てたのに夜も寝てたね」
「育ち盛りだからね!」
「関係なくね……?」
もうすぐでメルドニア港へと到着する、そこから新たな旅が待っている
俺はミラちゃんとリリア、二人の手を取り港町へと歩みを進めていく
主人公になりたい人生だった(過去形)
完
主人公になりたい人生だった(過去形) 一ノ清永遠 @sat0522
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