第24話 せっかくだから楽しみたいじゃん

例えば、絵を描くときはどんな風に描けばいいのかすぐに分かるし

初めて剣を手に取った時、最初は戸惑ったけどどう戦えばいいのかもすぐに分かった

一度本を開けば、その本の内容は頭にすぐ入る

「まさかユークリッド家の後継ぎがこれほどまでとは……」

「14歳という若さでは異例中の異例だけど、エルヴィン・ユークリッド。 君には筆頭騎士の座を与えよう」

僕が他の人間とは違うというのはすぐに分かった、学校の教室の中でも一番出来るとかじゃなくて……何でもすぐに理解して出来てしまう

初めは賞賛の声が大きかったけれど、だんだんとそれは畏怖へと変わっていき

やがては「悪魔の生まれ変わりだ」とか「いずれこの国はエルヴィンの手に落ちるのでは」とか妙な噂を立てられるようになって(もっとも後者は本当になったけど)

父上でさえも、僕をどう扱えばいいのか困り果てているような感じだった

よく、才能が欲しい。力を手にしたい。なんて願い事をする人がいるけれど……実際のところ天才の人生なんてつまらないものだ

悪魔の生まれ変わりと石を投げつけられたい?

才能を楽しむなんていったってすぐに飽きてしまう

君はそれでも、力が欲しいかい?


———————


「おっ釣りスポット発見」

エルネーベ首都グランティアロへと向かう道の道中、いい感じの川を見つける

魚影も目視できるので、いい感じに釣れそうだ

「エルヴィンさん、そんな事してる暇あるんですか?」

和也が呆れている、人を馬鹿にしたようなジト目を僕にぶつけるのは和也くらいのものだ

「まぁまぁ、ゆっくり行こうよ。今回は必要最低限の人数なんだし」

「必要最低限って、ただの幹部オンリーじゃないですか!エルヴィンさん、僕、イライザさん、桜さんの4人……本当に良いんですか?」

「大丈夫大丈夫、今の夜明けの先導者にとって僕らはシンボルみたいなもんだし……」

餌を釣具にくくりつけて、川へと投げ込む……ここからはただ待つだけ

「メルドニア国王は貴方じゃないですか、良いんですか?戦闘なら末端の兵士に任せればいいでしょう」

「それじゃ心配だし……どうせなら、楽しみたいじゃない?僕たちの腕がどこまで通用するかも確かめたいし……」

竿に何かがヒットしたので、慌てずに引き揚げると小型の川魚が引っかかっていたのでリリースする

この川魚はマダラツユクイ、毒はないが渋くて食えたものじゃない

「っていうか、なんで釣りなんかしてるんですか?」

「釣りは技術が全てじゃないからさ」


———————


イライザによれば、少しずつメルドニアは落ち着いてきているらしい

特にこれといった暴動も起きず、オルディウス派の人間も現状を静観しているといった様子でデモは起きても武器を使ったテロなんかもここ最近は起きていない

「……といった具合だそうですよ」

「なるほど、ありがとう」

「ご自分で通信をされてはどうですか〜?」

「嫌だよ面倒くさい、情報系魔法ってクリアスのコントロールが面倒なんだよね。しかも波形がズレると通信がジャギったりラグが出るし」

「天才でも不得手があるんですね〜」

「不得手じゃないけど面倒くさいの……ねぇ、和也ご飯まだ?」

「ご自分で作られてはどうですか」

「和也の方が得意じゃん、僕は箱入りだからなかなか料理する機会に恵まれなくて」

「……はいはい」

「おっこのエッジライガーはカタログスペックよりも性能が高いですね〜野生という環境の中で進化したのかな」

「そのエッジライガーって、桜が作り上げたものだっけ」

「はい、魔王の中にデータをインプットしたんですけどなかなか思い通りにいかないので苦労したんですよ」

「ふーん……なんか僕には分からない趣味だなあ」

「まぁ、誰にも分かってもらえないからこうしてこの世界にいるわけですけど」

城戸桜、肉体年齢18歳実年齢は27歳

地球という惑星で科学者という職業についていたらしく、様々な分野で革新的な発見をしたらしいがそのデータは全て封印されたと彼女は語っていた

特に人間の脳波信号の解析、脳の未開拓分野の覚醒などはその実験結果から「禁忌」とされ科学界から追放された

自らの肉体を使って実験を行った結果、27歳でありながら肉体的に最も優れた18歳のまま成長を止める事に成功したんだとか

22歳の時にこっちの世界に飛ばされて、好き勝手にいろいろ研究していたところ僕がスカウトして仲間に引き入れた

確か僕は当時11歳だったかな、魔王ゼクシオンを作り上げたのも彼女である

いわゆる僕の計画の要なのだけれど、彼女は面白半分って感じで少しこの組織からも浮いている

まぁ、そこが面白いところなんだけれど……

「エッジライガーは食べてみたら結構美味しいところがミソなんですよ、並大抵の剣士だと相手するのも大変なんですけどね」

「ただ、そのまま焼いてもスジっぽいのが難点だね。じっくり煮込まないと硬くて噛みにくい」

「炭酸に漬け込むと良いんですよ、そうすると肉が柔らかくなる」

「流石和也だ、よく料理を分かっている」


———————


2日間歩き続けてようやくエルネーベ国の首都、グランティアロだ

グランティアロの手前にはビッグブリッジという文字通りの大きな橋があるが正直ただの兵士が立っているだけで相手にもならない

まぁ、しばらくしたら大騒ぎになるんだろうけど騒いだところでどうにもならないだろう

何故なら2〜3人同時にかかってきたところで僕たちに勝てる兵士などいないからだ

「ユーリ少将くらいの人間がいないとつまらないね、確かエルネーベ王国の軍で最強っていうと誰だっけ?」

「リオウ・メランド大佐ですね、確か魔法のスペシャリストだったはずです」

「魔法かぁ……って事は近接戦闘はそんな得意じゃないのかな」

「どうですかね、やり合ってみれば分かりますよ」


———————


「では、そろそろ出発しようか。ナルコ曹長、先導を頼んだ」

「分かりました」

その瞬間、爆発音が鳴り響いた

2〜3回ほどの爆発音が我々が利用しているエルネーベ城の宿舎から遠くの位置から聞こえた

「今のは爆発音か……距離算出出来るか!?」

「グランティアロ正門付近で巨大なクリアス圧縮反応……火属性です!」

「……急ぐぞ!!」


———————


「飯島さん、急ごう!!」

「うん!」

あの爆発音は、クリアスの圧縮反応……つまり魔法によるものだ

今日は確かラングレイさん率いる反乱軍が出発する日のはず

まさか、ラングレイさんの出鼻をくじくために夜明けの先導者が奇襲を仕掛けたのか?

今は考えてる暇はない、とにかくグランティアロを目指さないといけない

「夏樹くん!!」

「……!!魔物の、群れ!?」

目の前には複数の魔物が群れを成して立ち塞がっている、どうやらここを通したくないらしい

「飯島さん、先行!俺はサポートをする!」

「OK!」

これで疑念は一瞬で確信に変わった、どうやら夜明けの先導者が襲撃に来たらしい

だったら急がないと……


———————


空にエルヴィンの顔が映し出される、あの時と同じだ

「エルヴィン……!!」

「ラングレイ・アルカストロフ、飯島恵、夏樹幸平、ミラ・エルオーサは直ちに降伏せよ。そして、テリウス王並びにエルネーベ国の基準で貴族に属する人間は即刻処刑する。繰り返す……」

「相変わらず乱暴なやり方をしますね」

「探せ!!エルヴィン・ユークリッドを探し出せ!!」

しかし、街中に突然魔物が現れ進路を塞がれてしまう

街の人間は悲鳴をあげ、逃げ惑う

「護衛担当と突破担当に分かれ、魔物を倒せ!」

「了解!」


———————


「や、やっと着いた……」

「飯島さん、突入前にこれ飲んで」

「クリアスドリンク!気が効くね!」

「飲み終わり次第突入!まずは民間人の退避を優先し、魔物の数を減らそう……」

困った時のクリアスドリンク、これを飲めば一時的にだけど体力を回復出来る

といっても地球のスタミナドリンクと同じで体力の前借りをするだけだから、多用すれば多分死ぬ

前例は無いらしいけど、ハルデルク突入作戦の時にクリアスドリンクを飲みまくって働いたら死にかけたので多分やばい

ちなみにクリアスドリンクは甘酸っぱくて美味しいのでそんなに嫌いじゃない

「夏樹くん、あそこ見て!女の子が!」

飯島さんが指を差す、とその指の先には黒髪の女の子がいた

「黒髪……まさか、地球人!?」

「た、助けよう!!」

魔物に囲まれてしまってはいけない、速攻で助けに入る

チャージポークにスカイラビット、そんなに強力な魔物じゃない

「俺はチャージポーク、飯島さんはスカイラビット」

「OK、適材適所!」

チャージポークは突進力はあるものの、動きはそこまで速くない。というか機動力が無い

一方、スカイラビットは機動力があるものの攻撃力はそこまで高くない

「烈破斬!」

「空転落撃蹴!」

地を走る斬撃と、空中で身体を捻りながら連続して蹴る技

どちらも新たに習得した技、剣士としては頭打ちと言われたが新たに技を開拓する事は可能だ

チャージポークは身体を真っ二つに裂かれ、スカイラビットは地面に落ちて動かなくなった

「大丈夫ですか!?」

俺が駆け寄ると、黒髪の少女は呆然とする

「夏樹幸平と、飯島恵?」

黒髪の少女は俺と飯島さんをそれぞれ指差す

黒髪の少女は今時珍しくツインテールに厚めの眼鏡をかけているのだが、顔は整った綺麗な顔をしている

「なんで名前を……」

「あれ、もしかして助けたつもりなんですか?」

「えっ?そうだけど」

「あ、そうか……二人とも私の顔を知らないのか。なら魔物に襲われてるように見えてもおかしくないですね」

「夏樹くん、離れて!」

「……まさか、この子は!!」

夜明けの先導者、まさか和也の他にも地球人がいたなんて思わなかったけど

思わず距離を取る

「どうもどうも、私は城戸桜って言います。あぁ、私個人には戦闘能力無いから警戒しないで平気ですよ。ただ……私の『飼い犬』には要注意ですね」

「飼い犬……?」

そういえば、夜明けの先導者には魔王とか魔物を作り出した人間がいるはずだ。いまいち現実味の無い話だけど

警戒していたところ、腕に激しい痛みが走った

ナイフが腕に突き刺さっている、一体いつの間に……考える暇なく見慣れない少女が突風の如く迫って来る

防御しなければ……と、腕から突き刺さったナイフを引き抜き抜刀する。正直ガードするのはギリギリだった

今使っている俺の武器は『ディフェンダーⅡ』

先日、オルバックさんが俺のために作ってくれたディフェンダーを強化したもの

和也から『牙断ち』を受けて破壊されたと知ったオルバックさんは大層悔しがったらしく、ディフェンダーを超える名剣を作り出そうとかなり硬く作り上げたらしい

しかし、その分……若干重い

「……アクセル!!」

正直、俺の戦闘スピードは下がった

といってもアクセルでブーストをかければ良いのだけど、速攻を仕掛けるのは飯島さんの仕事になった

「てやぁ!」

飯島さんが少女の背後を取る……が、今度は見慣れぬ少年に妨害される

クルクルと回転し、捻りを加えた打撃を飯島さんに喰らわせた

「飯島さんがスピード負けを……」

「シオ、ありがとう」

「リリア、迂闊すぎる。相手は一人じゃない」

少年の方はシオ、少女の方はリリアというらしい

「飼い犬……この子供達が?」

「ええ、対人戦闘用強化人間ですよ。ハルデルクの内乱で両親を失った幼馴染の二人組です」

「強化人間……?」

「ええ、肉体と精神を調整した強化人間です」

「そうやって人間の身体を勝手に弄った人間は相応の末路を迎えるって理解してやってるんだろうな?」

「大丈夫、調整はバッチリしてありますから!ああ……空が落ちる……!!とか、私を嫌いな奴は消えろ!!とか言い出さないです」

「ふざけ……!!」

しかし、俺が怒りの声を上げる間も無くシオが俺に正拳突きを喰らわせてきた

「ぐ……!!」

身体がメキメキと軋む、身体がバラバラになりそうな感覚……子供のくせにとんでもない力だ

「夏樹くん!!」

アクセルがかかっているお陰で、飯島さんは超人的な速度でシオに近づき殴り飛ばす

「シオ!!」

シオを救うためなのか、高く跳躍してリリアが飯島さんに4本ほどナイフを投げる

が、それに勘付いた飯島さんは身体の軸をずらして躱す

「アンチ・グラヴィティ!」

地属性攻撃魔法、超ピンポイントな技だが地面に落ちているものを空に飛ばすもの

俺は咄嗟にそれを発動して地面に落ちたナイフをリリアに向かって飛ばした正直、あんまり使い所はないが地属性の術でもかなり低級でチャージ時間も短いためノーチャージで発動した

「……!!」

ナイフは反転し、鋭い刃先がリリアに襲いかかる

「リリア!!」

シオはアクセルを発動し、リリアを庇いナイフを一身に受ける

アンチ・グラヴィティは通常のナイフの投擲と違い空気抵抗を受けない、そのためシオの身体に思い切り突き刺さったのかそれが致命傷になったらしい

「ぐ……うああぁぁぁぁ!!」

首元、胸、腹部に突き刺さったがナイフが刺さっているという事もあり出血量はそこまででもないが臓器にダメージがある場合それが致命傷になる事もある

「あ〜あ、子供相手にとんでもない残酷な事をしますねえ」

桜はシオに近づく、治療をするつもりだろうか?

「ナイフ、随分突き刺さってますね。大丈夫ですか?引き抜いてあげます」

「引き抜く?馬鹿な……!!やめろ!!」

桜がシオからナイフを引き抜くと、おびただしい量の血が流れ出た

「おい、やめろ!!」

シオに駆けよろうとすると、桜は強力なクリアスシールドを貼る

「治療の邪魔をしないでください」

「ぐあぁぁぁぁ……うああああ!!」

次々に桜がシオからナイフを引き抜いていくと、辺りは一面血の海になっていく

「馬鹿!!そんな事をしたら……」

シオは助けを求めるように、手を無意識に高く上げるがその力さえも抜けてしまった

「ああ……急いで治癒魔法をかけないと……」

「何……?」

治癒魔法を習得している俺には分かった、あの魔法術式はメチャクチャだ

ただ、デタラメに大気中のクリアスと体内のクリアスを結んでいるだけの全く無意味な行為

「シオ!!シオ!!」

リリアは叫ぶが、その言葉は一切シオには届いていない

シオの瞳孔は開いてしまっている、もう既に死んでしまっているのだろう

「あ〜ダメでしたね、シオくん死んでしまいました」

「そんな……シオ!!起きてよ!!起きて!!」

「何を馬鹿な……刺さったナイフを引き抜けばどうなるか素人でも分かるだろう!」

「リリアちゃん、仇を取らなくて良いんですか?」

「カタ……キ……?」

「そう、仇です。シオくんは幸平と恵、彼らが殺したんです」

「ふざけるな!!殺したのはアンタだろ!!」

「そ、そうだよ!!確かに、戦闘で大怪我を負わせたのは私達だけど」

「仇、幸平と恵は……シオの仇……?」

「そうです、シオくんの仇を取りましょう?リリアちゃん」

リリアの様子が変わっていく、生気の無い瞳が悲しみとも憎しみともいえるようなグチャグチャとした感情に支配されていくように

「ルグニカ001は、失敗作でした。機械の身体にした事でスペック自体は上がりましたが、剣の腕……生きた技術は残せませんでしたね。だからクソ雑魚だった幸平くんにも倒せたんです」

「ルグニカ001? アルバートさんを改造したのもアンタか!!」

「人間のスペックは感情によって大きく左右する、集中力ってどういうスキルかよくご存知ですよね?集中力は人間の潜在能力を一時的に引き出すもの、人間の肉体を超えてね。だから、次は生身の身体を機械制御したらどうなるか」

「それが、シオとリリア?」

「うってつけの素材だと思ったんですよ、ねぇ?嶋村和也は恋人を失った事で、人類の敵となる道を選んだように恋人の死って人間にとって大きな原動力になる……リリアちゃん、シオくんが死んでどう?悲しい?」

猫撫で声を出す桜、この女は人間としての倫理観が欠落している

世の中の何もかもが自分の好奇心や、研究対象くらいにしか思っていない

こんな奴はこの世界にいてはいけない、この女がいる限り世界は混乱し続ける

「「許せない……」」

「「死ね!!」」

俺はディフェンダーⅡを桜に向けて突き立ててやろうとした、しかし声も攻撃のタイミングもリリアと完全に合致していた

「びっ……くりしたぁ」

桜は思わず尻餅をついて、へたりこむ

「夏樹くん、凄い怒ってる……」

飯島さんは困惑したような表情をしているが、今はそれどころではない

「……!!リリア!?どいてくれ、その女がシオを殺したんだぞ!!」

「嘘をつかないで!!マスターは、シオはお前が殺したと言った!!」

「……そうか、洗脳されているから……」

だったら、やるしかないのか……機械制御だと言っていたな、確か

「飯島さん、俺がアナライズをして制御用の機械を探す!!その間に、リリアを死なない程度に足止め出来る?」

「う、うん……!!」

「訳のわからない事を……シオの仇だ!!」


続く

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