第8話 絶望
恵「前回の主人公になりたい人生だった」
幸平「あのバラバラ殺人が実はテロだったなんてなぁ……」
ラングレイ「そもそも不可解な事件だったんだ。金目のものは盗まれていないし、子供とはいえ目撃者を生かしておくなんて」
幸平「そういえばナルコ伍長に久々に出番があったね」
リン「幸平と同じ階級とはいえ、先任だし敬語じゃなくてもいいのにな」
ラングレイ「彼は元々孤児で、教会に拾われたらしく神父さんの教えもあり他者を敬い尊重する事を大事にしているそうだよ」
幸平「何だか立派な人だね、剣の腕もあるしなんで昇進しないのかな……」
リン「まだまだ未熟な僕には畏れ多いですって断ってるらしいぜ、俺は少しでも給料貰いたいけどな」
幸平「俺、あの人の上官は嫌だな……どうせなら部下でいたい」
ラングレイ「あはは……今度、説得してみるよ」
恵「ゴルニス・アルダイン、嫌な奴だね……私が護衛してるユークリッドって人はまともな人だけど」
ラングレイ「ユークリッド家は武族として成り上がってきた家系だからね、聖騎士エルヴィン様はユークリッド家の次期当主だ」
恵「そうなんだ……えっ聖騎士エルヴィンって人は今何歳?」
ラングレイ「16歳、君たちと同い年だよ」
幸平「えっ待ってください!エルヴィン様ってラングレイさんよりも強いんですよね?」
ラングレイ「あぁ、御前試合で何度か手合わせしたけどダメだね。まるで歯が立たない」
幸平「なんか、自信なくす…」
———————
「ルファード・エルスター!!」
「お久しぶりですラングレイさん……まさかあなたが来るとは」
「アンタが、ミラちゃんの家族を殺したんだな!!」
さっきの殺気、太刀筋……きっと俺とは次元が違うんだこのルファードとかいう男は
冷たい瞳、きっと何人もの人間を斬ってきたんだろう
だけど、今ここで棒立ちしていたら殺されるのは俺の方だ
「幸平、無理だ!!俺たちじゃ勝てない!!」
リン軍曹が叫ぶ、確かにそうかもしれない
だけど……
「夢を見たの、アタシ……パパとママが、苦しそうに叫ぶの……助けて!!って、お兄ちゃんが早く逃げろって……頭から離れないの!!ずっと、声が聞こえるの!!」
あの言葉が脳裏をよぎる、俺は勇者なんかじゃない……だけど、彼女のあの涙と怒りをぶつけなきゃいけない
仇討ちは正しい事だとは思えない、でも彼女の怒りをあいつにぶつけないと彼女は前には進めない
「幸平!!ルファードは俺が止める、君とリン軍曹は周囲の警戒を……この男は私が本気を出さなければ勝てないんだ」
「分かり……ました」
ラングレイさんが本気を出さなければ勝てない相手、つまりラングレイさんでも勝てるかどうか分からない相手だという事か
俺がぶつかっていっても、どうにもならないという意味だ
———————
遠くで剣戟の音がする、聞いた事もないような激しい鉄と鉄のぶつかり合いの音
かなり遠くからのように聞こえる、まるで壁を隔てた先の俺が届かない場所
「幸平、お前……泣いてるのか」
「えっ……」
言われてやっと気がついた、涙が頬を伝っていた
「ミラちゃんに、あいつを殺せって頼まれた時……正直戸惑いました」
「幸平がいた国って戦争が無い上に魔物がいないしどころか魔王だっていないんだろ?いいよな……平和そうだ」
「殺人事件は起きます、だけど真っ当に生きていたら人を殺す事なんかまずしないし……見る死体は年老いて死ぬ両親くらいで……殺人は重罪ですし」
「そりゃこの国も変わらない」
「俺、あんな風に子供が誰かを強く憎むなんて悲しくて……でも、同時にあの男が許せなくて……だから、ミラちゃんの気持ちをぶつけなきゃいけないのに……俺が!!」
「人間が殺した死体を見るのは、兵士をやっていれば幾つか見るけど……あんな酷いのは初めてだしミラちゃんのあんな姿を見て許せないのは同じだ……それに」
「それに?」
「あいつに怒りをぶつける事が出来ない悔しさは俺だって同じだよ」
———————
ルファード・エルスターは魔法・射撃・剣術……全てを使いこなすまさに攻撃のエキスパートと言える存在だ
奴が兵士として入隊を志願したのは15歳の時、戦闘センスは頭一つ抜けていた
1人でなんでもこなせるよう、ルファードは努力をした
射撃、魔法・剣術を磨き周囲と差をつけていったが、彼の才能を妬む者も少なくなかった
ルファードは下民の出身だった、下民は相当に実力を磨かなければ上には上がれない
訓練期間を終えてから1ヶ月足らずで少尉にまで昇格し、周囲を恐れさせた
「この男は革命を狙っているのでは無いか……いや、革命が起きるのではないか」と
ルファードは気さくな性格で、周囲を和ませる不思議な力があった
やがて彼を慕う人間が現れ、彼を中心に輪が出来ていった
だが、それをよく思わない人間はやはり現れる
貴族出身の兵達である、騎士になるには兵士としての経験を積まなければいけないため貴族出発の兵士は少なくない
「奴を生かしておけばよくない事が起きる」
ある日、ルファードの暗殺計画が立てられた
———————
隣国、エルネーベ王国との戦争で補給線を叩く計画が立てられ補給線破壊作戦の隊長にルファードが任命された
補給基地の爆破作戦で、ルファードは基地の最奥に爆薬をセットし制限時間内に脱出すれば成功だったがあろう事か仲間がルファードを基地の最奥に閉じ込め爆発に巻き込もうとしたのだ
「お前はさぁ、目障りなんだよ!下民出身の癖に頑張っちゃって……俺たちを見下してさぁ!!穢れた血で誇り高き国立軍を穢すなんて、許されないって分かれよ!!」
ルファードはこの言葉を聞いたという、しかしルファードを部屋の中に閉じ込めるなんて事は不可能だった
ルファードは18歳にして、斬鉄を極めていた
彼を殺そうとした男は、あり得ない光景を目撃した……斬撃で真っ二つに割れる鉄の扉
そして、憎悪に満ちた青い瞳
隊長の権限で、ルファードは自分を嵌めようとした者全員を処刑した
厳しい拷問にかけ「答えてやればお前だけは助けてやってもいい」という言葉を使い、共犯者を炙り出した
ルファードは、その言葉を裏切り全員を処刑した
———————
ルファードには妹がいた、4つ離れた可愛い妹だ
俺は下民出身だった事もあり何度かルファードの家に行き、一緒にお茶を飲んだ
ルファードの妹の名前はシア・エルスターという
少しブラコンの気はあったものの、礼儀正しく心優しかった
俺とシアは7つ離れていたが、俺はシアに心惹かれていた……勿論、この事はルファード以外は知らない
いた……という事は、シアはもうこの世にはいない
シアは死んだ、心を病み自ら命を絶ったのだ
その日、雨が降っていた
傘すら役に立たないほどの強い雨が
「ルファード!!どういう事なんだ!?これは……!!どうしてシアが……」
「シアが包丁を心臓に突き立てて……蘇生屋に連れていったが、心臓が破壊されているからもう助からないと……!!」
「ルファード、手に握っているそれは……」
「駄目です!!貴方は読んではいけない……貴方は、読んではいけない……!!」
後からわかった事だがシアのお腹には、子供がいた
この街には、強姦魔がいる……誰も捕まえる事が出来ない卑劣な犯罪者
貴族という立場を利用して、たとえ訴訟されても権力の力でもみ消される
シアは、美しい少女だった
彼女の美しさを知る性犯罪者達が立場を利用して、食い物にするのではないかと心配していたが俺の力ではどうにも出来なかった
「シアは、貴方を愛していた……貴方なら、シアを幸せに出来ると、なのに……!!」
遺言状は、彼女の絶望に満ちていた
愛していない、名前すら知らない男の子供を孕んだ痛みと絶望
いずれ生まれ出ようとする赤子への不安と絶望
俺と結ばれたいという願いと、それが叶わぬという絶望
自分の腹の子を自分の手で殺せぬという母の情と、絶望
そして自分の身体を弄び、傷つけたあの男を殺してやりたいという殺意が長々と書き殴られていた
———————
「この世界は狂っている……何故シアが傷つけられ、自ら命を絶たなければいけないのか疑問に思わなかったんですか?」
「ああ、間違っている!!だから、俺は軍に残って騎士を目指し、一等騎士にまで登り詰めた!」
「それまでに、何人の罪無き人間が死んだんですか!?」
「数えきれないほどだ……だけど、俺はオルディウス王と共にこの国と戦っている!!」
「貴方のやり方では遅過ぎるんですよ!!」
「テロなんてやり方で、世界が変わるわけが無い!!例え変わっても、歪な世界になるんだ!!」
「権力者を駆逐しなければ、あの国は変わらない!!」
「無理矢理変えても、また新たな権力者が生まれるだけだ!!」
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「ワシを襲ってきたあの男、権力がどうのとか貴族がどうのとか言っているが馬鹿な男だな」
ゴルニスが呟く、この流れで言われると少しムッとする
「世界はどう足掻いても平等にも対等にもならん、ワシが奈落に落ちても誰かが冨を手にしようとする。冨を手にした人間はそれで好き勝手をやる……貴族をどうにかして全員殺してもその下の連中が貴族になる」
「確かにその通りですが、俺も大嫌いなんですよ貴族様っていうのは」
リン軍曹がかなり嫌味ったらしく言う
「ちょっちょっと、リン軍曹!」
「構わんよ、金持ちというのは懐が深く出来ている」
いやいや、そんな事は無いだろう
馬車に乗っているだけで疲れただの散々ワガママを言ったり、魔物を食うなんて下民の事なんか理解出来ないとか言っていただろ
「理不尽な事をお前らが言う下民達に強いてきたんだ、人々の平和のために働く兵士としては理不尽な殺しもテロリズムも認めないがね!殺そうとされても文句は言えねえよ」
「ああ、その通りだ……」
「ウッぐうぅぅぅ……」
ゴルニスが血を吐く、腹部から刃が突き出ている……がその刃の持ち主がいない
「あぁ……があぁ……がふっ」
刃を動かし、頭部まで一気に斬り裂かれ絶命する
「な、何が起きたんだ!?ゴルニスのおっさんが、死んだ!?」
———————
何かを察知したかのような素振りをルファードが見せる
「邪気を感じない……ゴルニスが、死にましたね」
「何!?」
振り返ると、身体を斬り裂かれたゴルニスが息絶えているのが見えた
頭までダメージが及んでいるので蘇生は無理だ、任務は失敗という事になる
リン軍曹と幸平がついていながらどうしてこうなったんだと舌打ちをする
「これで俺たちの任務は完了、だけど……せっかくですので、一等騎士ラングレイ・アルカストロフ!!貴方は今日ここで討ちます!!」
———————
「貴族は特別な命だとか、選ばれし者の血だとか言うけど……何が違うのか俺には全くわからない」
ズルリと剣を引き抜くダークグリーンの髪の男がドットが形成されるように姿を現す
「ステルスの魔法、インビジブル……やられた!!」
リン軍曹が悔しそうな声をあげる
だが一体どういう事だ、剣を振るう時や何かしらの攻撃をする時は殺気を発するものだ
実力が無い俺が生き残るため、相手の動きを読んだり殺気を感知する力を習得したが……
「こいつ、まるで殺気を発していない……」
「えっ」
「例えば遊び感覚で子供がナイフを持って刺したらどうなる?子供には殺すつもりが無いんだ、そうしたら殺気なんか発さないだろ?」
「あ……」
「心外だ、俺は任務を全うしている……ただ理想のために邪魔者を消しただけの事」
「邪魔者だと!?」
「ああ、ゴルニス・アルダインがこの世界に何を成す?奴がいるためにこの国は狂っている、奴の為に犠牲になった者がいる。奴はこの世界に不要な人間だ」
言葉が返せない、悪態をついて自分の権力を振りかざして自分の身を守って……彼のような人間がいるから貧富の差が生まれるのにそれを悪びれもせずに受け入れている
「だけど、亡くなったエルオーサさんは貧富の差を無くそうと努力していたんだろ!?オルディウスのオッサンだってそうだ、この国は変わろうとしている!!」
「権力者が変えても意味が無い、この世界から権力そのものを失くさなければな」
「この世界から権力を無くすって……」
「幸平、問答は無用だ!!こいつを絶対に逃すな!!」
「有象無象の兵に……召喚者か、前者はともかく後者は後方の憂いとなるな……今ここで始末しよう」
続く
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