第1話 2章
5
5年前の2033年。歴史的な激動の中で、それは姿を現し、翌年2034年には、世界中に認知されることになった。
ある一部の人間は、体からオーラを発することができるようになった。それによって、身体能力を増強させることが可能になったのだ。まるで、漫画の世界の超人である。この未知なる力を解明しようと世界中の学者が挑んだが、東洋神秘の力に対し、大した成果を上げることはできなかった。
このオーラは、戦闘の意思があるときに発せられるために『闘波』と名づけられた。闘波を纏った打撃は、相手の身体を傷つけることをせず、相手の闘争心、邪心のみを殺ぐということから、当初は『
闘波は、チベット密教の秘術、中国の歴史ある気功術、インドの魔術、そして西洋の黒魔術の融合によって生まれた邪術であると、世界を一変させた張本人――チベットの密教徒であったが、ヒンドゥー教にも造詣が深かった――は記録に残していた。大半の人間は、そのオカルトな記録を信じていなかったのだが。
結局、その術士も罪の意識から自殺をしてしまい、全ては有耶無耶になってしまっていた。
『インド独立の父』と呼ばれるガンジーは、原理主義者ゴートセーの凶弾に倒れてこの世を去ったが、決して後悔はしていなかっただろう。それほどまでにヒンドゥー教の経典『バガヴァッド・ギーター』の教えを尊んでいたからだ。
一方、闘波を世界中にばら撒いた術士は、ガンジーのように非暴力、非服従を遵守していたが、彼ほど強い意志を持ち合わせていなかった。ゆえに、現実で通用する武器を求めてしまった。『非暴力』という精神の武器を手にした人間が、銃や圧政という現実の武器を前に、なすすべもなく倒れていく。その光景を幾度も見続けるうちに絶望してしまったのだ。
結論だけを見れば、彼は敵との闘いにおいて、現実的な勝利を収めた。しかしながら、その代償は計り知れないものだった。彼は、世界を一変させてしまったことと、他の宗教の力を好き勝手に利用してしまったことへの罪悪感から、自らこの世を去ったのだ。
彼が死んでも、闘波は世界中に蔓延し続けた。その謎多き外道の力は、全人類が扱えるものではなかった。視認すらできない者もいるのだ。闘波を、その身に宿すことのできる者は、稀だった。
悲しき背景を持つ、ミステリアスな力である闘波。……それを扱うことのできる者たちが、よりにもよって年端もいかない女性アイドルに限られるということは、不可解極まりなく滑稽ですらあった。
ともかく、どれだけ不可解で滑稽だとしても、アイドルたちが……アイドル”だけ”が、闘波の資質を持っていることは紛れもない事実である。世界中で期待されている闘波の可能性は、彼女たち『闘波使い』の働きに掛かっていた。
そして『闘波使い』の中で、芸能事務所に属している者は『ファイター』と呼ばれていた。現在において、最も輝かしいスターである。
「へー。松野詩鶴さん……ファイターなのか」と、イベント主催者は満足げに言った。
「はい。昔から空手をやっていましたから……」詩鶴は、この後に「闘波に頼らなくても強いですよ」とアピールしたかったが、思いとどまった。今日はアイドルとして仕事を請けたのだから、格闘の話は余計だった。それに、闘波を扱えるようになり、正式にファイターと認められたのは、2ヶ月前のことなのだ。
「じゃあ、人気を増やして、どんどんと強くならないとね」
「はい」詩鶴は引きつった笑顔で答えた。営業スマイルとしてはギリギリ合格といったところだった。
詩鶴は心の中で毒づいた。アイドルとして人気を博することが格闘の強さに繋がるなんて……世も末だ。
「そして、
「任せてください!」美月は自信満々に応えた。
彼女たちが請けた仕事は、最新ゲームの発表会で、あるゲーム会社の新作ゲーム紹介ブースの進行役だった。詩鶴は、このような華やかで浮ついた仕事を請けるたびに、自分の”本来の目的”が達成できるだろうかと疑いたくなった。ファイターという珍しい職業により優遇されているとはいえ、知名度は、事務所の先輩には遠く及ばないのだ。
本当のところ、詩鶴はアイドルに憧れたことなどなかった。できることなら、なりたくなかったのだ。しかし、自分の目的のためには、闘波を使いこなす必要があり、闘波を使いこなすためには、このようにアイドルとしての人気を得なければならなかった。己を偶像にして話題となり、大衆からの支持を集め、さらに多くの闘波を集めていく。そして、それの繰り返し。そうでなければ、ファイターのトップに立つことができないのだ。
「彼女たちが、今日の……」五光プロのファイター二人が立ち去ったあとに、アルバイトの青年が呟いた。彼は女性アイドルが好きだったが、この二人に関しては詳しく知らなかった。美月は名前が聞いたことがある程度であり、詩鶴に関しては記憶にもなかった。
「ああ、アイドルの中でも『ファイター』と呼ばれる人たちだ」と、主催者は、そっけなく応えた。彼は闘波を感知できない体質であり、世間で騒がれ続けている、このオカルトに興味が持てなかった。彼の関心ごとは、主に経済と政治だった。
「ファイター! 闘波を見せてもらえばよかった」青年は、はしゃぎながら悔やんだ。
「そんなにすごいもんかね?」
「そりゃ、超能力者ですよ。言ってしまえば! 『アイドルファイト』は、見てないんですか?」青年は訊ねた。
「見たことはあるよ。ちょっとだけね」と、主催者の男は、またしても、そっけなく答えた。
『アイドルファイト』とは、日本の放送局NTKによる大人気テレビ番組である。内容はリングの上でファイターたちが戦う格闘番組である。「興味ない」という人はいても、全く知らないという人は、まずいないだろう。
この主催者は興味ないどころか気に入らなかった。あの番組を見るぐらいならば、K-1や、相撲中継などの、プロの男たちによる熱い駆け引きを見てるほうが良いというのが彼の持論だった。たしかに、闘波によるバトルは、ワイヤーアクションさながらの派手な動きを見せてくれるが、繰り出す技はどうも大味であり、見応えがあるとは言えなかった。それに、どのファイターも真剣にバトルをしているとは思えなかったのだ。格闘技のイロハも知らない、容姿が良いだけの少女たちが、体が痛くならないことをいいことに、リング上で可愛さアピールしているだけにも見えて、それが鼻についた。酷いファイターだと、CDやイベントの宣伝機会を増やすために、嫌々、戦っていることがテレビからでも丸分かりなのだ。
イベントは盛況だった。話題になっていたゲームソフトが揃っていたことが大きな理由だったが、進行役を担当したアイドルたちが、そのセールスポイントをしっかりと認識したことも一役買っていた。
詩鶴は、愛想がいいとは言い難いが、落ち着いた解説ができていたので、まずまずといったところだった。周囲の注目の的となりながらも実力を出しきらねばならない状況は、今までに何度も経験していた。それを思えば、台本を淡々と読み上げる司会進行などは、空手の大会と比べ、さほどプレッシャーを感じなかった。
彼女が司会を担当したゲームは、ファンシーであるが、タイミングが要求されるシビアな音楽ゲームだった。持ち前の集中力によって、高得点を叩き出したとき、会場は一番の盛り上がりをみせた。もう少しで自分の点数が抜かれてしまうのではないかと、開発ディレクターは冷や汗をかいた。
一方、美月の仕事ぶりは、主役のゲームを食う勢いだった。第二次世界大戦時のイギリス軍スパイを主役にしたこのゲームは、世界各国の武器を扱えることをウリの一つにしていたが、美月は、画面に映ったライフルの正式名称を瞬時に言い当てるばかりか、その武器が製造された理由などを細かく説明していた。一時は、観客の武器オタクと熱いトークを繰り広げ、思い出したようにゲストの出演声優に水を向けた。出演声優は「……はい。アイテムはとてもリアルに作られていると思います」と弱弱しく、答えることしかできなかった。
『司会のお姉さんの知識量がハンパない』という題名で投稿された動画付きSNSは、瞬く間に一斉に広まった。はからずもコマーシャルとしては一番の成果を挙げていた。
「彼女は何者だね?」と、記者の一人が、他の記者に尋ねた。
「コンパニオン会社の派遣ではありません。一応、アイドルですよ。と言っても、売り出し中ですが……五光プロダクションの芒崎美月という子、聞いたことありませんか?」
「いや、それは知らないが、アイドルに、こんな物騒なゲームの司会をさせていいものか」
「適材適所だと思いますね。彼女が自分から申し出たとしても驚きはしませんよ。なんたって、彼女はサバゲーをすることで有名な女性ですし、さらに近接格闘術をマスターしているファイターなのですから」
「すごいですね。美月ちゃん! さっきからマシンガントーク連発で!」
「いえ、今はスナイパーライフルの話です」
観客の多くが声を出して笑った。
「あれは天然かね?」記者が訊ねた。
6
詩鶴が
紅露りぼんは、いまや日本で大人気アイドルグループ『フェニックス』のリーダーだった。高校2年生の彼女は、少女と大人の中間に位置しており『思春期の象徴』と認識されていた。彼女は歌と演技力の両方を高く評価されており、トークはあまり得意ではないが、それを除けば完璧超人だと誰もが認めた。彼女と関わった多くのディレクターやベテラン歌手、ベテラン俳優は、彼女に一目を置いていた。まさか、彼女が芸能界に入ったのが一年前だとは誰も信じないだろう。恐るべきスピードでトップアイドルとなったカリスマ少女だった。
そんな彼女は、闘波の素質を持つ者であり、芸能事務所『センチュリオン』最強のファイターでもあった。
「松野さんですね」と、りぼんは言った。
詩鶴は顔を顰めた。その理由は、年下の先輩というポジションに対して、どう振舞えばいいかイマイチよくわかっていなかったからだ。いや、それ以前に、彼女の性格が好きじゃなかったのだ。一番気に入らなかったのは、彼女がファイターであるということだった。
「ああ・・・・・・貴方は紅露さんですね」と興味なさそうに応えた。
「りぼん・・・・・・でいいですよ」と優しく笑った。
詩鶴は、どこかこそばゆい感じのする名前を口にしたくなかったが、仕方なくその名前を呼ぶことにした。こいつは、私のような新人なんかと親しくなりたいんだろうか?
「で、りぼんさん……何か用……ですか?」
「ええ、今度、『アイドルファイト』で手合わせしますよね?」
「え? りぼんさんが相手でしたっけ?」詩鶴は次の相手のことを、あまり気にしていなかった。
「そうですよー。私、先週の松野さんの試合を見ました」と、りぼんはウキウキしながら言った。その試合は売れていない同士の対決であり、詩鶴があっさりと相手を倒してしまったために、テレビでは30秒しか流れなかったものだった。
「すごかったです。あの回し蹴り、私も真似したんですよー」
「あーそう」と、詩鶴は全く嬉しくなさそうに言った。「で、りぼんさんは、何の格闘技なんです?」
「かくとうぎ?」りぼんは、きょとんと首を傾げた。
「ほら、戦闘スタイルですよ。空手とか・・・・・・ボクシングとか」
「えっと、私・・・・・・知らないんです。何も習ってなくて・・・・・・でも、私のグループの決めポーズを取り入れたいと思ってるんです」
ほら、この有様だ! と、詩鶴は心の中で毒づいた。こんな連中がリングに上がり、プロの格闘選手以上に戦えてしまっているという現状に吐き気がした。
「じゃあ」と、詩鶴は冷たく去った。
「ええ。呼び止めてすみません。では、正々堂々闘いましょうね」と、手を振った。
「正々堂々闘いましょう」・・・・・・これがド素人が、空手を10年以上続けてた人間にかける言葉だろうか。詩鶴は腹立たしくて仕方がなかった。
『アイドルファイト』は、ファイター同士がリングで戦うだけでなく、その番組内で売り出し中のアイドルが新曲を披露し、イベントがあれば告知もしていた。
まだ謎が多いものの、闘波がアイドルの身体に宿ること、そのアイドルは、今までの常識を覆す戦闘能力を持つことが、アジア神秘主義調査委員会――急造ではあるが、政府公認の組織であった――によって、発表された後、テレビ局のNTKが真っ先に目を付けた。これを後押ししたのは、様々な組織だった。
まず、一部のフェミニスト団体が褒め称えた。今までの女性アイドルを『男性に媚びた、女性の品格を落とす恥知らず』と非難していたその団体――団員の多くは中年女性だった――はファイターの存在を快く受け入れた。『男性には不可能であり、女性だからこそ可能な神秘の力』という言い回しは、彼女たちを大いに満足させた。女性が弱いというのは時代遅れである。いまや、男性以上に力を持つ。そうアピールすることができるのだから、たいそう、お気に召したのだ。
一方で『女性同士を戦わせて見世物にしている』という批判を行う別のフェミニスト団体もいた。その批判が正しいかどうかはともかく、少なくとも、今までにK-1やボクシングを見て『男性同士を戦わせて見世物にしている!』と憤慨している者はいなかったので、それに賛同する者は少なかった。
このアピール材料は日本政府にとっても、ありがたいことだった。日本は、何かにつけて、諸外国から女性への差別が著しいと非難されていたから、屁理屈でも何でも女性が活躍している場面を血眼になって探し出し、ことあるごとにアピールしなければならなかったのだ。理由はわからないが、日本人は、比較的、闘波の素質を持つ者が多かったので、これは好都合だった。
そのような後押しがなくとも、このセンセーショナルな企画は成功していただろう。事実、闘波を用いた格闘技は緻密さはなくとも派手さがあったし、小・中学生の男子にとっては、特に面白いものだった。この年頃の子供たちにとって、ファイターは『格好良く頼れるお姉さん』だった。
成人男性の意見としては、ただの小娘が特権を得ていることに対する僻みの声もあったが、大半は好意的だった。ファイターは、憧れる超人ヒーローであり、同時に守ってあげたくなるような少女でもあった。それがアンビバレンスな感情を湧き立たせるのだ。
格闘技に興味のない女性も、優雅に戦うファイターに対しては、良い印象を持っており、野蛮さを感じさせない試合は、楽しく見ることができた。全力で戦っても痛みを負わないという、ご都合主義といわんばかりの闘波の性質が功をなしたのだ。
ファイターの存在によって、全世界の女性が、自信を付けたということは疑いようもなかった。しかし『アイドルファイト』はあらゆる意味で特別な試合であろうと、テレビ番組であり芸能の範疇なのだ。ゆえに、その華々しい闘いの裏は、芸能界の深い闇に覆われていた。
7
「くくる! ただいまー!!」詩鶴の張り詰めていた緊張が解け、彼女は一気に腑抜けてしまった
靴を脱ぐと、一目散に同居人の横に座った。同居人は「おつかれさま」とねぎらいの言葉をかけた。こうなるのはいつものことだった。
詩鶴は、大学1年生だった。この春より実家を離れ、同じ大学に入学した幼馴染と一緒に、大学寮に住んでいた。
幼馴染の名前は藤宮くくる。艶やかな黒いのセミロングの髪と、フレームの細い眼鏡が特徴的な美人だった。高校生時代は、彼女の眼鏡姿に心を惹かれた男子は山ほどいた。彼女をものにしたい男子は多かったが、彼女を10年以上独占してきたのは、詩鶴だけだった。
「もう聞いてよ。くくる」詩鶴は甘えた声で言った。
「うん。聞くよ。何があったの?」と、くくるは詩鶴の両肩に手を置いた。
「仕事、疲れた?」
「仕事はいいの。でも、嫌なことがあって……」ただしくは「嫌な奴に遭って」だと心の中で訂正した。
「だから、あんな怪しい賭博場はほどほどにしとかないとって言ったのに……」
「そのことでもないの」それを聞いて詩鶴は思い出した。そういえば、今日は仕事前に胡散臭い場所でバトルをしていたのだった。
「ごめんね。迷惑かけて・・・・・・」と詩鶴は謝った。
「何が?」
「ほら、今日、マネージャーから電話なかった?」
「ああ、そのことね。ちゃんと間に合った?」
「うん」
「そう。それはよかった」くくるは、詩鶴が怪しげな場所に入りびたることを好ましいと思えなかったが、あのような格闘場は、詩鶴にとって必要であることも理解していた。あそこは、彼女の高ぶる気持ちやストレスを発散できる場所なのだ。それに、芸能活動にプラスになる面もあるのだ。正体が分からずとも、熱狂的なファンを得ることは、彼女の闘波を増幅させることになるし、空手以外の格闘技について、実践で学ぶことのできる場所なのだ。
「・・・・・・今日、イベントで紅露りぼんって人にあったの・・・・・・」詩鶴は徐に愚痴をこぼしはじめた。くくるは親身になって、聞き手に回った。闘いを知らない素人がリングに上がることへの怒り。自分の将来の不満。くくるは、全てに相槌を打って聞いた。
「うん。悔しいよね。・・・・・・詩鶴ちゃんが一所懸命なのは、私がよく知ってるから・・・・・・」
詩鶴は、自分の気持ちを吐き出したが、くくるにも言えてないことがあった。紅露りぼんと別れた後、彼女は追いかけてきたのだ。まだ何か用があるのかと思っていたら、彼女は先ほどのことを詫びたのだった。
「すみません。私のような素人が、あんなことを言ったら、長年、空手を習っていた松野さんにとっては、不快に思われてもしかたありませんよね」
全くそのとおりだったので詩鶴は驚いてしまった。「別に不快には思っていませんよ」と、とっさ嘘をつくしかなかった。そこまで不快だとわかる表情を彼女に見せてしまったのだろうか。そうだとしても、このように具体的な謝罪をする彼女は、こちらの心を読んでいるようで、気味が悪かった。
「よろしければ、このあとお食事でもどうですか?」と、彼女が誘ってきた。
「いえ、結構です」詩鶴は断った。雰囲気に呑まれて思わず、承諾しそうになっていたが、間一髪、夕食の準備をするくくるが思い浮かび、その言葉を吐き出した。
それにしても、このトップアイドルは、どうして私のような底辺アイドルを気にかけるのだろうか? 勝者の余裕というやつだろうか? と、僻んだ考えが思い浮かぶたびに、自分のちっぽけさを自覚してしまい、詩鶴の心が傷ついた。彼女に見つめられると、自分の身が持たなくなりそうで、恐怖すら覚えた。
「それは残念です」と、彼女は本当に残念そうな顔をした。「でも、貴方とは、いつかお話してみたかったんです」りぼんはにっこりと笑った。
詩鶴は、その笑顔を見て、不覚にも心がときめいてしまった。先ほどまで不快であると思っていた相手だというのに……彼女に微笑みかけられただけで、虜になってしまいそうだったのが、何よりも恐ろしかった。
この大学寮に帰り、くくるを見て詩鶴は安心した。やはり、私には、この愛しい幼馴染がいてくれればいい。彼女の前では、全国一のアイドルだって霞んで見えるんだ。詩鶴にとって、彼女は特別な存在だった。ただの幼馴染、親友以上に、大事な存在だった。
そう思いつつも、紅露りぼんのことを、完全に忘れ去ることはできなかった。
くくるが作った夕食を二人で食べると、詩鶴は疲れで壁に凭れて眠ってしまった。くくるは、筋肉質の彼女を持ち運べるほどの力を持っていなかったので、彼女の姿勢を正して、かけ布団をかけた。
「・・・・・・か・・・しま」
詩鶴の寝言に、くくるは眉をひそめた。それは他の女の名前を呼んだからではなく、詩鶴がその女性に、囚われていることを思い出したからだ。それは詩鶴の人生にとって良いことかもしれない。それは悪い結果を招くかもしれない。ただ大きな影響を与えていることは確かなのだ。
詩鶴は、闘波やファイターを蛇蝎のごとく嫌っている。そんな彼女をファイターにさせてしまうほどに、鹿島紅葉の存在は大きかったのだ。
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