第0話

0話


 2038年 4月 セレベス海上

  

 「ようやく、話を呑んでいただきましたか」と、妙齢の女性は部下の男に尋ねた。

 男は、言葉の意味を理解すると「ハイ ウマクイキマシタ」と、カトコトの日本語で答えた。

 女性は、海上に設えられたコンクリートの足場を踏みしめた。まだ仮設足場であったが、他の人工島と同様、この地が交易の要となっていくことは明らかだった。この地は、北に位置するフィリピン島と橋で繋がることとなるし、西に位置しているブルネイは東南アジアの石油産出国なのだから。このイスラム教国を説得するのには骨が折れた。しかし、本日めでたく協定を結ぶことができた。ブルネイ国王からの信頼を得たのだ。

 「これも彼女たちのおかげなのかしら?」女性は誰にも聞かせるわけでもなく呟いた。

 「皆さんが、私たちを支持してくださって、本当にありがたく思いますよ」女性は笑みを浮かべた。

  

 女性は数時間の視察を終えた後、大型ヨットに乗り込んだ。このままフィリピンのマニラ空港に行き、日本に向かう予定だった。

 彼女は自信家だった。事業だけでなく第六感に関しても、誰よりも優れていると自負していた。その彼女の直感が椿事の予兆を告げていた。それが吉となるか凶となるかは、彼女自身にもわからなかった。


 『経済の要は東南アジアだが、神秘の要は日本にある』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る