第5章 ふたつ星の誕生(11)

「いや。本当はそうしなければならないんだが、エナの前の巫女サザメが亡くなった時、その勇士は村から追放されることで済ませてる。だから、私もその例に倣うことにする。また、新しい巫女と勇士を迎え入れるためには、こうするしかないんだ」

 申し訳ないという謝罪の言葉はない。だが、それは遥か昔からの掟に従って行動しているだけの沢霧の村長にとっては当然のことなのだろう、と雪也は思った。

「俺とエナの子供たちは、どうなる?」

「彼らは我が村で育てる。偉大な巫女の血を引く精霊に近い子供たちだから。皆で大切に育てるから、どうか私たちを信じてほしい」

「無理にでも連れて行くと言ったら?」

「精霊の力を甘く見ない方がいい。子供たちに災いが降りかかるかもしれないし、君自身に良くないことが起きるかもしれない。どのみち、こんな雪の中、与える乳もないのに連れてはいけないだろう」

 雪也は深く溜息をついた。エナの早すぎる死というのは、思った以上に勇士である雪也にとって残酷な現実であった。エナとの唯一の思い出、そして絆の証である双子を手放さなければならない時点で、雪也はこの世から葬り去られた気がした。

 結局のところ、雪也の選択肢は追放を受け入れることしかなかった。明日にでも出ていくようにと告げられた時には、さすがに憤りを感じたものの、実はいつ沢霧の村を出るかなどはもはや意味のないようなことに思われた。

 たくさんの食糧を与えられ、近隣の村の場所などを教えられ、雪也は残りの時間を双子と共に過ごした。驚くほど柔らかい頬に触れ、エナにそっくりな大きな瞳を覗き込んでいると、知らぬ間に目尻から涙が零れ落ちていた。

 この時代に飛ばされたことに、どんな意味があったというのだろう。

 愛する女性と出会えたことなのだろうか。だが、エナはあまりにも早く死に、遺児たちとも明日で別れなければならない。その上、未だに現代への戻り方もわからないまま、真冬の空の下、追放されるのだ。

 エナはとうとう雪也に、精霊が見せた恐ろしい予言を明かさなかった。しかし、エナが何かを見て、ひどく怯えていた理由が何だったのか、今の雪也には想像がついていた。

 それは、愛を手に入れた後に、全てを失うということだったのだ。


 夜半、双子がすっかり寝入ってしまうと、雪也は最後の思い出にと考え、焼き尽くしたあの家に向かった。

 改めて見ると、驚くほど全てが燃やし尽くされ、焼かれた土の塊や灰がまだ燻ぶり、焦げた臭いを漂わせている。粉雪が空からひっきりなしに降っているが、家は未だに熱を帯びていて、白い小さな粒はあっという間に溶けてなくなってしまう。

 雪也の足は無意識のうちに、エナが横たわっていた家の奥の祭壇付近に向かった。

 ほとんど姿を残していない木材の灰やレンガ状に固まってしまった土が見えるだけで、もうそこにはエナがいたという痕跡すら見えない。

「エナ、ちゃんと旅立ったよね?」

 雪也は家の側に落ちていた木の棒を持ってくると、祭壇の手前をかき回し始めた。大きくて木の棒で動かすことができない残骸は、手でどけて、また木の棒でエナの痕跡を探し求める。

 全てが焼失してしまったのに、こんなことをしても無駄だと心の中ではわかっていても、木の棒を動かすことを止めることができない。

 毛皮のコートの袖に、だいぶ雪が被さってきた。もういい加減、引き上げよう。

 そう思った時、棒の先が何か硬いものに触れた。しゃがんで、手で灰を掻き分けると、緑色の石が出てきた。それは、エナが常に身につけていた翡翠の大珠だった。

 大珠に付着している灰をそっと指で払っていると、雪也は指先が暖かくなっていることに気が付いた。どういうわけか、翡翠が熱を発しているようだ。そして、突然、雪也は眩しさを感じ、目を閉じた。

 翡翠の大珠は、白く透き通る光を放ち、みるみるうちに雪也の体を包み込んでいく。それはまるで、繭の中に閉じ込められていくようだった。

 ――ユキヤ、聞こえる?

 再び目を開けた時、雪也の周囲は一面の積雪に覆われたかのように真っ白い光で満たされていた。どこからか、聞き慣れたエナの声が聞こえる。

「エナ?! そこにいるの?」

 ――どこにいるかは、ちょっとわからない。でも、あたし、世界のどこかにいるの。精霊が守ってくれてるから心配しないで。

「そっか……」

 ――ねぇ、ユキヤ。ありがとう。大好きよ、ずっとずっと。またいつか、一緒になってね。

 それはそよ風のような笑い声と共に降り注ぎ、そして、静寂が訪れた。

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