第5章 ふたつ星の誕生(10)

「この家ごとエナを火葬しようと思うんだ。煙に乗せて、エナを天に返したい」

「なるほど、それはいい考えだな」

「かなりの薪がいるぞ。それに、この家は土壁だから風通しをよくして、うまく燃やさないと天まで煙が届かない」

 カケルは素早く行動し、村中のありったけの薪を用意させ、火葬のための道具や人を集めてくれた。その間に雪也は家の中を確認したが、手元に置いておきたいものは何一つなかった。

 エナを思い出すには双子の赤ん坊たちだけで十分だ。その代わりに、エナの体をきれいにし、服も髪飾りも新しいものに着せかえてやった。

 本当は色とりどりの花で埋め尽くしたかったが、さすがに真冬では無理だ。しかし、装飾品がエナを偉大な巫女として際立たせ、安らかな顔はいつものように華やいでいるように見えた。

 さあ、いよいよ、エナを天に返す儀式が始まる。村人たちは毛皮の衣服を着込んで、雪也とエナが住んでいた家の周りに集まり、元気な男たちがカケルの指示に従って、家を燃えやすいように加工していく。

「天井の前後が開いてるけど、地面に近いところもいくつか穴を開けた方がいい」

「わかりました」

 この間、女たちは家の周囲を泣きながら、そして精霊を呼び寄せる歌を歌いながら何周も歩いた。その先頭にいるのは、ミヅキだ。アキとキララもエナの子供たちを抱きながらその列に加わっている。

「さて、燃やそうか」

 一通りの準備が終わり、アセビ爺が雪也に声をかけた。雪也は家の中へ入り、炉の炎から火を分け取って壁際に積まれた枯草に移した。

 この炉の炎は、夏の間も絶やすことはない神聖な精霊の宿る炎なのだ。エナの亡骸は家の奥の祭壇の前に安置され、壊された精霊像が何体かばら蒔かれ、その周りにも薪が積まれている。

 雪の湿気を含んでしまっている家はなかなか燃えない。村人たちは火を強めようと風を送ったり、乾いた薪をくべたりしている。

 その甲斐あって、炎は壁や柱に燃え広がり、徐々に強さを増していった。

「勇士様、もうそろそろ外に出てください」

 最後までエナの側に佇んでいた雪也は、戸口から聞こえた声に我に返り、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。

 天井や壁に開けた穴から、白い煙がどんどん天に昇っていく様子は、本当にエナの魂が精霊と共に旅立っていく道のように見えた。

 しばらくすると、家の内部で柱や梁が大きく崩れる音が聞こえた。その瞬間に、奥まで見えていた家の中が、紅蓮の激しい炎に包まれる。

「エナ……!」

 これでもう、エナは永遠に触れることのできない遠い場所に行ってしまった。

 とてつもない勢いの炎は内部を焼き尽くしているが、屋根はまだ崩れ落ちていない。強力な熱のせいで、内部の支えが崩れ落ちてしまったにも関わらず、ドーム状に屋根が固まり、窯のようになっているのだろう。

 煌々と燃え盛る炎の揺れを眺めながら、雪也はふと思い至った。

(ああ、これが宮畑遺跡の焼失住居なんだ。俺が双子を生んだエナの再生を願って考えた葬送方法だったんだ)

 そして雪也は、隣で火葬を見守っているカケルにあるお願いを言った。

「……わかった。沢霧の村らしい習慣になるだろうね」

 全てが燃え尽きた時、泣き叫んでいた女たちの声も、アセビ爺の精霊を呼ぶ声も、一切が止んで、静寂だけが残った。粉雪が降る音が聞こえてきそうなくらいの静かさだった。

 これでエナはすっかり天に返ったのだ。だから、いつかまた精霊と共に地上に戻ってきてくれるだろう。

 この日、雪也は村長の家で双子の赤ん坊たちと一緒に眠った。エナが傍らにいないことが夢のようで、実際に眠れたのかどうかは定かではない。ただ、夢と現の間を行き来しているような心地で朝を迎えた。

 山菜の汁を飲み終わると、カケルは人払いをして雪也に対面した。

「あまり告げたくないことなんだが、言わなきゃいけないことがある」

「何?」

 カケルは本当に言いにくそうに躊躇っていた。辛抱強く待っていると、カケルは突然、床に額が付くまで頭を下げて言った。

「巫女が、巫女のまま死んだ時、勇士もこの世から消えなければならない」

「……それは、つまり?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかったが、すぐに、そういえば以前、エナからそんな話を聞いたことがあったなと思い出した。巫女と勇士は一心同体。巫女が巫女を辞めたならともかく、巫女のまま死んだら、勇士もお役目ご免なのだ。

「俺も、死ななきゃいけない、ってことか?」

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