第5章 ふたつ星の誕生(1)

 丸太の木船が岸辺に着くと、既にそこには数人の村人がホオヅキの帰りを待ち構えていた。出迎えは全て女性で、一人の少女が手を差し伸べて巫女を船から降ろすと、ホオヅキは、当然のこととして、ご苦労様と一言返した。

(ほんとに、にこりともしない怖い女だな)

 雪也はそう思いながら自分の想い人に手を差し出したが、思い切り無視された。そこで、雪也は多少意地になって、エナを担ぎ上げてしまった。

「やだっ、ちょっと何するの?!」

「いつも歩きたくないからって、こうするように俺に命令してたじゃないか。それに、下船する時は気を付けないと危ないよ」

 思いがけず反論されたエナは、降りようとして暴れたり、口答えするのを素直に止めた。大鵥の村の女たちが好奇の視線をエナに注いでいるのがはっきりとわかり、せめて沢霧の巫女らしく堂々としていようと思ったからだ。

 いくつもの村々を合併した大集落となった大鵥の村には、様々な人や物が集まってくる。遠方の地で作成された土器や特別な石、交換して手に入れた衣服、それに周辺の村から迎え入れた女たち――。しかし、何よりも特徴的なのは、巨大な竪穴住居だった。大集落の中心地と言うに相応しい大きな建物は、この辺りの村にはないだろう。

 沢霧の村も、村長の家は他の家よりも少しは大きく、特別な装飾が施されているが、ここまで格が違う建物ではない。

 岸で雪也の腕から降ろされたエナは、早々に雪也から離れてホオヅキに従って歩き出した。そして、このキビタキが支配する村の中心地へ案内された。

「ようやく会えましたね、沢霧の巫女」

 巨大な竪穴住居の一角に、村長であるキビタキとその家族が住む空間があり、キビタキが二人の巫女を出迎えた。

 イメージと全然違う、と雪也は思った。

 エナが激しく拒否し、逃亡まで図ったくらいの男なのだから、いかにも悪そうな顔つきの中年男性を想像していたが、目の前にいるキビタキはやはりカケルや雪也と同じくらいの年齢で、むしろ人当たりの良さそうな青年だった。黙っていればもしかしたらカケルよりも好ましい微笑みを返してくるかもしれない。

「本来ならば、あなたが僕の妻として、いや大鵥の巫女として君臨していたはずですが、とても残念です。あなたの力は以前から聞き及んでいましたからね。まぁ、今ではホオヅキがそれ以上の力で、大集落を守ってくれていますが」

「じゃあ、それでよかったじゃない。あたしは沢霧の村の巫女になる運命だったのよ」

「故郷の小滝の村は、巫女に見捨てられたことになりましたけどね。安心してください、小滝の村は僕のお気に入りです」

「……お気に入り?」

「ええ、使い勝手がいいんですよ」

 この言葉を聞いて、雪也は寒気を覚えた。穏やかに微笑みながらそう言うキビタキは、なるほど確かに人使いが荒いと称されてもおかしくはない。これでは誰も逆らうことができないに違いなかった。

 キビタキはエナとおまけでついてきた雪也をあくまでも客人として丁寧に扱った。ミウも加えて、一つの竪穴住居を貸し与えられ、大鵥の村での生活が始まった。当然、エナは雪也との同居を渋ったが、今はここしか空いている家はなかったし、布を天井から垂らして仕切りを作るということにして妥協してもらった。

 祭りの期間というだけあって、村は大層賑わっている。

「近隣の村や北方の村から、村長や巫女たちがやって来ている。大集落にはそれだけ精霊が集まるから、皆、その力を分け与えてほしいのだ」

 祭りの間、ほとんどの祭祀を司るホオヅキがエナと雪也に説明する。

 もう今の時期は夜でも温かく、毎晩、月明かりと焚火に照らされた広場のストーンサークルを囲んで飲み食いが行われ、ホオヅキの祈りに合わせて村人たちも共に祈った。山や海の恵みが豊かであるように、集落に多くの子が生まれ、皆が健やかであるように。

 祭りの最終日は新月の夜らしい。今は下弦の月頃なので、あと五日後くらいだ。この日にエナとホオヅキの呪術の対決が行われるのだが、その内容はエナにも知らされていない。

 不思議な気分だった。電気が一切なく、どうして病気になるのかもわからないこの社会に、二十一世紀の人間がただ一人ぽつんと混じっている。夜は月の揺らめく光を頼りに活動し、巫女が率いる精神世界を漂う。科学の最先端をこれでもかと詰め込んだ戦闘機を、いつも間近に見ていた雪也は、本当に夢を見ているのではないかと思った。

 もし職場の中で最も親しい高浪飛瑛と一緒に宮畑遺跡に来ていたら、今頃どうなっていたのだろう。

 二人でエナを助けて、どちらかがエナの勇士になっていたのかもしれない。縄文時代の女の子に恋をしたなんて、飛瑛はどう思うだろう。笑いはしないと思うが、現代の女の子ですら捕まえられないのに、まぁ、せいぜいがんばれよとは言ってくる気がする。

 エナは今日も鳥の羽を頭に飾っていた。初めてエナの巫女姿を見た時、なんておかしな恰好だろうと思ったものだが、今では見ていてほっとする。自分はこれからどうしたいのかと雪也は横になりながら考えた。この巫女の対決が終わったら、エナと共に沢霧の村へ戻り、何事もなかったように勇士として暮らす、そして聞き出すことができなかった現代への帰り道を教えてもらう――。

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