破談同盟、解散

 リーン ゴーン リーン ゴーン


 チャペルの鐘が鳴り響く。そう。今日は二人の結婚式だ。


 式が始まるまで十五分。あたしと奏人は式場を抜け出し、並んでロビーに立っていた。


「今日ちょっと蒸し暑いね」

「ああ」

「でも中は快適だね」

「ああ」

「結婚、破談に出来なかったね」

「……ああ」


 結局、あたし達の悪足掻きは全て無駄に終わった。まぁ、だから今日のこの良き日を迎えているわけだけれども。それに伴って破談同盟も解散だ。


 結婚式の二日前。あたしは悠兄に自分の気持ちを告白し、ばっさりとフってもらった。


「久しぶりだな。この公園で陽菜に会うの」


 あたしの突然の呼び出しに、悠兄は嫌な顔ひとつせず応じてくれた。Tシャツにスキニーというラフな格好なのに、カッコ良いのが腹立たしい。


「ごめんね突然。でもここで言いたかったから。……悠兄さ、あたしがここで泣いてると頭撫でて慰めてくれてたよね」

「そうそう。お前いっつもここで泣いてたからな。ぐしゃぐしゃの顔で鼻水たらして」

「は、鼻水はたらしてない!」

「いやたらしてたね。制服に付けられた記憶あるから間違いない」

「嘘!?」

「うん、制服は嘘。でも鼻水は本当」


 悠兄はニヤリと笑った。……ああもう。からかってる顔もカッコいいなぁチクショー。


「俺が撫でると泣き止んでさ、そのあと嬉しそうに笑うんだよなー?」


 懐かしそうに笑った横顔に、胸がぎゅっと締めつけられた。

 ……そうだよ。悠兄が頭を撫でてくれたあの日からずっと、ずっとあたしは──。


「悠兄」

「んー?」

「あたし、悠兄の事が好き」


 空気が、一瞬で変わった。


「小さい頃からずっと、悠兄の事が好きだったの」


 緊張からか、手足が震える。心臓もありえないくらい動いてるし、呼吸をするのもやっとだ。自分の気持ちを伝えるのに、こんなに勇気がいるなんて知らなかった。


「…………ごめん」


 静かに告げられたその一言に、ふっと息を吐き出す。


「うん。分かってたから」

「……気持ちは嬉しいんだけど、ごめんな」


 悠兄は眉尻を下げ、苦しそうな顔で謝罪を口にする。


「いいってば。あたしが言いたかっただけ。悠兄が独身のうちに、ってね」

「でも、」

「大丈夫。あたし、お姉ちゃんより良い女になって悠兄のこと後悔させてやるから。てか悠兄より良い男と結婚する予定だし」


 ドヤ顔で宣戦布告すると、一瞬驚いた顔をした悠兄は「それは楽しみだな」と言って小さく笑った。

 失恋したっていうのに、あたしの心は随分とスッキリしている。これでもう、悔いはない。


「悠兄」

「んー?」


 この時になって、あたしはようやく心の底から二人を祝福出来た気がした。


「お姉ちゃんをよろしく」


 悠兄は自信満々な笑みを浮かべると、力強い口調で言った。


「おう。任せろ」


 結局の所、あたしはお姉ちゃんと悠兄、二人の事が大好きなのだ。


「……あたしはちゃんと振られてきたよ。あんたは? 告白しなくていいわけ?」

「ああ。俺はいいんだよ」

「なにそれ。自分だけ逃げる気? このヘタレ男! 意気地無し!」

「ちげーよ! つーかなに勘違いしてんのか知らねーけど、俺の好きな奴はお前の姉貴じゃねーからな!」

「はぁ!? 意味わかんないし。お姉ちゃんの事好きじゃないならなんで破談同盟なんて組んだのよ!!」

「それはっ、」


 奏人は一瞬目を泳がせたが、意を決したように勢い良く言った。


「兄貴がお前の姉貴と結婚したら、俺がお前と結婚できねーかもって思ったからだよ!!」

「……へ?」

「俺が好きなのは昔からお前だっつーの! 気づけよ!!」


 奏人の言葉にあたしの動きはピタリと止まる。


「え、……え?」

「なのにお前は兄貴しか眼中にねーし。少しは俺の事も見ろっつーの! でもまぁいいや。俺の最大のライバルはたった今いなくなったわけだしな。 それに、調べたら義理の兄妹でも結婚出来るみたいだし。とりあえず安心したわ。って事で、これからは本気でお前の事落としにかかるからな。まずはその傷付いた心を慰めてやる。覚悟しとけよこの鈍感」


 言いたい事だけ言うと、奏人はさっさと式場に戻って行ってしまった。


 な、なに今の。奏人があたしを好き……? そんな……しかも昔からって……ええっ!? あたしは口元を押さえてしゃがみ込んだ。


 結婚式の開始まであと五分。


 それまでに、あたしは真っ赤に染まったこの顔をどうにかしなければならない。



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破談同盟 百川 凛 @momo16

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