破談同盟、始動

 あたしと奏人は無い頭を最大限に振り絞り、結婚阻止に向けての計画を練った。


 作戦その一 相手の悪口を吹き込む


 まぁ定番っちゃ定番だ。……が、非の打ち所のない二人と自分の好きな人の悪口なんてそう簡単に言えるはずがない。だいたい、彼らだって幼馴染なのだ。お互いの良い所も悪い所も嫌というほど知り尽くしている。何を言ったって意味ないだろう。それに、兄や姉の悪口なんて良い印象を与えるわけない。却下。


 作戦その二 マリッジブルーにつけ込んでみる


 これは効果がありそうだと思い、早速実行に移した。


「ねぇ、結婚に対して不安とか感じてないの?」

「え〜? 急にどうしたの?」

「いや、なんていうか、ちょっと気になって」

「そうねぇ……。不安がないって言えば嘘になるわね」


 お姉ちゃんはあっさりと弱音を吐き出した。


「悠人も就職したばかりだし、正直結婚はまだ早いかなって思ったりもしたの」

「うんうん」

「でも悠人、ああ見えて強情でさ。俺はお前と結婚するんだって聞かなくて」

「……うん」

「ほんっと我儘だよね、アイツ」


 お姉ちゃんはクスリと笑った。……悠兄が、我儘? 全然想像つかないや。


「悠人、頑張りすぎる所あるから。私にくらい弱いとこ見せたっていいんだよって無理やり言い聞かせてたの」

「でもさ、大半の男の人は好きな人に弱い所って見せたくないんじゃない?」

「そうみたいね。でも、そんなんじゃ疲れちゃうでしょ? たまには誰かに甘えて休まなきゃ。それに、弱い所見たくらいで嫌いになったりしないし。私で悠人を支えてあげられるなら、そうなりたいって思ったの。ま、本当は私が支えられっぱなしなんだけどね」

「……そっ、か」

「うん。だから不安はいっぱいあるけど大丈夫。心配してくれてありがとね、陽菜」


 何だか泣きたくなった。


 作戦その三 結婚についてのデメリットを吹き込む


 これは奏人が悠兄に実行した、結婚そのものについて考え直すように仕向ける作戦だ。


「なぁ兄貴。結婚なんて早くねぇ?」

「そうか?」

「就職したばっかで収入も安定してねーし、まだまだ遊びたい盛りだろ? もうちょっと付き合ったままでもいいんじゃね?」

「んー、まぁな」

「結婚は墓場だ、なんてよく言うじゃん。自由はきかないし、若いうちからそんなとこ入っちゃっていいの? 何もそんな生き急がなくてもさぁ」

「あははは! 墓場っておまっ、ジジイか!」

「笑い事じゃねーって。幼馴染で色々知り尽くした仲だっつってもさ、一緒に暮らしたら耐えられない事だって多いだろうし。喧嘩だってぜってー増えるよ?」

「まぁ、若菜わかなも素直じゃないとこあるからなぁ」

「だろ? 結婚したら問題は山積みだって。ちょっと考え直した方がいいんじゃねーの?」

「んー、でもさ。それをひとつひとつ乗り越えていくのが夫婦ってもんだろ?」


 悠兄のカッコ良すぎる台詞に反論の余地はなく、あえなく撃沈。ヤバイ。それできればあたしに向けて言ってほしかったよ。切実に。



「……ねぇ。上手くいく気配がまったくないんだけど」

「……諦めるな。諦めたらそこで試合終了だよ陽菜くん」


 夜の公園は昼間の喧騒が嘘のようにひっそりとしている。小さく溜息をついて俯いた。


 今、あたしの家には悠兄が来ている。お姉ちゃんとの結婚の挨拶に。


 あたし達が裏で色々やってる間に、事は着々と進んでいたらしい。結婚式は二ヶ月後。婚姻届は式の後、付き合った記念日に提出するそうだ。さっき本人の口から聞いたから間違いない。何そのリア充。爆発しちゃえ。


 鉛を背負ったみたいに心が重い。どろどろとした黒い感情に、あたしの身体は丸ごと飲み込まれてしまいそうだ。


 ここ数日動き回って得たものは、二人の愛の深さと絆の強さだけだった。おかげであたしは身も心もすっかりボロボロだ。


 あたしは悠兄の我儘も弱音も、一切聞いた事がない。だって、あたしが見てきた悠兄はいつも完璧で、頼り甲斐があって、カッコ良くて。でも、お姉ちゃんには弱い所も見せてるんだ。子どもみたいに、我儘言って甘えたりするんだ。


 あたしの知らない悠兄を、お姉ちゃんはきっと沢山知っている。あたしの知らないお姉ちゃんを、悠兄はきっと沢山知っている。


 あの時──、お姉ちゃんが結婚するって報告してきた時。


 フラフラと部屋に戻るあたしの背中に向かって「……ごめんね」と呟いたお姉ちゃんは、あたしの気持ちを知っていたんだろう。


「あー……。もうさ、やってらんないよね」


 あたしは吐き出すように言った。


「結婚の挨拶ってさ、あれだよ? 娘さんを僕に下さいってやつだよ? あたし初めて生で聞いたわ。なんかこっちまで緊張しちゃったし。スーツでビシッと決めてさ。さすが悠兄だよね。指輪まで見せつけられちゃった。キラキラしててさ、二人とも嬉しそうでさ、うちの親もめちゃくちゃ喜んでてさ。……あたし、上手く笑えてたかなぁ」


 隣に座る奏人は何も言わない。黙ったまま、静かにあたしの話を聞いている。


 泣いているあたしの頭を撫でてくれる温かい手は、もう無い。どんなに泣き叫ぼうが助けを求めようが、あの手があたしの頭を撫でる事は、もう二度と無いのだ。


 グスグスと鼻を鳴らすあたしの右手が、急に何かに包まれた。……奏人だ。


 繋がれた手から奏人の体温がじんわりと伝わってくる。温かい。あたしはその手をぎゅっと握って、再び涙を流した。

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