破談同盟
百川 凛
破談同盟、結成
「私ね、結婚することになったの」
姉から告げられたその一言に、食べかけのチョコがボトリと手から滑り落ちた。
「え!? うそ!? マジで!? ホントに!? うわ、お姉ちゃんおめでとう!!」
「……あ、ありがとう」
あたしが興奮気味にそう言えば、お姉ちゃんは恥ずかしそうに頰を染めて笑った。
ああ、可愛いなぁ。妹の
「ほんとにおめでとう! てか相手は!? 結婚相手は誰なの!?」
お姉ちゃんは大きなアーモンド型の目をきょろきょろと動かして視線をさまよわせると、躊躇いがちに形の良い唇をゆっくり開いた。
「実はね……その……。
〝悠人〟
その名前を聞いた瞬間、あたしの頭は真っ白になった。脳へ続く神経回路が切断されてしまったかのように、頭の中は白一面で何も考えられない。お姉ちゃんは話を続けていたけれど、何を言っているのかはわからなかった。
正直、そこからのことはあまり覚えていない。気付いたら自分の部屋に居て、ベッドの上で正座をしたまま呆然としていた。
優しくて、カッコ良くて、なんでも出来るスーパーヒーロー。あたしが困ってたらすぐ助けに来てくれて、泣いてたら頭を撫でて慰めてくれた、大好きなお兄ちゃん。小さい頃からあたしの憧れであり……初恋の人だ。
そんな大好きな
…………嘘でしょ?
本来ならものすごく喜ばしい出来事なのに、あたしは素直に喜べない。だって、あたしは今でも悠兄の事が好きなのだ。それはもちろん、恋愛感情として。
だって、いつから? いつから二人は付き合ってたの? あたしそんなの全然気付かなかったよ。
ブルル、と震えたスマホの振動ではっと我に返った。この振動がなければあたしは朝までこのままの状態だったかもしれない。
受信したメッセージを開くと、そこには〝
あたしはスッと立ち上がり、スマホを持って家を飛び出した。
「奏人!」
ベンチに座っていた奏人はあたしに気付くと「よっ!」と言って片手を上げた。あたしは息を整え、奏人の隣に腰を下ろす。
神崎奏人。あたしと同じ高校に通う十七歳。意地悪で口も悪いけど、れっきとした悠兄の弟である。
「……聞いただろ」
奏人はさっそく本題に入った。
「……うん」
「あの二人、結婚するってどういう事だよ!? 冗談じゃねーよな!? なぁ!?」
奏人がイラついたように言った。
「
「……いいわけないじゃん」
あたしはぐっと唇を噛みしめる。……変だなぁ、今まで涙は出てこなかったのに。奏人に言われてようやく理解したからだろうか、視界がぼんやりと滲んできた。
「だろ!? このまま二人を結婚させるわけにはいかねーよな!? 俺納得いかねーもん!! だからさ、俺たちがこの結婚、ぶっ壊してやろうぜ!!」
「…………は?」
奏人の一言に思わず俯いていた顔を上げる。あたしの半泣きの顔を見て「うわ、ブサイク」なんて割と
「ねぇ、ぶっ壊すって……なに?」
「そのまんまの意味だよ。俺たちの手でこの結婚を破談にさせるんだ!」
「は? 何言ってんの!? そんな事出来るわけないじゃん!!」
「なんでだよ! やんなきゃ結婚しちまうんだぞ!? お前だって嫌なんだろ!?」
あたしはぐっと押し黙る。奏人は捲し立てるように言った。
「俺は兄貴が結婚するのは全然良い。結婚自体は賛成だ。でもな、問題はその相手だよ、相手!! お前の姉貴と結婚されると、俺はめちゃくちゃ困るわけ!!」
……そうか。よく考えればコイツもあたしと同じ立場なのだ。
奏人の兄が好きなあたしと、あたしの姉が好きな奏人。──利害は一致している。
「なぁ。破談同盟、組もうぜ?」
悪魔の囁きに頭の中の天秤がぐらぐらと揺れる。
普通はここで即答しなきゃいけないはずだ。〝そんなのダメに決まってるじゃん〟と。〝二人が好き同士なら仕方ないもん。諦めようよ〟って。それなのに、それが出来ない。
ふと、さっきの恥ずかしそうな姉の顔が浮かんだ。
……お姉ちゃん、ごめん。
静かに頷いたあたしを見て、奏人はニヤリと笑った。
恋と戦争は手段を選ばない。
ああ……。あたしはなんて最低な妹なんだろう。恋というのは厄介だ。
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