第13話 邪魔者
『邪魔』という言葉はとても嫌な言葉だと思う。
同時に、いろんな意味合いを含んでいるからやっかいな言葉だ。
単に悪意なく、通行の妨げになっているから『邪魔』ということもあれば、その人自体への悪意をもって『邪魔』と言うこともできる。
本当に、嫌な言葉で、便利な言葉で、やっかいだ。
会社ではなく、組織としての活動方針を決める会議の日、何故か四条院先生がいた。
「何故私が呼び出されるんだ?」
「いやー、いちいちニュースとかで知られるよりは、こうして知ってもらっておいた方がいいかなーって!!」
カオル先生がのんきに笑っている。
四条院先生はこめかみを押さえている、頭痛そう、大丈夫かな。
「おやァ、弁護士の先生ィ。頭が痛いのでしたら、私特性の鎮痛剤使いますかァ?」
「……心のそこから遠慮しよう!! 絶対ロクなものじゃないだろうそれは!! 私が頭を痛めているのが解るならさっさと終わらせてくれ!!」
先生生まれながらの苦労人属性なのかな?
とか、そんな事を考えながら、説明しようとしているのに、遮られて、イライラし始めている彼をみる。
「あ、あの、せ、説明」
「おっと、そうだね――ボス説明お願い――」
何とか伝わってくれたみたいで、私は安堵する。
彼が漸く説明ができると、言わんばかりに、不機嫌そうな顔でモニターをつけた。
長い説明と内容は私の頭には全部入らなかったけど、私がやることは、今までと変わらずということだけは、解った。
「とりあえず、マイちゃんは無理しないで今まで通り、ね」
「寧ろ間接的とは言え、心身に支障をきたしている人物をこんな場所に
呼び出したお前らに私は心のそこから説教したい……」
「あ、呼び出したのは今回で二回目よ、それまでは私の方からストップかけさせてたし」
カオル先生の言うとおり、今回で二回目だ。
カオル先生に止められてて、彼もそれを承諾していたが、そろそろ聞くだけなら大丈夫だろうということを聞いて呼ばれただけである。
この後の細かな会議に関しては私はノータッチだ。
グロテスクな映像も流れたりするから、それがない軽いざっとした会議を私用に今やっているだけだ。
それでも、頭には全然はいってこないけれども、量が多すぎて。
「なるほど……だが、あまり無理を――」
「させないわよ、じゃあ、細かい会議があるから上で二人ちょっとまってもらえる?」
「はい」
「……はぁ、わかった」
四条院先生は疲れたような表情で、私に退出を促した。
私もうなづいて会議室から出て行く。
自宅のリビングに戻ると、ソファーに座って一息つく。
長い会議ではなくとも、疲れるのは確かだ。
「姫野さん、君予想以上に無理しているのではないかね?」
「いえ……久しぶりの事ですし……まだ二回目なので」
「それならいいが……」
四条院先生はカオル先生よりも心配性だ、カオル先生は私みたいな人と長いつきあいがあるからともかく、四条院先生はそこまでつきあいは長くない。
仕事柄そういう人と対面することはあるけど、病気を治すのが目的じゃないのだ。
「全く、カオルはカオルで心配ばかりかけて……何かあったら家族がどうなるか……」
「……カオル先生の事、大事なんですね」
「ああ、幼なじみなのでね。彼奴とは赤ん坊のころからのつきあいだ、ずいぶん長い。おかげで両親以上に詳しくなったよ」
「だから、結婚しなかったとカオル先生言ってました」
「ああ、だから結婚が私も彼奴も考えられなかったのは事実だ、これからも、な」
何となくだけど、カオル先生と四条院先生のつきあいはこれからも続く気がする。
でも、二人の言うとおり、二人は結婚することはないだろう。
カオル先生は再婚する気ないし、四条院先生は四条院先生で結婚する気ゼロだから。
「……」
「ところで、姫野さんはあ――ダーク氏と今は恋人としてつきあっているそうだね」
「は、はい」
「結婚とか考えていたり、するのかい?」
「え」
突然の問いかけに、私は言葉を詰まらせる。
今はそこまで考えていないというのが正しい。
だって、心も体も、まだ正常ではないのだ、彼の負担にしかなっていない、そんな状態で結婚とか考えれない。
「わ、私そこまで病気とか良くなってないし……今はそこまで」
「そうか……いや、プライベート的なことを聞いてしまってすまなかかったね。ただ、色々とあったから心配でね……」
弁護士さんというか、心配性なお父さんのように見えた。
会社や恋人との接触にまいっていた私に、カオル先生が紹介してくれた弁護士さん、私が証拠を大量にもっていたから、楽に仕事ができたとほめてくれたが、ここまで精神が削れる前に病院になんでかからなかったと嘆いたのを見た覚えがある。
私ではなく、カオル先生との話のやりとりで。
おぼろげだから、本当の事かは不明だけど。
それくらい、精神的にぼろぼろで、記憶もさだかではない時期があった。
未だに、その時のことはよく思い出せない。
「……」
「おい、終わったぞ」
「あびゃ?!」
彼が突然後ろから現れたので、また奇声を発してしまう。
色々考え込んでいたのが、バレた気がして冷や汗がでる。
「蔵人ー、帰ってもいいってー! 私も帰るしー!!」
「ああ、解ったでは私も帰るとしよう」
四条院先生がソファーから腰をあげる、それを彼は何故かじっと見ている。
何故四条院先生をじっと見ているのか解らない。
「……何かようか?」
「貴様……あまりこいつに余計なことをいうんじゃない」
「今後の彼女の生活を心配しただけだ、すでに彼女は一度酷く傷つけられている、二度目が可能性が否定できないなら忠告する」
「その二度目、ないものと思え」
「――なら、その言葉信用しよう」
彼の言葉に、四条院先生はそう返すと、カオル先生と一緒に帰って行った。
「……」
四条院先生の言葉がうまく飲み込みきれなかった。
理解をすることを、脳味噌が拒否するそんな感覚だった。
若干気持ちが悪い。
「大丈夫か」
彼が声をかけてくれる、でも今日はうまく鎮まってくれなかった。
まだ、気持ち悪さが体を支配している。
「全くあの男余計なことを……」
「その……ごめんなさい」
「今は、気にするな仕方な――」
チャイムが激しくなる。
何か変なチャイムだ。
心臓が激しく脈うって気分がますます悪くなる。
「……少し横になっていろ、私がでる」
「はい……」
彼にソファーに横に寝かせられる。
私が横になったのを見ると、彼はそのまま玄関に向かっていった。
ダークが玄関に向かい、ドアをあけると以前病院前で遭遇した、マイの『初めての恋人』がいた。
向こうは驚き、こちらをみている。
「またあんたか……!! 本当、どういう関係なんだマイと!!」
「前回のを見て気づかないのか、存外に愚かだな」
男に対して、ダークは不機嫌そうな顔のまま言う。
「貴様が原因でマイはあそこまで病んだのだぞ、お前が何一つ支えなかったから病んだ。それどころか傷つけた。厚顔無恥の極みだな、私なら恥ずかしくて顔などだせんぞ」
「っ……あんたに、あんたなんかに何が解るって――」
男が殴りかかってくる、ダークは呆れ顔を浮かべいなそうとしたが、彼の前にマイが飛び出てくる、まるでダークをかばうように。
思わずダークの目が見開く。
マイは殴られ、その場に倒れようとしていた。
急いで彼女を受け止め、抱きしめる。
殴った男は呆然としている、信じられないと言わんばかりに。
「マイ、大丈夫か」
「……痛い……」
「当たり前だ馬鹿が……!!」
聞きたくもない、聞き覚えのある声に起き上がり、こっそりとのぞけば彼を見たくもない人物が殴ろうとしていた。
無我夢中で彼を――ダークさんをかばった。
頬が痛い。
痛いと言えば、ダークさんに怒られた。
怒られるのは仕方ない、でも、でも今は言わなきゃ。
「隆一……何で、来たの」
なんとかダークさんに支える形で立ち上がり、告げる。
「俺、馬鹿な――」
「馬鹿なことしたって? しなきゃ良かったのに、先輩にたぶらかされてしてしまったから許せとでも? ふざけないで!!」
言いたい事は山ほどあるけど、今は言葉が足りない。
まだ、本調子じゃないし、私はそこまで言葉を多様に使えない。
彼奴の言葉は聞きたくない、だから言わせない。
「私が病んだ時、上司のセクハラで苦しんだ時とんちんかんな発言したのはどこのどいつよ!! 私が精神病院いって苦しみ吐き出してる間、他の女と寝てたのはどこのどいつよ!! あんたじゃない!!」
泣くな、今は泣く時じゃないと、涙をぐっとこらえる。
発言する度に、のどの奥がひりひりする、でもこらえないと、今は泣いちゃだめ、言うのを止めちゃだめ。
「弁護士さん通じていったはずだよ、今度近づいたら本気でストーカー行為で訴えるって!! あんた私が別れいった後酷かったよね、つきまとって!! おかげで一度入院沙汰になって、先生に保護されたんだからね!! 忘れたとは言わせないよ!!」
今までいえなかったこと、視界に入ると、気持ち悪くていえなかったこと、今も気持ち悪いけど、必死に続ける。
「私がここまで回復したのはダークさんのおかげ!! 彼のおかげ!! 彼がいなかったらこうしてここにいないし、入院か実家に連れ戻されるかのどっちかだったよ!!」
彼奴は何もいえず、ただ私の罵声を受け止めている。
「もう、もう来ないで!! 私に謝らなくていい!! だから二度と近づかないで!! あんたが私にしたこと、私は一生許せない!! だから出て行って……出てけ!! じゃないと、今回なぐったことも合わせて本当に警察にいくからな、あんたのストーカー紛いな行為の証拠とかも山ほどあるし、弁護士もいるんだ!! だから出て行け!!」
私の気迫に負けたのか、彼奴は情けない表情で、泣きそうな表情ででていった。
泣きたいのは私だ、いなくなり、玄関が閉じられるのをみる。
がちゃりと、鍵がかけられる、ダークさんが魔法みたいな力でかけたにちがいない。
安心すると、顔からいろんな液体がこぼれる。
冷や汗に、涙、唾液、酷い有様だと我ながら思う。
ダークさんが汚れてしまうから、離れようとしたけど、彼は抱きしめたまま話してくれない。
涙が酷くて視界がにじんでよく見えない、ぼやけてる。
肝心な時に、彼の顔が見えなくなる、これを何とかしたい。
「よく言った」
多分、邪悪な笑顔をしている、嬉しそうな邪悪な笑顔。
「頑張ったな」
短い言葉、でも私には重みのある言葉だ。
「――だが、私をかばうな!! あんなのの攻撃大したことはないというかよけるなりできたに決まっている!! 次かばったら叱るじゃすまんからな!!」
今度は少し怒った表情に違いない、ああ、確かにあんな奴の攻撃食らうはずないかと冷静に考えたら解った。
殴られ損な気はするけど、とりあえず、どうしよう……
「今日はとりあえず冷やして、明日カオルの病院にいって事情を話すぞ、可能ならカオルにストーカーの対処方法でも聞いておくか」
頬に冷えた彼の手が当てられる。
冷たくて心地よい。
私の為に、わざわざ冷やしたという事実がとても嬉しい。
「冷たい……」
「全く、今日はなんて厄日だ……だが、お前がああしていえたのだけは、ほめるべき点だな」
彼はそういって私の頬を撫でる。
「頑張ったよ……正直もう言いたくない……疲れる……」
「だろうな」
「でも……言えてよかった……ずっと、ずっと……言って、やりたかった」
涙がまだ止まらないが、仕方ない。
彼に抱き抱えられる。
「今日は付きっきりでいよう。仕事をしようかと思ったがキャンセルだ」
そういって寝室に連れて行かれる。
「私が治療すればいいんだが……こういう時はカオルに言うのが一番だろうと思うのでな、すまないが少しだけ我慢してくれ」
「うん」
普通の治療用の道具で頬の治療をされる。
医薬品の香りが鼻に届く。
「次に出会ったら、直々に地獄みせてやらんとな……」
「……そんなことしなくていいよ……あれ、ばっちぃし……」
漸く涙が収まったので、私の台詞にきょとんと目を丸くしている彼の表情がよく見えた。
そして笑い出す。
「はははは!! そうかもしれんな!! よく言うようになった!!」
愉快そうに笑い出す。
そんなに、笑うことかな、と悩んでいると、頭を撫でられる。
「ともかく、よく言った。何度も言うがそれに尽きる。頑張ったな」
「うん……」
ベッドに横になりながらうなづく。
心の中にあったどろりとしたヘドロみたいな何かが、少しだけ消えたようで、ありがたい。
「さて、褒美をやらないとな、何がいい? 今なら何でも買ってやれる、くれてやれる気分だ」
彼の言葉にきょとんとしつつも、少し悩んで起き上がって彼の耳元で囁く。
「貴方をくれますか?」
先生の言葉でずっと悩んでいたこと、漸く言葉にちょっと下手くそだけど形にできた。
心を読んでいなかったらしい、彼は目を丸くしてから、また愉快そうに笑い出した。
こちらは、頑張っていったのに、ちょっと失礼だなと、むくれると抱きしめられる。
「いや――参った!! 今回ばかりは私の負けだな!! ははは!! だが、こんなに愉快で嬉しい敗北なんて初めてだ!!」
彼の発言に、思わずハテナマークが頭を飛び交う。
そして、愉快で嬉しそうな笑顔のまま、彼は続ける。
「いいだろう、今はまだやれんが、必ず私の『奴ら』への報復がすんだ暁には私をくれてやる!! お前が死ぬまで、否、貴様が嫌と言っても離してやらんぞ、永遠に貴様のものになってやる、同時に貴様は私のものだ」
最後に邪悪な笑みになった、ぞくりとするが、酷く心地よい。
物語や、歌などで、悪魔と永遠に生き続ける事を選んだ娘がいたりしたのを思い出す。
私は、それに近しいんだろうか、でも私は不遇だけから選んだわけじゃない、ただ――彼と一緒がとても幸せだったから、終わりがないなら、ずっと一緒に居たいと願ったほどに、側にいたかった。
狂っていると言われてもかまわない、だって、彼をそれくらい
愛してしまったから
私の最愛の人、私の恋人。
「まぁ、それまではこれで我慢してくれ」
といって初めて口づけをされる。
意識がはっきりとした状態では始めたの口づけ。
それは酷く甘く、何ともいえない、優しい口づけだった――
『邪魔』なものは何を起こすか解らない。
よくも、悪くも、いろんなことを引き起こす。
今回は、良い意味でも悪い意味でも、『邪魔』なものは私を一歩すすませてくれた。
それだけは、感謝している――
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