第12話 ifなんてない


 最近『もしも』について考える機会が増えた。

 『もしも』彼に出会わなかったら、私はあのまま死んでいたのだろうか?

 『もしも』彼に出会わなかったら、私はずっと病んだままだったろうか? いずれ、実家に強引に戻されただろうか?


 そんな事ばかりを、考える。




「『もしも』だと?」

 彼が私の考えを読んできた。

「下らん、そんなものを考えてたらキリがない」

 と、一蹴される。

「第一にこの世界にきた時点で、貴様に会わない『もしも』は存在しないのだ」

「何で……」

 彼の答えに疑問がでる、何故『この世界』に来た時点で、私と彼が出会わない『もしも』が存在しないのだろうか?

「どのような状況だろうと、才あるものの前にでる、私が求める才を持つ者に!! 結果、貴様が瀕死状態だろうが、そうでなかろうが、出会っているのは確定だ!!」

 何故ここまで言い切れるのかが不思議だ。

「仮にある『もしも』は、貴様が『死んでいた』場合だ。これだけは、言える、貴様がいなければ、こうはならなかった、逆にいなかった場合はどうなるか私にも解らん」

「……」

 自分が『死んでいた』もしもを突きつけられ、何も言えなくなる。

 何度も、死にたいと願いながら生きながらえた、その繰り返し。

 カオル先生でなければ、きっと私は病状悪化で入院か、自宅に無理矢理戻されていただろう。

 そこで死ぬこともできず、苦しい重いをし続けていたと思う。

 自分が『死ぬ』もしもは、ありそうで、なかった。

 でも、鬱が原因で自殺が成功することもありえた、だから、あり得ない『もしも』ではなかった。

「貴様はすぐそうマイナス方面に考える」

 と、彼は言う。

 彼も解って言ってる、マイナス方面に考えてしまう病気なんだと、それでも、言うのだ。

「病気なので仕方ないがな、だがそれで納得する私だとは思ってはいないだろう?!」

 邪悪な笑顔で、私の肩をつかむ。

「最近仕事ばかりで退屈していたところだ、でかけるぞ!」

「え、え――?!」

 私の意見は無視と言わんばかりに腕をつかむとまた、ふっと、どこかに移動した。

 移動した先は以前きた覚えのある部屋。

 広い、下に町が広がる、綺麗な大きな部屋だ。

「わぁ……」

 町並みは相変わらずすごいが、高くて怖い。

「私が見繕ってやるからそれを着ろ」

「は、はい……」

 何か引っ張り出してる。

 引っ張り出しているのは服だった。


 わぁ、すごい可愛い服……私が好きなブランドのだ……


「貴様の好きなブランドのものだ、貴様に似合うだろうと買っておいた」

 と、彼は言うと、その服を渡した。

 涼しげな感じの服装だ、最近暑いから涼しい感じの格好にしようと思ったのだろうか。

 とか、考えていたら着替えるのかと考えて窓が多い場所で着替えるのは非常に恥ずかしいので物陰まで逃げて着替えた。

「わざわざ隠れる必要なぞないだろうに!」

 呆れたような口調だが、邪悪な笑みを浮かべてるだろうことが予想できた。

 着替え終わると、少し気恥ずかしい、痩せても足が華奢にはなってくれなかったことに少しだけ恨みがましく思いながら、いつもより露出が高い服を着る。

 でも、残った体への傷などは見えなくなるように配慮はしてくれていて助かった。

 自分の体を傷つけて楽になれると思って、自傷行為がやめられなかった時期があり、その後が今も消えずに残っているのだ。

「さて、行くぞ」

「は、はい……」

 再び手を取ると、場所は――何故か水族館に移動していた。

 何度かいってみたいと思いつつ、行くことができなかった水族館だ。

 手で触れるコーナーとか、色々あって、でも一人ではいけなかった水族館。

「今日はゆっくり行こう。平日で人も少ないしな」

「は、はい……!!」

 様々な水の中の空間を演出して、自分がそこにいるかのように見せてくれるという噂の空間は、その通りの空間だった。

 水の中の生き物の動きなどが間近でみれて本当に素敵だった。

 少し涼しい空調が心地よい。

 水の動きが足下にも写り、幻想的に見える。

「本当に綺麗……」

「普通なら5分で飽きると聞いたが、貴様はそうでないから見ていてこちらが愉快だ」

 と、邪悪な笑みを浮かべて隣に来る。

「私、修学旅行の水族館でもたくさん写真とかとったことあるから……」

「なるほど、他とは違うのが解るな」

 彼は水槽を見ながら愉快そうに喋る。

「こちらのは全体的に穏やかだな、私のいたところでは色々ヒドかったぞ、鮫を遺伝子改良しまくってとんでもないものを作った奴もいるし」

「ちょっとまって、どこの鮫映画ですかそれは」

「こちらの鮫映画みたいなのもあれば、それよりもろくでもないもの作ったりしていたなぁ、まぁそういう変人が多い世界だった」

「いなくて良かったと心底思いました」

「まぁ、改良しなくても古代からのとんでもない生き物よみがえらせた奴とかもいたしな」

「どこでもそういうのしたがるんですね……」

 本当に、どこかの映画の世界のように感じられた。

 映画の世界がたくさん入り交じったかなりカオスな世界に。

 彼は、かつての世界を少し楽しげに話している。

 それを見ると、本当にこの世界に来るのがよかったことなのか解らなくなった。

「言ったはずだ、あちらの世界ではやりたいことはやりつくした、もう何もやることは残っていない」 

「でも……」

「やることが残っていたらとか考えているんだろう? 残念ながらあのようになった時点でやることはすでになくなっていた」

 彼の言っている『あのようになった時点』というのはおそらく今までの状態が崩れたことを指しているのだろうと思った。

 崩れてしまった原因は、やはり彼なのだろうか、今までの発言からそう感じたが、正解かはまだはっきりしてない。

「私が直接動いたのもあれば間接的に動いたのもある、言われてみれば私が原因だな、完全に」

 彼は何かを思い出すような仕草をしながら答えた。

「だから、やりたいことはすべてやったのだ。ここにこなくなる理由はない」

「そっか……」

 どうやってもここに来るのは変わりなかったのだろうと、彼は決めている。

 私はそれを、まだ受け入れきれないところがある。

 やっぱり、彼との出会いが夢物語で、今の自分はその延長にあるように感じてしまうほど、非現実的で、そして自分によいように動いているからだと思う。

 また、頬を抓られた。

「夢物語なんぞと一緒にするな、非現実的なのはお前の今までの経験からは仕方ないとは思うが」

 そういって、頬を撫でられる。

「解ったら夢物語と私を一緒にするな」

 何度も彼はこう言っている気がする。

 

 夢物語と一緒にするなと言われても、夢のように朝目覚めていなくなるのが怖いのです。


 口に出せない、感情。

 いなくなる不安はいつまでたっても消えない。

 ニュースや新聞や痛みで、真実だと知っていても、どうしても消えない

不安感なのだ。

「おい」

「は、はい」

 突然手を差し出してきたので、おそるおそるつかむと、彼は手袋越しだけれども、私の手をしっかりと握りしめた。

「そうやって1人考え込むからいかんのだ、これなら少しは気が紛れるだろう」

 少し真面目な表情で私に言った。

「あ……ありがとう、ござい、ます」

 彼にそういうと、彼は少しだけ満足そうに邪悪に笑い私の手を引いて歩き続けた。

 手を握られながら、歩くのはすごく気恥ずかしくて、手汗がにじむのが彼に解るんじゃないかと顔が熱くなる。

 彼はニヤニヤしながら、私を見ている。

 思考を読まれて隠し事ができない、こういう時は読まなくていいのにと恥ずかしくなる。

「貴様の思考はこういう時のを読んでいる方が気分がいい」

 邪悪な笑みで言うけど、嘘は言わない。

 多分マイナス思考に陥っている時よりも、読んでいて面白いんだと思う。

 彼に手を引かれて、水族館を見終わると、足が疲れ切っていた。

 見終わったことで、一気に気が抜けた結果だと思う。

「よし、少し休むか」

 彼はそういうと、私を抱き上げて、足を一歩踏み出した。

 すると先ほどの部屋だが、料理が並んでいる部屋に移動していた。

「さぁ、ゆっくりと食事といこうか?」

 椅子に座らせられ、豪華な食事に、言葉を失う。


 私テーブルマナーなんて知らない、服だってそれ用じゃないし


「大丈夫だ、今は気にする必要はない。服装も今は気にするな」

 彼はいいながら、慣れている感じの所作で色々とやっている。

 とりあえず、ナプキンを広げて、ナイフとフォークを見るが、どっちがどっちだかすでに解らない。

「基本ナイフは利き腕のほとんどが右だな、フォークが左だが、持ち換えるのは問題ない。音をたてないように注意する……言うとキリがないな、基本並んでいるものの外側から使え、そうすれば問題ない」

 と、彼に言われたので、気をつけながら外側から順に使う。

 友人の結婚式に出たとき位しかこういうコース料理と対面したことはないので、かなり混乱している。

 若干不慣れでみっともなく見えてるのではないかと不安になってくる。

「安心しろ、みっともないのは貴様みたいに気にしない奴だ」

「は、はぁ……」

 料理を口にする。

 優しい味の料理だった、よく見ると、派手な料理ではなく、素朴な家庭料理のように見えた。

「こちらの方が貴様の口に合うだろう」

 彼は自慢げに言う。

 料理が食べ終わると、ロボットみたいな――いや、実際にロボットなのだろう、ロボットが新しい料理を運び、食べ終わった皿を下げた。

「……あれって博士さんが」

「ああ、Dr.が暇そうにしているときに作らせたものだ、手伝い等ができる奴だが、貴様の家に置くのもあれなのでな、ここや施設のどちらか使うことにしているのだ、今回こっちに持ってきたのだがな」

「何というか」

「申し訳ないとか思うなよ、これが奴らの仕事だ」

「……はい」

「それでいい」

 邪悪な笑みに、何故か心がとても落ち着く。

 人がみたら怖がるかもしれないのに、私はこの笑顔に救われてきたのだと再度認識する。

「そういうところが、他と違うのだ」

「うん……」

 そう言われながら、次の料理を口にする。

 相変わらず優しい味。

「貴様相手だと料理のしがいがある」

 楽しげに言う。

 他の人は料理のしがいがなかったのだろうか、とふと疑問に思った。

「あ――料理のしがいがない奴ばかりだ、というかしか居なかった。Dr.もその部類だしな」

「博士、さんも?」

「ああ、彼奴偏食だし、三食面倒だから栄養ドリンクでいいとか抜かす奴だから作りがいがこれっぽっちもない!」

 予想はしていたが、予想通り当初の自分並に酷い食生活しているんだなと地下施設で研究している博士のことを思った。


 自分で選んでいる分、私よりも遙かに問題だが。


「そういうわけだ、ゆっくり食事といこう、そして体が休まったらまた出かけよう、次は美術館だ。貴様が好きな絵描きの絵が展示されている奴だ」

「わぁ……!」

 思わず、嬉しさを隠せない声がでる。

「あっちだと、余計な邪魔が入ってそういう時間も無かったが、こちらだとじっくりとれるのがいいな」

 楽しげに語る。

「だったら、ゆっくり見て回りましょう、ね?」

「ああ、その通りだな」

 邪悪ではなく、優しい顔で彼が言うと、少しだけ子どもみたくはしゃいでいる自分が恥ずかしくなった。

「恥ずかしがることはないだろう、楽しめることを楽しむというのはよいことだ、それができなかったから辛かったのだろう」

 彼に言われてはっとする、そうだ、彼にあう前は何も楽しめなくて辛くて苦しかったのだ。

 徐々に回復しているのを実感するとともに、それに付き添ってくれた彼に心の底から感謝したくなった。

「ダークさん、有り難う……」

「――礼などいらん、恋人同士、なのだろう」

 ニヤリと意地悪い表情をして私の頬を撫でる。

「マナー違反だが、今回は特別だ。頑張ってきた貴様をほめてやろう、そして寄り添ってきた私への褒美でもあるからな」

 そういわれて、とても嬉しくなる。

 最近、カオル先生にも病状はよくなっていると言われて嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 早くもっと元気になりたい、そんな気持ちが今は強い。

「そう、急ぐな。心も体も急いてまた壊しては意味がないだろう?」

「……はい」

 彼の言う言葉ももっともだったが、やっぱり早く直って彼の手伝いをもっとしたい、恩返しというわけではないが、恋人として支えられてきたのだから、何か返したいという気持ちは強いのだ。

「なら、ゆっくりよくなれ、それでいい」

「はい……」

 彼の優しい言葉一つ一つをかみしめながら、私はその日、とてもよい時間を過ごした。



 『if』――『もしも』を考えてばかりでは先には進めない。

 でも、いつも考えてしまう。

 それでも、支えてくれる誰かの存在で悪い『もしも』や未練がましい『もしも』から抜け出せるのだ――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る