第8話 私と『彼』


 壊れては、直し、壊れては、治す。

 私と彼の関係はそんな関係にも見える。

 私が壊れては、彼が治す。

 一方的な寄生関係にも見えるこの中で、彼は私に何を見いだしているのか解らなくなる。

 だって、私は私に、何の価値も見いだせないのだから。



 今日も、薬を大量に飲みそうになっては彼に別のもので代用させられた。

 最近気づいたけど、代用で飲まされてるのはラムネ菓子だった。

 ラムネ菓子……でも、市販のものとちがいそこまで甘くない、後で確認したら、博士さんに作ってもらっているらしい。

 運悪く糖尿病になってしまったら困るため、そうならない用のラムネ菓子をわざわざこの為だけに作ったそうだ。

 何か、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 でも、薬をたくさんのみたくなるとき、そんなこと考えてはいない。

 ただ楽になりたくて、苦しいのを終わらせたくて、薬をたくさん服用したくなるのだ。

 以前はODしては先生が勘でそれを察知して、私に電話をし、救急車を呼び、私は病院に運ばれるのが常だった。

 今は、病院に運ばれる以前に、OD寸前で彼にラムネ菓子を口に入れられて、落ち着くまでそばにいてもらっている。

 誰かにそばにいてもらうというのは、本当にありがたいのが解る。


 でも、私は迷惑をかけつづけている。

 彼に、何の利益があるのだろうか、こんな病んだ女を守り続けてどんな意義があるんだろうと、自分でも解らない。

 でも、マイナス思考をし続けると、彼は不機嫌な顔をして私の顔を抓る。

 抓るだけなのが、私に対する優しさだと思う。

 また、手袋をしてるのも優しさ、だって彼の本当の手は爪が鋭くて、私の頬なんかさっくり切れてしまうと思うから。

 だから、お風呂はいっているときも、手袋をはずしてふれることはない。

 滅多に素手でふれない。


 私は見てないし、見せてもらえてないけど、この間の国を滅ぼしたという活動から、彼の活動は――そう、ヴィラン的な活動は少し活発になったらしい。

 私は活動に参加させてもらえない、というか自分でもできないと思う。

 下手をするとグロテスクになりかねない活動、それなら、私はきっと精神を本当にやられてしまう。

 だから参加させてないのは、彼なりの優しさ。

 本当優しすぎて、悲しくなる。

 何もできない、自分に嫌気がさしてきて、そんな自己嫌悪しかできない自分が悲しい。


 今日も私は、花のお世話をしている。

 きれいな花が咲いている。

 いくつか『原石』と『鉱石』を実らせて、きれいだけど、機械に回収されていった。

 原石の方が好き、でも、加工された宝石も嫌いじゃない。

 でも、それが似合う女性かと聞かれたら、そうじゃない。

 最近は体重も戻ってきて、頬のこけた感じも薄くなったけど、やっぱり肌はまだあれているし、体もぼろぼろ。

 顔つきだって、きれいじゃない、下のほうだと思う。

 とか、考えてたらまた彼に頬を抓られた。

「おい、貴様。いろいろと突っ込みたい事は山ほどあるんだが」

「い、いひゃい……」

 両方の頬を引っ張られて、痛い。

「本当はもう少し後にしようと思ったが、気が変わったこい」

 ようやく引っ張られるのが終わると、彼が私の手を引っ張り歩いたとたん、自室に戻された。

「少しこぎれいな格好にしろ、出かけるぞ」

「え?」

 彼の言葉にじゃっかん耳を疑った。

 だって、彼が外に出かけるというのをいうのはあまり無かったから。

 病院にいくような格好に服装を変えると、ダメだしをされ、タンスの服を漁られると、タンスの肥やしになりかけていた、大人びた感じの服がでてきた。

「それを着ろ」

「は、はい……」

 服を着替えると、彼がじっと私をみて、今度は髪の毛を櫛でとかしはじめた。

「全くいい素材が台無し……」

 最後までいう事無く、わざとらしい咳で最後ごまかした。

 何が言いたかったんだろうか。

 着終わると、わずかに防虫剤の匂いがする。

 それに大人っぽい格好で、気恥ずかしい。

 私は子どもっぽいから、どうしても似合わない気がしてかったものの、結局ほとんど着ることなくそのままタンスの肥やしにしていた。

 かわいいものや、大人っぽいものにあこがれて買うものの、着てみたりした途端、気恥ずかしくて結局あまり着ずにタンスにしまったり、着られずにタンスの肥やしにしてしまったものだ。

「……このドレスも悪くないが、別のものにするぞ」

「え?」

 彼がそういって私が卒業式のために買って以来、友人の結婚式などにつかってきたドレスを手にとってそういうと、再度ドレスを仕舞い、私の手をつかんだ。

 彼が足を踏み出すと、また景色が変わった。

 時間帯のためか、人気がまだ少ない町の中だが私の知る町の中ではない。

 彼は私をつれてフォーマルな服を飾っている店に入ると、店の人に何かをいっていた。

 店の人は私をじっとみてから、私の手を取った。

「え……」

「解りました、お任せください」

「ああ、任せた」

 私は店の人に連れて行かれ、やわらかな色合いの水色のドレスに、それに会わせたヒールの部分が低いきれいな靴、グラデーションになったストールに、その柔らかな色合いと会わせた、化粧、ナチュラルフェイスとか言われているそれに近い優しい色合い。

 それでも、しっかりと変わるから化粧というものは驚きだ

 着ていたものは別きれいな袋にしまわれて彼に渡された。

 彼はそれを受け取り、一度姿を消すと、袋はどこかにいっていた。

 何がしたいのか全く解らず私は、かなり混乱している。

 吐かないのをほめてほしいと思う位。


「代金は払っておいた気にするな」

「だ、代金?」

「その服と化粧諸々のサービス料含めてだ。いくぞ」

 彼はいつもの意地悪い笑顔に戻ると、私の手をつかみ、またどこかに移動した。

 景色は完全に様変わりし、夜の町が下に広がって見える部屋にいた。


 どこ、こんな部屋、私、知らない。


 部屋は綺麗な装飾がされた部屋で、私のもっているお金じゃとうてい手に入らないような値段のものだった。

「貴様が出したアイディアがあって買えた場所だ、気にするな」

「え……?」

 あの後も、なんどかアイディアを求められ、脳内で保管しようとしては、彼に思考を読まれるのを繰り返してきた。

「貴様には対価を払うのは当然だ。まだまだ払いたりないがな」

 彼はニヤリと笑っている。

 そして滅多にとらない帽子をとって私にお辞儀をすると、帽子をかぶり直して、手をだした。

「お手をどうぞ、レディ」

 彼の言っている意味が解らないが、私はおそるおそる、手を握る。

 すると、彼は私を抱き寄せた。

「ダンスの経験がないのが残念だが、まぁそこは私がなんとかしよう」

 ダンスといわれ、自分の格好と併せて思い出す。

 社交ダンスとかワルツとかそういう単語が頭から飛び出るが、もちろん経験はない、テレビで見るだけだ。

「そう、それだ。私にあわせるだけに集中しろ」

 そういわれ、彼の手を片方が握り、腰を彼の腰に回す形になった。

 かれの足に合わせたゆっくりとしたダンスが始まった。

 相応の人が踊れば優雅に見えるかもしれないが、今の私は彼についていくので精一杯だ。

 彼はにやにやと意地悪い表情を浮かべるが、その表情はとても楽しそうで、自慢げに見えた。

 私も、最初は混乱していたけども、ついて行くのが精一杯だったけど、次第に楽しく、そう久しぶりに楽しいと嬉しいと感じた。


 ああ、どれくらいぶりなんだろう、こんなに楽しいと嬉しいと感じたのは。

 もう、思い出せない位遠い記憶のように感じる。


 ああ、嬉しい。こんな嬉しいのは本当に、本当に、久しぶり――





 柔らかなベッドの上、黒い化け物は病んだ処女の体を慈しむようにむさぼった。

 体を覆う、絹のドレスを脱がせ、火照り色づいた四肢を撫でた。

 色気のない下着――最後の砦も脱ぎ去って、壊れてしまいそうな肢体をむさぼった。

 最初は傷つけぬような気遣いも、最後は取り去って体に痕跡を残すように、抱き込む。

 女の吐息と声、体を見ながら、黒の怪物はむさぼった。

 邪悪な笑みと慈しむ笑み、この二つの矛盾を溶かした表情で、女を抱いた――



 ダークは、ベッドの上で眠るマイの髪をそっと素手で撫でた。

 傷つけぬように細心の注意を払って。

 しっかりとした黒髪が、指の隙間を流れ落ち、再び、あるべき形で波のように枕の上で乱れる。

「……」

 念のため手袋をして、ダークは深く眠るマイの頬を撫でる。

 体のあちこちには、牙がたてられたような痕跡と、爪の痕跡が痛々しくのこっていたが、ダークはどこか嬉しそうに邪悪に笑う。

「あの愚か者に今度あったら、いってやろう、貴様が欲したものはもう二度と戻らないとでも」

 眠る彼女の体を抱き起こして、頭を支えて、ルージュがうっすら残る唇を先端が割れた舌でなぞる。

「『マイ<これ>』はもう私のものだと、あざ笑ってやろう。自分の思慮の浅さと愚かしい思考で失ったものだ、二度と手に入らないと奪ったと笑ってやろう」

 とても、愉快そうな悪魔のような笑みを浮かべてダークは笑った。



 思慮の浅さで、才あるものを手放した馬鹿どもにいってやろう。

 もう二度と、欲しても手に戻らないと、これは私のものだと。

 地獄の裁判官のように、宣言して、『地獄』に突き落としてやろう。

 マイ<これ>はもう、私のものだ。

 私だけの女<恋人>だ、と。



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