第4話 カウントダウン


 カオル先生がなんか、彼の仲間になると聞いて混乱している時に、もう一人、別次元から誰かがやってきた。

 どうやら、彼がくるのを待っていた部下の方らしい。

 でも、部下の方は一瞬彼が本当の『彼』か疑ってたけど、どういうことなのか私にはわからなかった。


「さて、Dr.! 私が貴様に何を望むかわかっているな?」

「勿論ちゃんとしたアジトの作成ですね~? わかってますとも!! では、空きスペースを見つけてから地下にどっかんと――」

「待て、注文をつけさせろ」

「はい?」

 つぎはぎだらけの人の言葉を遮って、彼は言う。

「ここは向こうと勝手が違う、だから誰にも気づかれず静かに行え。入り口を作る場所なら、家の裏にある小屋がいい、あそこなら気づかれにくいだろう、いいか、誰にも気づかれるな」

「もし、気づかれたら」

「……わかってるだろうな?」

 彼が私の顔を覆う、見えない、どんな笑顔をしているのか見えない。

 でもわかる、私がみたことがない、怖い顔をしている。

「ひぇっ?! わ、わ、わかってますよぉ!! 全く相変わらず厳しいんだから」

「何かいったか?」

「い、いいぇえ!!」

 彼は裏庭に、その人を連れて行くためにでていった。

 首根っこつかんで、まるで猫みたいな感じでもっていかれた。

 私は横になってただ、それをみているだけだった。


 カオル先生が近づいて、頬をなでる。

「んーやっぱりヴィランだってのはあの笑顔でよくわかるなー、でもマイちゃんに見せないのはやっぱり大事だからなんだろうね」

 私が、大事。

「いや、私は結構いろいろとなれてるけどパンピーがみたらあの笑顔は怖いどころじゃないよ本当。マイちゃんがみなくてよかった、よかった」

 髪の毛を優しくなでられる。

 なんで、こんなに、優しいのとどうしても不安になる。

「不安、そうだよね? 不安になって当然、だっていきなりのことだったんでしょう? 今までのこともあるし、それに初めてがたくさん、それなら不安で当然だもん、おかしくないよ」

 先生は私の気分を和らげるように、頭をなでてくれる。

 ああ、本当に、カオル先生でよかった。



「あのーダーク様?」

「何だ?」

「どうしてあの鬱っぽそうな女性に肩入れするんですか?」

「こっちに来てからの最初の部下にして、恋人だからな、肩入れしてたらおかしいか?」

「恋人?!」

 ダークの言葉にDr.は仰天の表情を浮かべる。


 裏庭の小屋の内部に音も立てずに、地下施設へのエレベーターと非常通路、そして、地中深くに、音も立てずに施設を作り終えるまでのぴりぴりとした空気が抜けたからこその質問だった。


 Dr.の主人であるダークがやたらと甘くなっているように見えた原因がここで判明したのだ、予想を遙か斜め上をいく方向で。

「ええええ?! ダーク様向こうじゃ女性うっとうしがってたじゃないですか?! いや、男好きってわけでもなかったですが、ぐぇ!」

 ダークに首を絞められるような動作をされると、Dr.は絞められた鳥のような声をあげた。

「貴様さっきから腹立たしいことばかり……一度ばらしてやろうか?」

「ちょ!? 功労者をいきなり全身解体しないでくださいよ!!」

 Dr.のひえっと体を縮める。

「アレには、他にない才能がある。だが、鬱病でその才能もわからずだ、ヴィラン向きではないが、変革には必要不可欠だろう?」

「……根っこはかわってなくて安心しましたよ……」

「そうそう簡単に変わると思うか? こちらとあちらでの違いにあわせただけだ」

 ダークはニヤリとあくどい笑みを浮かべた。

「こちらにはこちらのやり方がある。もちろん、ヴィランらしく派手に動く日ももうしばらくしたら来るだろう」

「そっちが早くきてほしいですがねぇ」

「焦るな、こちらではこちらのやりかたがある、まあ貴様のみてくれはこちら向きではないから大人しくここで実験でもしてろ、要望があれば聞いてはやる」

「じゃあ、先ほどの女性の身体検――」

 最後まで言い終わる前に、Dr.の首と胴体が分裂させられた。

「冗談ですってば冗談――!!」

「よい冗談と悪い冗談があるのを貴様にはたたき込んでやらねばならんな」

 ダークはどこからか出した杖で、軽く手をたたきながら怒りの形相で顔をくっつけようとするDr.を睨む。

「ちょ、ま」

「幸いここは防音だ、しっかりたたき込んでやるから覚悟しろ!!」

「ぎゃ――!!」

 施設内の一室に、Dr.の悲鳴が響きわたった。



「に、しても何やってるのかしら、音一つしないから――」

「もう終わった、少し駄犬をしつけてただけだ」

 待ってもなかなかこなかったかれが、戻ってきた。

 すこしストレスでも解消したのか、なんかすっきりした顔をしている。

 何かいいことでもあったのだろうか?

 そもそも『駄犬のしつけ』って、何だろう。

「で、私がいない間に薬をこっそり大量に飲んだりしてないだろうな?」

「それは私がいたから大丈夫だよー」

「――そうだな、貴様がいたな」

 彼は納得したような表情を見せた、少し残念そうにみえたのは気のせいかな。

「で、施設完成したの?」

「うむ、完成したぞ、みるか?」

「うん、みるみるー!」

「みて、いいの……」

「無論だ」

 自慢げにいうと、彼は私を抱き起こした。

「外に作ったから靴をはけ」

「は、はい」

「なるへそー」

 先生と一緒に玄関に向かい靴をはくと、彼は私を抱き抱え、そのまま裏庭の小屋へと足早に移動した。

 小屋の中の隠れた場所にエレベーターのような筒状のぶったいがあった。

 そこに入ると、下へと地中深く振動もなくおりていき、広い建造物内部に到着した。

「わぁ……」

 抱き抱えられたまま、建築物内部をみる。

 とても、わずかな時間でたてられたとは思えない。

「まぁ、科学力だけはDr.の取り柄だからなぁ」

「うわぁ、すげぇ」

「むしろ、やらかさん用に見張ってるのが苦痛だった。アイツは必ず何かやらかす類のマッドサイエンティストだからな」

「マッドサイエンティストだからやらかすのでは……?」

「……方向性だ」

 カオル先生、割とこういう時に正論いうし、彼は渋い顔してそっぽをむいた。

 でも、私をおろしてはくれない。

「さて、今後の資金調達などをここをメインに商品をつくっていく予定だが何がいい?」

「マッドサイエンティストだと化粧品つくらせるとロクなことならなそー」

「作らせようとする貴様の思考に驚きだ」

 マッドサイエンティストに化粧品……でも、おかしなことさせなければそこら辺の化粧品よりはいいものに……あ、オーガニック?思考な現代じゃ微妙かな……

「貴様なら何がほしい?」

「え?」

 突然話をふられて悩む。

 マッドサイエンティストなら、RPGとかである、宝石咲かせる花とかつくれたりしないかな……でもこっちなら原石のほうが……どっちもなんか作ってどうするって奴だよね、わかるよ。

「――ふむ、宝石か」

 あ、そうだ、思考読まれるんだ、というか彼なんでこうすぐ読んじゃうのとか考えてたら、意地悪い顔で私をみた、笑顔だ、すごい笑顔。

「うむ、おもしろそうだな。ヴィランらしくはないが資金調達の一歩にはふさわしい高級さだ。よし」

 彼はそういうと、私は近場のベンチに寝かせてコートを毛布代わりにかけた。

「そこでまっていろ、Dr.に話をつけてくる」

「いてらー」

 彼はどこかへいってしまった、広い施設では迷子になりそうなので私はおとなしく寝かせられていることにした。

「それにしてもすごいなぁ、こんな科学力ありえないレベルよ本当」

「先生……」

「――もし、可能なら、もっと副作用が少ないよい薬も作れるとかおもったんだけど、さすがにいきなりいうのはねぇ。そもそも、この国の薬の認可制度があるし、臨床実験とか」

 ああ、そうだ。

 カオル先生は、「お医者さん」だ。

 人の病気、心も、体も関係ない、どちらも今よりよい薬ができればというのをいつでも祈っている。

 変人扱いされているが、とても、とても優しくて、私たち患者にとっては救いになってくれるすてきな先生だ。

 私が鬱になっていろいろあった時、そのためにどうするか考えて、そして今に至るまで一緒に歩いてくれた人だ。

 セクハラ対策への方法や、弁護士などの紹介までもやってくれた。

 でも、私は心の壊れたまま、体も壊れたまま、先生に何も恩返しできてない、ああ、情けない、迷惑までかけてしまっている。

「マイちゃん」

「カオル先生?」

「――私ね、迷惑だなんてちっとも思ってないから、だからね、そうやって自分のこと悪く考えちゃだめよー?」

 ああ、先生も、時折私の心読んでいるかのような発言するんだ。

 その一言一言が、いつも優しくて泣きたくなる。

「よしよし、いいのいいの。私が好きで参加させてもらったんだから、マイちゃんはきにしないのー」

「うん……」

 頭をなでられ、安心すると同時に、泣きたくなる。

 はやく、もっとはやく心身健康にもどりたい、でもなんでできないんだろう、なれないんだろう。

「壊れたものを直すには作る以上に時間がかかるの、だからね、ゆっくりいこうね、大事にしてくれる彼氏さんがいるんだもの、ゆっくりなおしましょう、お金だって大丈夫」

「はい……」

 自分は、まだ、生きていなきゃ、生きてていいんだ、いろんな感情がごちゃまぜになって、私はまだ答えを出せずにいる。



「――という訳だ、できるな?」

「それくらいなら、持ってきた材料に原石系が大量にありますので可能ですとも。しかしそれだけだと面白味が――」

「面白味はいいから、普通に、やれ」

「わ、わかりましたよぅ」

 見張られ、Dr.はため息をついて早速準備を始めた。

 彼にとってはこれくらい朝飯前の研究のようだ。

 ダークはそれをじっと見張っている。

「しかし、原石の実もしくは花を咲かせるとか、ファンタジーですよねぇ」

「そのファンタジーを現実にするのが貴様の仕事だろう」

「ですねぇ」

 謎の機械や、薬品をいじりながら、その空想を現実の物へと変貌させていく。

「で、どういう性質だ?」

「原石と種がまたとれる以外は普通の植物ですよ。ですので植物の世話は必要になりますね、ちょうど開いてる区画がありますし、そこをこの植物の育成場所にしちゃいましょう」

「ふむ、それがいいな」

「よろしければ、提案者に手伝っていただいては、植物に詳しいかはともかく、話しかけるだけでも植物には十分いいと聞きますから」

「なるほど」

「よしできた、では区画整備しますので――」

「ああ、変なことは何もするなよ?」

「わ、わかってますよぉ」

 腕前は信頼している分、それ以外の箇所が信頼できない部下の後ろ姿にダークはため息をついた。


 横になって暫くすると、彼が戻ってきた。

「何かあったか?」

「い、いえ……」

「大丈夫大丈夫、お薬必要レベルなことはなかったよ。でも、ちょっと情緒不安定がまだ続いてるから一人にはしないほうがいいね」

「そうか」

 彼はそういうと、コートを私から受け取って羽織ると、私を再び抱き抱えた。

「少しだけ見て回るぞ」

「はーい」

「は、はい」

 広い施設はアニメなどでみた、秘密基地を連想させる作りになっていた。

 今ならアプリゲームの秘密基地をつくるゲームもそれを連想させる。

 子ども心にあこがれた夢のような世界に今、ここにいる。

 夢みたいなのに、現実で実感が少ない。

 夢物語の主人公にでもなった気分だ。

 実際の私はベッドの上で眠り続けて、ここにいる私は偽物なんじゃないかと疑ってしまうくらいに。

 また、頬をつねられる。

 痛みはある、でも、痛みのある夢なんじゃないか疑うほど現実味が少ない。

「貴様、いい加減現実を現実としてうけとめないか」

「いや、これを現実として受け止めろって、相当難易度高いんじゃね?」

 カオル先生が気持ちを代弁してくれた。

 一般の人でも、こんなのを現実として受け止めるのは困難なんだ。

 それを理解すると、少しだけ安心した。

 自分の思考は普通なんだって。異常じゃないんだ、おかしくない、狂ってないんだって、安心する。

 また、頬を抓られた。

「貴様はまたそんなことを……」

「はいはい、あんまりマイちゃんのほっぺつねないの、ほら赤くなってる」

 カオル先生が止めてくれた。

 ああ、先生はいつだって優しいから。

「君の世界では普通かもしれないことでも、こっちでは異常でしかないんだから、ここまで科学力発達してたの?」

「ふむ、比較発達していたな。一部だが、じゃなければヒーロー対ヴィランなんて対立もできんからな!」

 どうやら、向こうの世界ではあってもおかしくない事柄だったらしい。

 ああ、だから対立、対等に何かできるのかという認識が出現した。

「その通りだ、といっても私は他のヴィラン達が優位にたてるように何かするというのが向こうの世界での行動だったからな」

 初めてどんなことをしていたのか聞いた。

「基本世界はヴィランが負けるように作られてるからな、私はその構想自体をぶっこわしたのだ、そして好きなように作り替えた、つまりやりたいことをやりきったので新しくやることを探しにこの次元にきたのだ」

「へー、んでマイちゃんに遭遇した、と?」

「まぁ、それが近いな」

 ODしていたことを黙っていてくれている、若干安心した。


 抱き抱えられながら、施設をどんどん歩いてまわる。

 いろんな設備や部屋があったが、彼が誰かから何か連絡がきたような動作をしたとたん一直線に、他の部屋を無視しはじめた。

 そしてついた部屋には、無数のみたことのない植物が植えられているビニールハウスのような設備があった。

 見たことのない植物だとじっと見ていると、彼はニヤリと笑った。

「貴様のアイディアを形にしたものだ。鉱石を実らせる植物達だ」

「え……?」

 少し前に私が考えたあのアイディア、それを形にしたものだといった。

「おい、Dr.。すでに実っているのはどれだ!」

「あー奥のです、育成を早めるのをつかったので、すぐみれますよぉ」

 彼が奥までつれていくと、図鑑などでみられる宝石の原石――が少し大きく実っていた。

 思わず目を疑った。

「貴様のアイディアがなければできなかったのだぞ」

 意地悪げな笑みを浮かべながら優しく髪の毛をすいていく。

「これを売りさばく場所の開拓は私に任せろ、貴様はこれのそうだな、世話をすればいい。貴様の好きな音楽を聞かせるのでも、話しかけるのでもなんでもいい、それなら、できるだろう」

「……」

 くいっとあごをふれられ、目をまっすぐとみられる。

 そらしたくても、彼の『目』がそれをゆるしてくれない。

「あ、う……ぜ、ぜんしょ、す、る」

「それで、いい」

 するりと頬を撫でられる。

 手袋越しであるのに、素肌で撫でられているような錯覚を受けるのはきっと脳味噌がおかしいせいだ。

 そう私は決めつけた。

「よし、いい子だ。明日からリハビリがてらゆっくりとやっていこうではないか!」

「リハビリは大事だから、ゆっくりやってねー。無理はさせたらだめーよー」

「それくらい解っている」

 先生は別に驚いた風でもなく、自然に受け入れてる。

 カオル先生はいつだって自然に受け入れているようにみえる、そうみえるのだ、それがすごいといつだって思う。

「あ、私そろそろ帰んなきゃならないから案内してくれる」

「仕方ない、では見送るぞ」

「は、はい」

 帰る先生を出口まで案内し、そして玄関で見送る。

 先生はいつもの笑顔で帰って行った。

 施設の中ではなく、家に入りソファーに寝かせられ、また膝枕してもらう状態になる。

「――読み損ねた。彼奴はなぜ帰ったのだ」

「あ……先生、子どもいるの」

「何?! 彼奴は結婚してたのか?!」

「結婚してたの、旦那さん亡くしてて、未亡人なんだって。でも再婚する気はないみたい。お子さん三人もいるのに、疲れ一つみせないすごい人なの……」

 本当、先生はすごい人。

 旦那さんをたしか「通り魔」に殺されたのに、それでも子どもの前では絶望一つ見せずに今まで先生であり続ける強い人……

 私にはとうてい無理なレベルの話だ。

「――なるほど、変革を望む理由も個人的にちゃんとあるのではないか」

 やばい、不用意に考えてしまった。

「安心しろ、聞いていないことにしてやる」

 あくどい顔をして私の髪を撫でる、幼子をあやすかのようだ。

「さて、今日も遅い食事をとるとしよう」

 瞬きをしたとたん、目の前には湯気のたった料理があった。

「おきれるか?」

 なんとか起き上がり、料理をみる、いつのまに作ったのだろう。

「少しずつ食べるといい、一気に食べると胃袋が拒否反応を起こすぞ」

「うん……」

 薄味のスープを口にする、柔らかなパンを頬張る。

 ああ、こういう食事一人の時は考えられなかった。

 最初はロクに食べれなくて点滴続きで、その後病院からでた栄養食やゼリーや栄養食品を必死に食べて飲み込む味気ない生活だった。

 本当、夢みたいだ。

 この夢のような生活が終わらないことを祈るしかなかった。

 だってそれくらいしか、今の私にはできないから。

 それくらい、ちっぽけな存在なんです、私は。

「おいこら貴様」

 ぼろぼろ泣いていたのか、視界がぼやけて彼の顔がよく見えない。

 でも声が怒っている、ああ、ごめんなさい。


 本当だめで、ごめんなさい。


 必死に涙を拭っても、涙が止まらない。

 自己嫌悪も、「もう楽になっていいよ」という幻聴もやまない。

 薬をたくさんのみたくなる。


「薬を飲むならこれだけだ」

 口元に錠剤が運ばれる。

 無我夢中で飲み込む。

 でも飲み込めない、すると口にコップが運ばれ勝手にコップの中の水を飲み込んでいく。

 薬が飲み込まれる。


 もっと飲み込んで楽になりたいという欲求はまだやまない。


 幻聴と自己嫌悪で苦しい。


「飲み込むならこれにしろ」


 白い丸い固まりを出される。

 錠剤とはことなるその白い固まりをたくさんむさぼる。

 甘い味が口に広がる。

 薬じゃないという思考と、もっと飲み込んで食べて楽にならなきゃという思考が混じり合って、それをむさぼる。


 ああ、なんてみっともない。

 なんて、惨め。


 泣きながら、むさぼる私をきっと薄気味悪いと敬遠しているだろう。  でも、どんな顔をしてるか、涙で視界がぼやけて顔が見えない。

 それに顔を見るのが怖くてできない。

 彼の手からそれらがなくなっても、衝動が押さえられない。

 涙もとめられない。

「こちらにきなさい」

 今までと違う、非常に丁寧な口調、でも有無を言わせないのは変わらない言葉で私を呼ぶ。

 顔を下げたまま彼に近づくと、そのまま抱きしめられた。

 胸元に顔を埋める形になる。

 不思議な香水の匂いがする、嗅いだことのない香水の匂い。

 落ち着く優しい香り。

「いいから、今は休みなさい」

 有無を言わせない、でも優しい口調に、頭がぼんやりしていく。

 そして、私の意識は途切れた――



 眠りに落ちたマイを抱きしめながら、頭を撫でる。

 あくどい表情はどこにもなく、ただただ、真面目な面もちだった。

「今日はいろいろ疲れることも多かったんだろう、休みなさい」

 丁寧な口調のまま、マイを二階の寝室のベッドへと運ぶ。

 服を着替えさせ、やせ細った体を撫でる。

 そして、寝間着姿になった彼女を寝かせると、額に口づけし、そのまま姿を消した――


「ああ、ダーク様」

 マイを寝かせたダークはDr.の研究室を訪れた。

 何かの書類を持っていた。

「暇を見て、こいつらについて調べておけ。ついでにこの連中を破滅させる方法も暇を見て考えろ、私も考える」

「は、はい?」

 Dr.は渡された書類を見て首を傾げる。

「急がなくていい、じっくりだ。じわじわなぶり殺すそんな方法でいけ、ヴィランらしくな」

 凶悪な笑みを浮かべるダークを見て、Dr.もにんまりと笑った。

「もちろんですともぉ」

「では、私は収穫できた『原石』をどうするか行動しておく、おまえは研究を続けろ」

「ええ、ダーク様」

 Dr.がそういうと、『原石』を手にしたダークは再び姿を消した。

「ああ、やはり変わったようで、変わってないところはいつも通り」

 Dr.はそういってから、再び研究に没頭し始めた――




 私は知らなかった。

 私を苦しめた人たちが、破滅するカウントダウンがこの時からはじまっていたことを――




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