光の先にある現実

琉楓

第1話当たり前の日常 ~幼少期~

俺はあの時、ただ楓と空を眺めていたかっただけなんだ、、、

眩しく輝く太陽を眺めていられればそれでよかった、、、


1994年8月のとある18時

俺は弟の楓と二人で家の前の空き地で母親の帰りを待っていた

母親の恭子は若く可愛い顔立ちをしていた為か、周りからはチヤホヤされ

自由気まま、毎日夜遅くまで遊び歩いている人だった

夜に見知らぬ男を家に連れてくる事も頻繁だった

家に来る大人が良い人ばかりではなかった

良い人も中にはいたが、大半が酒に溺れ好き勝手やっていた

俺たち兄弟は布団を被りその時間が過ぎるのを待ちながら気付いた時には眠りについている

中でも酷いのが定期的に来る佐々木という小太りの中年だ

酒乱で気に入らない事があると俺たちに暴力をふるいその度に母親と口論になり毎回面倒な事になる

もちろん父親はその事に関して何も知らない

父親の勝幸は家計を支えるため運送会社に勤めていた

所謂長距離運転手だ

父親が帰って来るのは一週間に一度きりで当日にならないと分からない

だからいつ両親が帰って来るのか毎日分からない状態だった


両親は若くに結婚した為、当時何も知らない同級生達は羨ましがる程だったが

我が家は決して裕福ではなかった

借家で昔ながらの平屋、外壁はボロボロ、トイレも水洗ではなかった

家具家電も年期の入ったものばかり

冷蔵庫の中は空っぽ、朝食は出た事がなく昼食は学校給食が頼りだった

休日は昼食なし、夕食は残して持ち帰ってきた学校給食のパンを弟と分けて食べるなんてことは日常茶飯事だった

電気、ガス、水道が毎月一週間停まることも当たり前の様にあった

明かりは前の民家の差し込む光を

喉が乾けば近くの自動車屋の水栓柱で喉を潤していた

食べられているだけ、飲めているだけ、眠れる場所があるだけ幸せだと思うしかなかった


田舎町に住んでいたが近所付き合いもなく、、、

いや、近所の人たちからは敬遠されていたのかもしれない


まだ小学生の子供二人「弟の楓(かえで)8歳 兄の柊(ひいらぎ)10歳」

日が暮れて外にいても近所の人達は見て見ぬふりをしていた

声をかけてくれる人は一人もいなかった

それが当たり前なんだって頭のどこかで割り切っていた


ランドセルに入っていたストップウオッチを出す

時刻は21時を過ぎた

当たりは暗く遠くからは蛙の鳴き声と近所から聞こえてくる温かい笑い声


空腹を我慢して暗い外に怯える

月が遠くの雲に遮られる度、その暗さは一段と増す


すぐ隣で弟の楓のすすり泣く声が細々と聞こえる

俺はそんな楓の背中を撫でてあげる事しか出来なかった。


「もう少しで帰ってくるからね」

そんなやりとりを何回繰り返しただろうか、、、

その度に「うん。」と涙目で少し笑顔を見せる楓に勇気を与えてもらっていた


それから30分程経ち見慣れた赤い車のライトが近づいて来るのが見えた


「柊!!ママが帰ってきた!!」

その声はとても嬉しそうで顔からは満面の笑みがこぼれていた

俺は安堵の気持ちと憂鬱な気持ちを抱えたまま

恐る恐る車へと駆け寄る

また見知らぬ男がいるんじゃないかと、、、


おぼつかない足取りで車から降りてくる母、恭子

母が一人であることを知り笑顔で母に抱きつく楓

俺はその光景を何故か寂しく眺めていた


「ただいま」


「おかえりママ!!」


母の手にはスーパーで買ってきたお弁当を持っていた

楓がそれに気づくと大いにはしゃいだ


「やったー!!お弁当だ!!ありがとうママ」


派手な服装に短いスカート、いつものキツイ香水とアルコールの混ざった香り

俺はその姿を見るのが嫌いだった


「ねえ、母さん、、、どうして」

俺が口を開くと、母はそれを遮るように

「柊、荷物持って」

「柊、玄関開けて」

「ねえお弁当温めてきて」


酒に酔って帰ってくる母は決まっていつも俺の質問を嫌った

楓は母が帰って来ると傍から離れようとはしなかった

時々そんな弟を羨ましく思う時もあった


今思えば、毎日羨ましく思っていたのかもしれない


けれど母と過ごす時間も少なく俺たち二人が寝静まった頃にはまた朝方まで遊びに出かける

こうした日常が当たり前のように過ぎていった


それでも兄弟にとって一番の嬉しい日があった

週に一度の父親の帰って来る日だ

この月は仕事が忙しい為2週間弱家を空けていた

父親の帰りは決まって22時から23時頃

帰宅する事が分かると母は朝から掃除洗濯、家事に追われていた

そんな日は朝から母親の口数が多い、

「ママの帰りが遅い事、夜にお仕事行っている事、知らない男の人が家にきたりしている事は絶対に内緒だよ」と

何度も何度も言い聞かせられる


(言える訳がないだろ・・・)

幼いながらも言ってはいけない事だと理解していた

だけど実際そんな事よりも父に会える、それだけで良かった

楓はママっ子、俺はパパっ子だったから

とにかく嬉しかった


ランドセルの中には昔に父と釣り堀に行った時に撮った写真を大切に持ち歩いてる位だった


父親の休日は平日だった為、学校が終わると駆け足で家へと急いだ

家族が揃う家はどんな家よりどんなお城より輝いて見えた


学校から自宅までは5分ととても近かった

校門を出て少し歩くと自宅が見えはじめる


父親が庭で洗車をしている姿が目にはいった

俺はその光景が嬉しくて隠し切れない喜びが足を急かし笑顔がこぼれる


自宅の庭にたどり着くと父は俺に近づき頭を撫でてくれた


「パパのいない間、良い子にしていられたか?」


「うん!楓の面倒もちゃんと見てたよ、学校も休まず行ってるよ」

得意げに言うと父の顔が緩んだ


「そうか、さすが柊、偉いぞ」

「うん!!」


この他愛ないやり取りが毎週どこかで楽しみになっていた

父に褒められる事が純粋に嬉しかった


その日は父とあとから楓も加わりキャッチボールやサッカーを日が沈むまで楽しんだ

時折近所に住む小母さんがカーテン越しに冷ややかな目で見つめている事を皆気づいていたが気づかないふりをしていた


母親が玄関から顔をだすと

「夕ご飯が出来たから早く帰っておいで」

その言葉と共に競争が始まった

結果は父親がわざと転ぶフリをして、

順位は俺、楓、父の順番だった

楓は純粋に父に勝った事を喜んだ


「パパに競争で勝ったーーー!!」


「あれは父さんがわざと、、、。」


「いや~、柊も楓も走るのが早くなったな~」

父の笑っている姿に少し違和感を感じた

どこか寂しい目をしているように思えた


久しぶりに父と二人でお風呂に入る事になった


「ひぃ君入っておいで~♪」

陽気な声に誘われて慌てて衣類を脱ぎ浴室の扉を開けた


先に湯船に浸かっている父と目が合う

先程までの陽気な声とは真逆に目を大きく見開き口を震わせていた


俺はその意味を悟りただ立ち尽くすしかなかった


「柊、、、その体どうした、、、?」


体には数箇所にわたり痣と引っ搔きキズが生々しく残されていた


俺は一瞬頭の中に、ある男の顔が浮かびあがり恐怖からある事ない事ベラベラ喋った

学校でふざけて転んだ事、空き地でサッカーをした時の傷

とにかく一つ一つ説明し始めた

話の殆どが嘘であった為父の目を見る事がどうしても出来なかった

話している内に涙が溢れてくる

次第に自分が何を話しているのか何一つ理解が出来なくなっていた


すると父が優しい口調で、

「学校でいじめられてるのか?何があったのか本当の事を話してくれないか?

 最近は一緒にお風呂に入るの嫌がってたよな?」


俺はその言葉にゆっくり首を横に振ると、

「子供のうちは沢山遊んで沢山傷をつくるもんだ

 ケガをするのは痛いけど、目一杯遊んで出来た傷は良い傷だ

 言ってる意味が分かるかな?」


そう言うと体の傷口を避け頭と体を洗ってくれた

洗い終わると湯船に浸かる、傷口が少しヒリヒリしたのを今でも覚えてる



湯船に浸かると父が先程の続きを話し始めた


「傷には悪い傷もあるんだ、それはな事故やイジメで出来た傷だ

 目一杯遊んで出来た傷は大きくなったら良い思い出になる

 でも事故やイジメで出来た傷はなかなか治らないうえに嫌な思い出として

 いつまでも心の中に残る

 またその嫌な思い出が心の中に傷を残しちまう

 それを乗り越えるには時間が掛かるし、乗り越えられるまで臆病にもなっちまう

 お前たちにはそういう思いをしてほしくはないんだ

 だからイジメられたり嫌な事があったら何でも言ってくれよ

 俺はいつでもお前たちの味方だ」


その傷の理由を言えないまま、その言葉が心の中で温かく響いてた

こんな傷なんてどうでもいいと思えるくらい


入浴を済ませるとテーブルには母の手作り料理が並んでいた

久しぶりに食卓に並ぶ手料理の数に今までの事が夢の様にさえ感じられた


しかし、この日の食卓は重苦しいものだった


浴室から出た後、キッチンで父と母とで会話をしていた

内容は分からないが神妙な面持ちで話をしていた

俺の傷の件だろうか?

少なからずそんな事が頭をよぎっていた


食卓には会話がなくテレビから流れる歌謡曲が聞こえてくるだけだった

俺は重い空気に耐えられずただ興味もないテレビから目を離せずにいた

弟の楓もその空気に耐えられなかったのかテレビと俺の顔をチラチラ見ているのが

分かった


これが家族揃っての最後の食事になるとは思いもしなかった

たった一握りの幸せが音を立てて崩れていくのを俺たち兄弟は知る由もなかった




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光の先にある現実 琉楓 @ruka05

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