第8話
一息で話し終えた坂本は、大きく息をついてから少しぬるくなったビールを一気に飲み干した。
「…………」
そんな坂本を、高橋は無言で見つめていた。坂本の話は様々な情報が凝縮されすぎていて正直なところ全てを把握できなかったが、それでもどうしても理解できないことがあった。
「葛西は、殺し合いを『遊び』と言ったのか?」
その問いを予想していたのだろう。高橋がそう訊くと、坂本は苦い表情を浮かべながらうなずいた。
「一応言っておくけど、俺もほとんど解っていないからな。一緒に戦っていたけど、あいつは肝心なことを何一つ言ってくれなかった。俺もお前と気持ちは一緒だ」
「……どうすればいいんだろうな。話を聞く度に解らないことが増えていく」
「突き進むしかねえよ。葛西は戦闘前に佐藤と何かを話していた。そこから葛西の考えていたことが解るかもしれない。先に進むしかないんだよ」
坂本は力強くそう言った。そうかもしれない。高橋は坂本の熱のこもった言葉に、そう思うようになっていった。今は様々な情報が高橋の中に蓄積されていったが、それは所詮伝聞でしかない。実際に葛西と同じ事をして、葛西と同じ目線で見なければ結局の所彼の考えていた事は解らないのかもしれない。
しかし、それには自分の手を汚さなければならない。果たしてその方法しかないのだろうか。様々な考えが高橋の中に浮かんでは消えた。どうすれば良いのか、まだ高橋の中では確たる考えを持てないでいたが、そんな彼でも解った事があった。
先に進まなければ何も解らない。
まずは加奈子なる人物に接触すること。まずはそこからである。
その日の会合はそこで終わった。最初は一応祝勝会という名目であったが、帰る頃には重苦しい空気が流れていた。
アパートに戻ると一〇時少し前だった。手早くシャワーを済ませ、頭をすっきりさせてからパソコンの前に座った。
サイトへ接続し、「過去の戦績」を開いた。先月の戦闘結果が更新されていた。
高橋圭介(1勝0敗0引き分け)○ - ×渡辺裕也(0勝1敗0引き分け)
戦闘結果はリンク付けされており、クリックすると運営委員が把握している戦闘内容が簡潔に記されていた。
確かに先月の結果通りの内容である。確かに先月あった事は確かに現実にあったことである。
しかし、やはり本当に渡辺は死んだのか、と疑問に思ってしまう。確かに「×渡辺裕也」とは書いてあるが、この前「お互い頑張りましょう」と笑顔を向けた彼が、今はこの世にいないということがどうにも信じられない。もしかしたら、このバーチャル世界だけの話ではないのか? どうしてもそう考えてしまう。
高橋がそう思うのには一応理由があった。雑談掲示板に移ると、すでに今回の戦闘についてのスレッドが立っていた。そこでは運営委員からの発表から、今回の戦闘についての予想をしあっていた。どうもそれはこのサイトでは恒例のようだ。古参の会員が状況からどんな戦闘が行われたかを話し合って、勝者が正解を書き込み、それからは戦術がどうだったか、負けた相手はどんな人だったのかなどを語り合うのだ。
そのどの書き込みにも悲壮感が感じられない。人ひとりが死んだというのに、死者への弔いの言葉は一言も書き込まれていない。ただ、「勝った」「負けた」という表現で、やはりスポーツの結果でも議論するように皆書き込んでいる。そこに妙なくらい統一感があり、それが高橋の現実感を欠如させているのである。
ふと坂本の言葉を思い出した。彼らが殺し合いをスポーツとして捉えているのは、死ぬのが怖いけどやめられないから。葛西も戦闘を「遊び」と呼称していたらしい。葛西も、彼らのように怖いけどやめられない理由があったのだろうか。
高橋は頭を振り、深く潜りそうになった思考を停止させた。今は答えの出ない事に頭を使っている余裕はない。サイトに接続できる時間は一時間と限られているのだ。
気を取り直してトップページに戻ると、個人情報を示す窓に「新着メッセージがあります」と表示されていることに気づいた。
メッセージが届いている。坂本だろうか。先ほど会ったばかりなのに、なんの用だろうか。高橋は疑問に思いながらメッセージボックスを開いた。
佐藤秋雄
その送信者の名前に、高橋は身体を揺らした。なんだ? 自分に何の用事だろうか。高橋は高鳴る胸を押さえながら、メッセージを開いた。
こんばんは。少し連絡が遅れてしまいましたが、入会おめでとうございます。
初戦では高橋さんが勝利して、正直なところホッとしております。
ところで、高橋さんも慣れない場所で色々と解らないことも多いかと思われます。
これも何かの縁ということで、時々メッセージをしませんか?
良い返事をお待ちしております。
なお、私からメッセージが来たことは、誰にも告げないでいただきたいです。
もし誰かに告げたことが解った場合は、残念ながら今後こちらからのメッセージは控えさせていただきます。
宜しくお願いします。
高橋はその文章を何度も何度も読み返した。何が狙いなのだろう。高橋はその真意を探ろうと行間を読もうとしたが、徒労に終わった。書かれている「メッセージがしたい」という事以外、佐藤の気持ちを推し量ることはできなかった。
では、どうすれば良いだろうか。高橋は悩んだ。坂本に相談して判断を仰ぐべきなのだろうか。いや、「誰かに告げた場合はメッセージを控える」と書かれている。坂本に相談したことがバレた場合、このチャンスを逃すことになる。
そう。これはチャンスなのだ。佐藤も高橋が知らない葛西と接触した数少ない人物。接触できれば何か葛西を知るきっかけを得られるかもしれない。それに、佐藤の懐に入ることは、仇討ちを行ううえでも非常に有効である。
「…………」
高橋は長いこと考えた後に、
わかりました。これからメッセージしていきましょう。
そうタイプして佐藤に送った。その時一一時五分前であった。
しばらくは坂本には黙っておこう。高橋はそう思いながらマシンのOSを再インストールした。
しかしこれで一つだけはっきりしたことがある。
サイトの中の「佐藤秋雄」は、高橋の知っている「佐藤秋雄」で、つまり会社での佐藤は偽りだということだ。
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