第7話

 あの日、高橋も少しは感じたと思うが、葛西の様子は少しおかしかった。急にヤツの実家に俺達を呼んだと思ったら、『夕飯を作るから食べてくれないか』だって言うんだからな。

 俺もあの時は葛西がどこかいつもと違うように感じた。ヤツは基本的に控えめで、自分から何かを誘うなんてことは普段ありえないからな。

 しかもヤツの手料理は随分と豪勢で、急に改まってそんなことをする葛西に、どこか異変を感じていた。

 で、どうしてもその異変が気になった俺は、あの時お前と別れた後に葛西の家の前に残ったんだ。多分その日の夜に葛西は何かするのかと思ってな。

 ずっと、二時間くらい待ったかな。葛西が家から出てきたんだ。さっきまでとは違う、全身黒ずくめの服装で、小さいリュックを背負っていてな。そのとき確信したよ。ああ、葛西はこれから危険なことをやろうとしているんだってな。お前を誘わなかったのは、お前まで危害が及ばないようにって考えたからだ。まだその時はその「危険」の種類が見えなかったからな。

 話を戻そう。葛西は家の車でどこかに行こうとしていたので、俺はヤツの車を尾行した。ヤツの車は俺も走ったことのないような道をずっと行って、県境近くの山の方まで走っていったんだ。 その時まず考えたのは、自殺かと思ったんだ。そんなに思いつめているような感じはなかったけど、こんな夜中に山に入ってすることって、俺にはそれ以外考えられなかったんだ。

 しばらくそのままヤツの車を尾行していると、工場の跡地みたいな所に入っていったんだ。

 もうここまで話せば解るだろ? 葛西はあの日の夜、戦闘があったんだ。今思えば俺も戦闘をするんだって解るだろうけど、あの時は何も知らなかったからな。全然状況が見えなかったんだ。入り口には見張りみたいな人がいるし、工場の敷地内にも人がいるようだったしな。

 どうやら集団自殺の類ではないのは解ったんだけど、中で何が行われているのかがどうしても気になったから、俺は危険を承知で工場の中に潜入したんだ。監視が手薄そうな所の塀をよじ登ってな。

 中に入って葛西を捜すと、工場の事務所の中にいたんだよ。ナイフを持ってね。相手を殺した後だった。

 葛西は俺の顔を見ると、哀しそうな顔で「ごめん」と謝ってきた。

「巻き込んじゃったね。本当に、ごめん」

 葛西はうなだれながらそう言った。その時は意味が解らなかったけど、訊き直す前に運営委員に見つかってしまった。本来の流れでは俺は殺されるはずなんだけど、葛西が「うまいこと」やってくれてな。俺は殺されずに済んだ。その代わりサイトに参加することになったんだ。

 初戦は二ヶ月後にあった。葛西との共闘で相手を殺して、俺は正式な会員になった。

 戦闘が終わってから、葛西と三つの約束を交わした。まず第一に戦闘は必ず葛西の見えない共闘として戦うこと。第二に単独で戦闘を行わないこと。そして第三に、高橋を巻き込まないこと。俺は全てを守り、葛西の戦闘に協力することにした。

 ……ああ。勘違いしないでくれ。俺達は決して高橋をのけ者にするつもりはない。ただ、こんな危険な「遊び」は俺達だけで十分だと思ったんだ。

 そう。葛西はこれを「遊び」だと言っていた。とても危険で、倫理的に許されるものではないけど、どうしてもやめられない「遊び」だってな。

 その時葛西は戦闘にのめりこんでいたんだ。でも理性との折り合いがつかなくて、随分と思い悩んでいた。俺もどうしてみようもなくてな。せめて葛西が命を落とすような事がないように、見えない共闘で一緒に戦っていたんだ。

 戦闘は大体二、三ヶ月に一回くらいのペースで行われた。基本的には葛西から戦闘を申し込むことはなく、相手方から特別対戦を申し込まれた場合に、応じる形で戦闘を行っているようだった。対戦が決まると俺にも連絡が来て、見えない共闘で参加していた。

 そうしていてしばらく二人で戦っていたんだけど、ある日葛西から、「佐藤に戦闘を申し込む」って言われたんだ。

 俺は驚いた。それまでは全て相手の申し出に応じて戦闘を行っていた。俺が参加してからは一度も葛西から戦闘を仕掛けることはなかったんだ。それが今回は急に葛西から申し出があって、しかもその相手があの、佐藤なんだ。俺は当然のように「何があったのか」と聞いたんだ。だけど葛西は「別に」と曖昧に笑うだけだった。

 結局戦う理由も解らずに、俺は見えない共闘で参加した。

 そこから先は思い出したくない。俺は何とかその場から逃げることが出来たが、葛西は逃げなかった。

 その次の日、葛西が死んだことを知ったんだ。

 死因は窒息。佐藤に絞殺されたんだ。


 俺はその後すぐに東京に転勤することになった。俺はそれを機にサイトからは遠ざかっていったんだ。いい思い出はなかったし、いい機会だと思った。

 もしかしたら佐藤が俺を狙っているかもとも思ったしな。

 そうして何事もなく東京では過ごしていて、ようやく忘れそうになっていたんだ。

 そんな時にこないだの葛西の部屋の掃除で、出てきたんだよな。

 あの手紙が。

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