第3話

 葛西の仇討ちに対して自分はどうすべきなのか。高橋はあれからずっとそのことを考えているが、明確な答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。

 気がつけば一週間が経過していた。あれから坂本からの連絡はない。高橋の回答を待っているのだろうか。

 「戦闘」で命を落とした葛西の依頼で、坂本は当時葛西が闘った相手を討とうとしている。そんな荒唐無稽な話に自分なりの答えを出さなければならないのだ。高橋はあれから何度も思考を重ねているが、明確な答えが見出せずにいた。

 選択肢としてはさほど多くないのは解っている。坂本の話を全て信じるとして、坂本に返す言葉は二種類しかない。「やる」か「やらない」かだ。仇討ちに参加するにしろ止めるにしろ、まずは坂本と同じ立ち位置にいなければ話にならない。彼は高橋の言葉のみで己の考えを曲げるようなことは絶対にしないからである。親友のことを想い、親友のために動くのであれば、「やる」しかない。

 しかし最悪二人共命を落としてしまう可能性がある。あるいは成功しても自分達の犯行が露見して、逮捕されるかもしれない。その時に坂本の言う「妻と娘をフォローする人物」がいなくなってしまう。その場合を考えて、「やらない」という手もある。

 いや。坂本の妻と娘をフォローするなどということは自分に対する言い訳に過ぎない。坂本と葛西の親友として、やるべき事は一つ。やるしかないのだ。そうでない限り今後も坂本の親友として接することはできない。

 しかし、坂本の話が全て真実としたら、自分の手も汚さなければならない。これまで築いてきた、退屈ではあるが平穏な日々がなくなってしまうのだ。そこの決断が出来ないだけなのだ。ただそれだけのこと。答えは決まっている。ただ、その一歩を踏み出す勇気がないだけなのだ。

「…………」

 高橋は頭を振り、気持ちを切り替えた。今は仕事中である。周りの同僚は黙々と仕事をしている。自分も仕事に集中しなければならない。

 傍らに置いてあるホットコーヒーを一口飲み、ノートパソコンに向かった。実の所この一週間は余り仕事に専念できずにいた。仕事も溜まっている。悠長に物思いに耽っている暇はないのだ。高橋はひとまず仕事に集中することにした。

 しばらく静かに仕事をこなしていった。しかしどうしても余計な事を考えてしまう。高橋はその度に気持ちを入れ直す必要があった。極めて効率は悪かった。

 ふと、メールが届いている事に気付いた。取引相手の担当者からである。何だろうとメールボックスを開いた。


 お世話になっております。

 先日の仕様変更の件、今日締切りですが、その後連絡がありませんが大丈夫でしょうか。


 高橋は一瞬何のことかピンとこなかったが、すぐに先週坂本と飲んだ日に受けた仕事だということに気付いた。

 血の気が引いた。今まですっかり忘れていて、何も手をつけていない。今は午後三時。今日の深夜締切りとしても、どう考えても間に合う仕事量ではない。

 どうする? 高橋はひとまず修正対象となっているプログラムを開いた。一人ではどうにも出来ない。とりあえず規模を正確に把握して、上司の指示を仰がなければならない。ともかく、何とかしなければ。

「……え?」

 焦りながらプログラムのコードを追っていた高橋は、思わず声を挙げてしまった。

 指定された要件通りにプログラムが修正されているのである。他のプログラムも確認するが、全て完璧に修正されている。

 どういうことだ? 高橋はこの作業を行った記憶はない。ファイルの更新日時を確認すると、全て昨日の時間に置き換わっている。昨日高橋はこれらのファイルを更新していない。誰かが高橋の代わりに修正作業を行ったのだ。

 誰がやったんだ? 高橋はそう考えようとしたが、すぐに取りやめた。考えるまでもない。これが出来る人物は、一人しかいないのだ。

「高橋さん、出来ました」

 隣に座る佐藤から声が挙がった。彼には本件とは全く関係ない、社内で使用する文書の作成を依頼していたのだ。ファイルを確認すると、相変わらず誤字脱字ばかりである。

「……こことこことここ、間違ってますよ。あとここも」

「あれ? おかしいな……。すみません。ちゃんとチェックしたつもりなんですけどね」

「……とりあえず、間違っている所を直して、もう一度見直してからまた声を掛けてください」

 そう指示をすると、佐藤は照れたように笑って作業に戻った。

「…………」

 取引相手からの修正依頼のメールは高橋宛てであったが、CCで佐藤にも送られている。あの修正内容を知っているのは、社内では高橋と佐藤だけなのだ。そして高橋が作業を行っていないとすると。

 高橋は横目で佐藤を見た。彼は相変わらずしょぼくれた顔で一生懸命指摘された文書の誤字を潰している。状況からして彼がやったとしか思えない。

 しかし。高橋は再びプログラムに目を通した。内容は完璧である。ご丁寧にテストも行ったようで、別のフォルダにテスト報告書も作成されていた。誤字はない、的確にポイントを押さえたテストを行っている。このまま集めて納品を行っても全く問題はなさそうである。

 高橋は深く安堵をしながらも、佐藤がこんな完璧に依頼もしていない作業をこなすというのがどうしても信じられない。どうも坂本との飲み会からどうもおかしい。あの優しい葛西が殺しをしていたのだとか、この仕事の出来ない佐藤さんが自分の危機を救ってくれたとか。

 高橋は悪い方向に考えが向いていることに気づき、気持ちを切り替えた。取引会社の担当者に「今日中に納品できます」と返信を送ってから席を立った。

「すみません。ちょっと一休みさせてください。すぐ戻りますから」

「はい。帰ってくるころにはこれ、終わらせておきますので」

 佐藤の言葉に返事をして、高橋はフロアを後にした。

 会社の六階にリフレッシュルームという名の部屋がある。社員向けの休憩室で、少し上等のソファと机が部屋の一角に備え付けられており、それ以外は長机と椅子が配置されている。一応名目として喫煙しない社員がリラックスして休める場として作られた場所だが、サボっているように見られるためか、あまり利用者はいない。高橋が足を向けたが、部屋の中には誰一人いなかった。

 高橋は部屋の端にある自動販売機で缶コーヒーを購入し、大きく息を吐いてソファに腰を下ろした。プルタブを開け、コーヒーを口に含むと甘ったるい香りが鼻から抜けた。

 早い所気持ちに整理をつけないと。高橋は深くため息をついた。今回はなんとかなりそうだが、今のままではいずれ大きな失敗をすることになる。その前に何とかしなければ。

「高橋さん」

 急に声がして、高橋は驚きで肩を震わせた。顔を上げるとそこには職場の後輩である若林が立っていた。

「どうしたんですか? そんなに驚いて」

「いや、なんでもない。それより若林君こそどうした?」

「高橋さんと一緒で休憩ですよ」

 若林は柔らかい笑みを浮かべて高橋の隣に少し距離を置いて座った。その手には飲みかけの缶コーヒーが握られている。

 彼は同じ課の後輩である。確か今年で三年目くらいであろうか。最近はようやく仕事も独り立ちしたようだが、まだまだ笑顔には若さが溢れている。彼と一緒にいるとどうしても自分が若くはないということを実感してしまう。高橋は自然とため息が漏れてしまった。

「……お疲れさまです。それにしても高橋さんは大変ですよね」

 若林は高橋のため息を勘違いしたのか、ため息混じりにそう言ってきた。

「いや、私も前あの人に作業頼んだことがあるんですけど……」

 若林は辺りに人がいないことを確認して、声をひそめてそう言った。そこで高橋は理解した。彼の言う「あの人」とは佐藤のことだろう。若林は優秀な男だが、まだ社会人としては幼い。彼が常日頃佐藤の仕事ぶりに不満を持っていることは知っている。高橋の先ほどのため息を、佐藤の仕事に憂いて出たのだと思っているのだろう。それからしばらく若林の愚痴が続いた。高橋は他人の悪口は好きではないし、それどころではないので適当に相槌を打って聞き流した。

「……本っ当に仕事できないですよね。何なんでしょうね。誤字とか、ありえない間違いするんですよね。あれ、わざととしか思えませんよ」

「わざと……」

 若林の言葉に、引っかかりを感じた。わざと。実は佐藤は仕事が出来る人で、普段はわざと出来ないフリをしている。そう考えると先ほどの件は全て納得が出来る。佐藤がなぜ出来ないフリをするのかは置いておくとして。

 もしかしたら葛西も優しいフリをしていたのだろうか。高橋はふと思い浮かんだ言葉を否定した。何でも葛西の事に結びつけて考えてしまう。悪い傾向だ。

「まあ、佐藤さんも一生懸命やっているんだし、この話はこの位にしよう」

「……高橋さん、大人ですね」

 若林の言葉を曖昧な笑みで受けて、高橋はリフレッシュルームを後にした。

 自席に戻ると、佐藤が目を輝かせて寄ってきた。

「高橋さん、できました!」

 彼は胸を張って文書を示してきたが、高橋が確認すると、二ヶ所の誤字が直っていなかった。

「……こことここ、直ってないですよ」

「あれ? おかしいな」

 佐藤は照れたように笑いながら頭を掻いていた。いつも通りの反応だが、確かに少しわざとらしいように見えた。

 席に戻り佐藤が再び文書の修正を始めた隣で、高橋は佐藤が手を加えたと思われるプログラムをテスト実行させた。やはり要望通りの変更がなされている。問題はなさそうである。

 高橋は納品作業を済ませて担当者に連絡を終えると、ポツリと小さく「ありがとうございます」と言った。

「…………」

 佐藤は聞こえなかったのか聞こえないフリをしているのか、その高橋の言葉には反応を示さず、ただ黙々と誤字の修正を行っていた。


 高橋は仕事が終わるとすぐに坂本と連絡を取った。

 急がないので会って話がしたい。その旨のメールを送った所、その日の内に会うことになった。

 坂本との会合は駅前のカラオケ店で行われることになった。坂本曰く、「一番周りに気にせず話をすることが出来る所」らしい。

「……で、どうした?」

 部屋に入り、生ビールが届いた所で坂本が改まって訊いてきた。その顔はいつもの朗らかな彼とは違う、一週間前に葛西の仇討ちをすることを告白してきたときと同じ表情である。

 室内には坂本が適当に入れた曲が流れている。曲は明るい調子だが、二人の表情は固かった。

「ああ……」

 高橋も無理やり坂本が注文した生ビールに口をつけた。一口、二口と喉に流し、息をついた所で坂本を見据えた。

「……色々考えたんだけど、どうすればいいのか解らない。なあ、俺はどうすればいいんだ?」

「…………」

 坂本は静かにビールを傾けている。高橋の問いには応えない。

「なあ、坂本……」

「それは、お前自身が答えを出さなきゃいけない」

 坂本は遮るようにそう言った。突き放すような目をしている。普段ならこんな場面では強引にでも仲間に誘うであろう坂本が、その時は違った。

 そのギャップに多少のショックを受けていると、坂本は小さく苦笑した。

「すまんな。悩ませてしまって。言わなきゃよかったかもしれんな。本当、すまん」

 頭を下げる坂本に、高橋は静かに首を振った。

「ともかく、これはすごく大事な事なんだ。俺達の今後の人生まで掛かってくる事だからな。俺が無責任に『一緒にやろう』なんて言えることじゃない。だからちゃんと考えてほしい。俺と一緒に仇討ちやるのもいいし、何もしなくてもいい。どっちにせよ俺達は親友だ」

 坂本は笑いながら高橋の背中を強く叩いた。

「……痛いな」

「鍛え方が足りないんだよ。こんな軟弱なナリじゃあゆかりちゃんに嫌われるぜ」

 坂本は努めて明るくしている。深刻に悩んでいる高橋を元気づけようとしているのだろう。

「……なあ、一つ訊いていいか?」

 しかし高橋はそれには乗らない。変わらず固い表情で坂本を見つめた。一つだけ、確認しなければならないことがあったのだ。

「俺に葛西の話を打ち明けたのは、何か特別な意味があるのか?」

「……どういうことだ?」

「お前がこういう風に自分の事を打ち明ける時は、大抵何かしら別の含みがあるんだよな。歩美さんの時だって、そうだったし」

 基本的に坂本は素直ではない。何か別の所に真意があるとしても坂本はそれを直接高橋や葛西に言ってくることはなかった。そのため高橋はいつも坂本の強引な行動から、彼の真意を探らなければならなかった。大学時代に彼が今の妻、歩美と付き合う前も、なぜか高橋と葛西も含めて四人で遊ぶケースが多かった。高橋や葛西はその時歩美とはさほど面識がなかったにも関わらず、坂本に半ば強引に誘われていたのだ。最初は意味が解らなかったが、仲を取り持ってくれという真意に気付き、そのように行動した事を覚えている。坂本はそういう奴であり、高橋がそれまでずっと引っかかっていた事でもあった。坂本は何か別に伝えたいことがあり、それは決して「話に乗らない」という方向にはないのだ。

「……まいったな」

 坂本は頭を掻きながら苦笑した。

「まあ、お前の言う通りだ。お前に伝えたのにはちゃんとした意味がある。でも現段階ではそれは言えない」

「なぜ?」

「知りすぎるのも考えものでな。お前の身の安全のためだ。お前はあのサイトの部外者だからな」

「つまり、話に乗らないと解らないって事か?」

 坂本は大きくうなずいた。

「……ずるいな。遠回しだけど、いつも通り強引に誘ってるじゃないか」

「俺は何も言ってない。お前が勝手に気付いただけだ」

「…………」

 高橋は深くため息をついた。どこまでが坂本の狙いなのか解らない。坂本が何を考えてどうしたいのか解らなくなってきた。

 そんな気持ちが表情に出ていたのか、坂本はフッと笑顔を見せた。

「お前に駆け引きをするつもりはねえよ。心の底じゃお前に協力して欲しいと思っている。でも、人道的に正しいことじゃないし危険が伴うことだから、お前の自主性に任せたいんだ。お前がしたくないなら協力する必要はない。だけど、お前が協力すると俺の生存率が上がるんだ」

「……俺じゃないとダメなのか?」

「ああ。お前じゃないとダメだな」

「なぜ?」

「今はそれは言えない」

「…………」

 高橋は坂本を睨むように見据えたが、彼の表情に変化はなかった。

「……解った。もう少し考えさせてくれ」

「ああ。いいよ」

 坂本は笑顔で応えて生ビールを一気に飲み干した。

「……一個だけ、確認させてくれ。葛西は、本当に人殺しをしていたのか?」

「…………」

 高橋の問いに坂本は無言のまま、小さくうなずいた。

「そうか」

 高橋も坂本に合わせるように生ビールを飲み干した。酔いで思考が鈍くなってゆく中どうすればよいのかを考えたが、確固とした答えを自分の中で持つことは出来なかった。

 それからしばらく二人は普通にカラオケを興じた。すぐに帰ると不審に思われるという坂本の提案からだった。高橋は余り気乗りがしなかったが、仕方なく酒を追加注文しながら一時間ほど坂本と坂本に付き合って歌った。

 カラオケ店を出たのは午後九時を回った頃だった。二人は駅までの道を無言で歩いた。

 高橋は未だ答えを出せずにいた。結局の所仇討ちが本当に間違っていることなのかは解らない。見ず知らずの他人の話なら正当な判断を下すことが出来る。しかし、これは他でもない葛西の話なのだ。

 本当に葛西が誰かに殺されていて、その相手が今も安穏と生きているとしたら、高橋も許すことが出来ない。同じルールに則って、フェアに殺すことが出来るのなら、それに協力しても良いとは思っている。そして、本当の葛西を知るためにも。本当に葛西がこの様な殺し合いを行っていたのか、それは何のためだったのか。親友として、知らなければいけないと思っている。

 しかしこうして決断を出来ないでいるのは、結局の所「怖い」のだ。まだ死にたくない。人殺しなどという反社会的な世界に踏み入れたくはない。今の生活を崩したくはない。そんな自己保身の考えでしかないのだ。

 あと一歩、なのだ。一歩踏み出せば、それが正しい決断であるかは解らないが、先に進むことが出来る。それがなければ、また平穏だがつまらない日々が待っている。そしてその日々には坂本がいないかもしれないのだ。

「……あんまり考え込まないようにな。まだまだ時間はあるから、ゆっくりと考えてほしい」

 坂本は思いつめている高橋に見かねてそうつぶやいた。

 しかし高橋には時間はそんなにない。この話は考えたから答えが出ることではないのだ。そして、今悩んでいることで仕事に支障が出ている。今すぐにでも結論を出さなければならないのだ。

 どうすればよいか。

「あ、祐司」

 駅に着く直前でそんな声が聞こえてきた。見ると坂本の妻の歩美と、娘の由紀がこちらに歩いてきた。

「あんたメールの返事返さないでどのほっつき歩いてたの」

 歩美はそう言いながら坂本に詰め寄っていた。小柄で愛嬌のある女性だが、今は頬を膨らませて怒りを表現していた。

「今日は由紀の誕生日だから早く帰ってくるって言ってたでしょ?」

 歩美のその言葉に坂本の表情が変わった。どうやら朝にそのような約束をしていて忘れていたのだろう。

「やっべ。そうだったな」

「そうだったじゃないでしょ? まったく……」

「……あの、俺が誘ったんです。すみません」

 高橋は控えめにそう言った。ここでようやく高橋の存在に気付いたようで、歩美は慌てて頭を下げていた。

「あ、高橋さん。お久しぶりです。気遣いありがたいのですが、ちゃんと誘われたときに言わない祐司が悪いんです」

 歩美はそう言って高橋の言葉を遮り、坂本に詰め寄った。

「由紀がすごい心配してたのよ? どこか行ったんじゃないかって」

 由紀は歩美と手をつなぎながら顔を伏せていた。

「ああ、由紀悪かったなあ。本当。父さんとこれからお祝いしような?」

 坂本は大慌てで由紀の機嫌を取るためにしゃがみこんだ。その坂本の後頭部を歩美は軽く叩いていた。

「…………」

 その光景を見て、高橋は心を決めることが出来た。

「坂本。ちょっとだけいいか?」

 高橋は真顔に戻り、坂本を呼び止めた。機嫌取りに夢中だった坂本も、高橋の表情を見て気を取り直していた。

「歩美、悪いけど二人にしてもらえないか? ちょっと高橋と大事な話がある」

 彼の真剣な表情に、怒るような表情をしていた歩美も、

「……じゃあ家に行ってるから、早く帰ってきてよね?」

 そう言って由紀を連れて家の方へと向かって行った。

 二人きりになった所で高橋は坂本と向き合った。

「最後に聞きたいんだけど、お前は何でこんな事をしようとしているんだ?」

 高橋がそう訊くと、坂本は間髪入れずに応えた。

「ダチの最後の頼みだからな。やるしかないだろ」

「……俺もその考えには賛成なんだけど、でも今回のは簡単な話じゃない。人……殺しだぞ? それでもやらなきゃいけないのか?」

「ああ。ダチの頼みだからな。断りたくても奴はもうこの世にいないし」

「…………」

 高橋は深くため息をついた。

「俺も手を貸すよ。お前の考えに一〇〇パーセントは賛成出来ないけど、お前を失いたくはない」

 坂本と、歩美達の穏やかな空気を失いたくはない。高橋はそう思った。

「…………」

 坂本は複雑な表情をした後に照れたように鼻を掻き、

「ありがとな」

 ポツリとそうつぶやいた。

 その時、高橋は心の中の支えが全部取れたような気がした。

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