デート

 小林猛こばやしたける小湊光こみなとひかりに告白してから、二人は幾度となくデートを重ねた。


 ――戦場で。



「なんだか、今日はいつもより身だしなみがしっかりしていますね」


「それを言うなら光、君も随分とおしゃれをしていないか?」


「あら? ちゃんと気付いてくれるんですね。嬉しいです」


「他の奴の事は知らんが、光の事はちゃんと見ているからな」


「ふふっ。少し軽薄な言い方なので減点です」


「おいおい、厳しくないか?」


「これでも甘い方ですよ?」


 会話だけを拾えば、ただの仲睦まじい恋人にしか見えない。

 しかし、会話しながらのその動きは常人離れしており、どちらもかなりの実力者であることがうかがい知れる。

 剣が描く軌跡は縦横無尽、それを迎え撃つは極光の柱。

 どちらも慈しみ、恋慕し、恋い焦がれ、愛し合い、その結果が15戦地での戦闘デートであった。



 舞い散る汗にたなびく黒髪、眩い輝きを放つ手をかざせば万物を飲みこむ煌めきの奔流が解き放たれ、その姿は女神の様だと猛は響に惚気ていた事もある。

 楽しそうだと傍観していた響も、ここまで光にのめりこむとは思っておらず、驚き半分興味半分、まとめて言えば”面白い”と結論づけていた。


 猛は熱く滾る想いを乗せて、光へと真っ直ぐに大剣をぶつける。



 2m近くに届く長さのバスターソードを軽々と振るう姿は逞しく、金の残像を残し駆ける姿は手を伸ばしても届かない流れ星のよう。

 光の視界から一瞬で消えた男性を彼女が探す仕草は、自分には関係ないと思っていた恋する乙女そのもので、目に見えなくとも気配で分かる愛しい人の存在に鼓動はどんどん高鳴っていく。

 その姿を常日頃から見せつけられていた楓は砂糖を吐きそうな顔をしながらも、心の中ではそれほど”好き”だと思える人に出会えて羨ましいと、少しだけ嫉妬の様な物を感じてもいた。


 胸を突き破って飛び出してきそうだと心配になるほどのトキメキを伝えるために、光は猛へと魔法を放つ。




「ふふっ、こんなにも情熱的な方だったんですね。初めて会った時は、もっとクールな人なのかと思っていました」


 柔らかな微笑みを見せる光にドキっとしながらも、猛は手に持つバスターソードで迫りくる光弾を切り伏せる。二つに裂けた光弾は猛の背後へと流れていき爆発した。

 その爆発の反動を利用して、前へと飛び込む様に猛は光に向かって駆けだす。


「君だって本当に熱烈だ。正直、驚いている。しかも、綺麗な顔をしたお嬢様っぽいのに、中々度胸も持っているみたいだ」


 ニヤリと口の端を上げながら、左右にフェイントを加えて光の背後をとった猛は、自身を軸とし回転する様な勢いをつけてバスターソードを光めがけて横一文字に振り抜こうとする。


「こ、こんな風になってしまうのはあなたの前でだけです! 普段は友人から堅い、生真面目、バカ正直、なんて言われているんですよ?」


 頬を僅かに赤らめながら、振り向きざまに左手を上げて魔法障壁を展開する光。

 猛の一撃は魔法障壁に阻まれるも、はじき返されること無く、逆にめり込み喰い破ろうとしていた。


「んっ!? やだ、そんなところまで……」


 魔法障壁からの反動に、光は思わず変な声を出す。

 しかも、言葉回しが猛にとって妙に色気を感じるものであったためか、大剣に込めた力がほんの僅かであったが緩んでしまった。


「うおっと!?」


 瞬間、バチッと魔法障壁から電流にも似た衝撃が走り、猛は思わず飛び退る。


「もう! がっつきすぎると女の子に嫌われてしまいますよ!」


 ぷんぷん、とでも形容できるむくれた表情で猛を睨む光。

 本当に戦闘をしているのか、甚だ疑問に感じるほど緊張感のない顔であるが、下がった猛が再び光へと突進し繰り出す嵐の様な連撃を防ぎながらの発言だ。

 それだけで、奇妙な絵面になる事は言うまでもない。


「他の女の事はどうでもいいが、光に嫌われたくはないな。もう少し紳士的になろう」


 光の横腹目がけて薙ぎ払った大剣が再び魔法障壁に弾かれる。

 その反発を手首の返しだけでいなすと、大剣は半円を描く形でその威力を直接次の攻撃へと繋げ、上段からの袈裟切りが光を襲う。


「またそんな調子のいいこと言って……。そんな人にはお仕置きです!」


 光は驚く事なく袈裟切りすらも魔法障壁で捌くと、今度は猛に向かって光魔法を放った。


「ぐっ!? ほんと、見かけによらずお転婆だな!」


 近距離からの攻撃に慣れているであろう猛でも、眩く輝きながら迫る光魔法をこの距離で撃たれると、一瞬視界が狭まってしまう。

 慌ててサイドステップを踏み、光魔法の射線上から退避し事なきを得るも、その事すら予想していたのか、光の素敵な笑顔が猛の方向を向いていた。


「外面だけ優男風の野獣さんには言われたくないですよーだ!」


 普段の性格とはだいぶ変わって少し幼い言葉遣いなのも、彼との逢瀬を楽しんでいるからなのか。

 他の者が見たら、まるで死神の微笑みにしか見えない顔を向けられても、猛にとっては心臓が跳ねてしまうほどの魅力的な笑みだった。

 そんな彼の様子に心の中で可愛いなと思いながらも、光は容赦なく魔法を発動させる。


「外面あんのはお互い様だろ!?」


 猛を消し去ろうとする暴力的な力の濁流は、しばし光に惚けていても猛の体が覚えていた自衛行動に叩き伏せられた。

 正しく、”叩き伏せる”という表現が相応しい。

 猛に向かっていた直線軌道の光魔法を実剣で地面に吸い込ませる事など、猛にもどうやっているのか説明できないだろう。


「ふふっ、そうですね」


 自身の放った必殺の攻撃をなんとも非常識な形で打ち破られたが、それでも光は笑っていた。

 それにつられる様に猛も苦笑してしまう。


「まあ、それでも……」


「ええ、それでも……」


 まるで残心するかの様にその場で剣を構えたままでいる猛と、魔法を放った場で手を掲げている光がお互いの視線を絡め合う。

 その視線に含まれる物は、間違いなく「愛情」であった。


「好きなんだけどな」


「好きなんですけどね」




 ――今日も今日とて、撤退指示が下る門限になるまで二人はデートを楽しむ。

 

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