小湊光という女
彼女を表す言葉は数多くあれど、簡潔に言うならばそこに落ち着く。
No.16区画に存在する魔法ギルドで優秀な成績を収め、その見目麗しさから告白される事など日常茶飯事。
しかし、彼女の琴線に触れる様な男性は先日まで1人としていなかった。
「はあ……」
光の口から漏れたため息は、行き場を失った煙の様にその場でたゆたっていく。
これで本日15回目のため息であるのだが、本人の心は一人の男性に囚われていてそれどころではない。
「はあ……」
「あのさあ、目の前でそんなにため息ばっかり吐くの止めて欲しいんだけど……」
「え?」
ため息を諫めた声の主は、光が恐らく気付いていないと思ったのだろう。
少し遠慮がちかけられた声に光は惚けた呟きを漏らすと、ぼんやりと眺めていた中空から目の前へと顔を向ける。
そこには光に向かい合う形で座り、コーヒーを飲みながら苦い顔をしている女性が一人座っていた。
栗色の髪をポニーテールにまとめ上げた、光と同年代くらいの可愛らしい少女だ。勝気な力強い黒眼も彼女の雰囲気と合っており、十分美少女に類する容姿である。
そんな女性の顔が顰められているのもコーヒーのせいではないのだが、光はキョトンとした表情を女性へと晒していた。
「その顔を見たらこっちがため息を吐きたくなったわ……」
「え、っと……ごめんなさい?」
「別に謝らなくてもいいけどさぁ……」
現状を未だに理解できていない光に苦笑を浮かべながら、女性は再びコーヒーを啜る。
「それで、魔法ギルドが誇る高嶺の花を射止めた男性ってのは、どんな素敵な人な訳?」
「か、
「おうおう、初心よのぉ。つか本名で呼ぶな」
「ご、ごめん」
オヤジ臭い反応をしつつツッコミを返しながらも、その瞳に優しさを含ませている女性――楓はニマニマしながら光を見つめる。
そんな視線に晒された光は居心地悪そうに座りを直すも、未だに頬を紅潮させたままだった。
「しかし、「リトラ」にしては思い切ったね。大胆、とでも言うべきかな? まさか戦場で彼氏を見つけるとは思わなかったよ」
「私も考えた事すらなかったよ」
「リトラ」と呼ばれた光は苦笑を浮かべながらもそう返す。
本名である小湊光という名をこの世界で言わないのはマナーの様な物だ。
「そもそもオープンチャットで本名を言うとは思わなかったし。……変なメールとか来るかもしれないから、気を付けてよね? あと、こういう事はもうやめときなよ?」
「う、うん。気を付ける。……でも、あの時は、なんていうか、「この人だ!」っていう直観というか、なんというか……」
「あーはいはい、別に過ぎた事でグチグチ言うつもりもないし、合ったとたんに告られて、その場でOK出したんでしょ? 今の世の中、こっちで恋愛するとかままあるし? まあ、あっちで会えるかどうかは別問題だけど」
「分かってるけど……気持ちを止められなかったんだもの」
「うっ……!?」
先ほどまでの羞恥からくる紅潮ではなく、恋する乙女となった妖艶な雰囲気が友人から出た事に驚く楓。
知り合った時から堅物であり、真面目に過ごしていた光がこんな顔を楓に見せるなど初めてであった。それに学校でも近寄る男の
その名の通り「高嶺の花」である光がこのような気配を匂わせる事など、楓を酷く戸惑わせるには十分なものなのだ。
漆黒の髪はよく手入れされているのか、窓から差し込む陽光を反射してシルクの様に輝き、スタイルも抜きんでて魅力的。さらに、他者の心を覗き込むような澄んだ碧眼が特徴のキリっとしている顔も、今では蕩けきって異常な程の色気を振りまいている。
同じ女でもドキリとしてしまうほど、目の前の光はとびきりの美人で綺麗だった。
「……楓?」
「わひゃいっ!?」
「きゃっ!? な、何? どうしたの?」
「な、何でもない! 何でもないよ! あは、あはは、あはははは! って、だから本名で呼ばないでよ! いい加減慣れてよねー」
「気を付けます……」
突然、挙動不審になった楓に訝し気な表情をする光であったが、そんな事よりも先日出会った男性に想いを馳せる事の方が重要なのだろう。
しばらくすると、光はまた上の空状態へと陥ってしまい、楓は完全に置いてけぼり状態となっていた。
友人、しかも同性である彼女に対して胸の動悸が激しくなってしまった楓にとってみれば、不幸中の幸いでもあるのだが。
それでも、光をここまで変えてしまった男性の存在が気になるのか、下手に聞いたら時間を食うであろう「どんな人なのか」という質問を光に投げかけるべく、楓は居住まいを正すのだった。
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