小林猛という男

 小林猛こばやしたけるは雑だった。


 彼を表す言葉はこの一言に尽きるだろう。


 約束は守らない、部屋は片づけない、は気の向いた時だけだ。

 さらに有力な証言として、彼の知人たちは口を揃えてこう言うらしい。


「よく生きていけてるよな、お前」


「あん?」


 今日も今日とて、昼間からNo.14区画にある酒場で酒をカッ食らっている猛へと、呆れと感心を含んだ声がかけられる。

 声をかけたのは20半ばを過ぎた年頃の、中世的な顔をした男性であった。


 男にしては長めの茶髪に身なりも小奇麗にしている姿は猛とのギャップを感じさせ、少し不釣り合いな印象を受ける。しかし、その瞳は猛と似たような鋭さを併せ持っており、纏う雰囲気は”何となく似ている”と感じさせるものであった。


「別にいいだろ」


 声をかけてきた男性の事など特に気にした風もなく、一言だけぶっきらぼうに答えるも猛は再び酒を煽る。

 既に何杯も飲んでいるのだろう。テーブルの上には空になった樽ジョッキがいくつか置かれていた。


 猛の線の細い美男子と形容できるであろう顔も、普段の生活の表れか若干煤けており風呂に突っ込ませたいと感じる人は多そうだ。目にかからない程度に整えられている金髪もくすんで見えるのだから、恐らく先日の戦闘から体を洗っていないと思われる。

 そんな状態の猛に、現れた男性が眉をひそめるのも当然だった。


「お前、最後に風呂に入ったの何時だ? だと臭いまではしないがんだぞ。だと部屋の中とかが凄い事になってそうだな……」


「お前は相変わらず姑みたいな文句しかできないんだな」


 男性の小言など知らないとばかりに聞き流し、猛は明後日の方向に視線を向けたまま面倒くさそうに呟く。

 すると、男性は何が可笑しいのか、先ほどとは打って変わって猛の言葉にクツクツと含み笑いをしながら空いている椅子へと腰を降ろした。

 猛はそれを横目で確認するだけで、特に何も言わない。二人がそれなりの仲である事が伺い知れるが、そもそも小林猛こばやしたけるという男なら、誰だろうとあまり気にしなさそうだ。

 

「……で? 何しに来たんだ、ひびき?」


 そのまましばらくの間無言の時間が流れたが、先にしびれを切らしたのは猛であった。

 猛から響と呼ばれた男性は、目の前でつまらなそうにしながら酒を飲んでいる男に向けて、少し嫌らしい笑みを浮かべる。まるで「待ってました」とでも言いたげだ。

 その様子に猛は眉をピクリと動かすも、酒を口へと運ぶ動作は止まらない。


「15戦地で告白したんだって?」


「ブフォッ!!」


「うわ!? 汚いなあ、もう……」


 口に含んだ酒を撒き散らし咳き込む猛を見やりながら、響は仰け反り顔を顰めるも、その瞳にはいまだに愉悦が滲んでいる。

 それはこうなるタイミングを見計らって行った悪戯にしか見えず、響という男性の性格が垣間見えるものでもあった。


「ど、どこで聞いた!?」


 普段は不精である猛にも羞恥心はあるようで、顔を真っ赤にしながら響へと詰め寄る。

 肩を震わせ必死の形相で迫る男は、年頃を考えれば青年で通るだろうに、吹き出した酒と早くも出回っている告白話ネタのせい、だけではないだろうが、30代後半にまで老け込んだ容貌となっていた。


「おいおい、27歳には見えない顔になってるぞ? 俺と同い年とは到底—―」


「そんな事はどうでもいい!」


 今にも襲い掛からんばかりの気迫に、響はやれやれとわざとらしく肩を竦める。その行為が猛をさらに苛立たせるだろう事など分かってやっているのだから、なお質が悪い。


「落ち着きなって。別に、俺が聞いたのは変な感じの話ではなかったぞ? ただ、戦闘をしながらもお互いの事を知り尽くしている様に動いてたから目立ってたみたいだね。fpsの世界かって話らしいし。

 って言うか、そもそもだったぞ? 気付いてなかったのか? を言ってたからまさかとは思ってたけど、やっぱりお前は阿保だな。前から知っていたが」


 響はペラペラと猛を馬鹿にする言葉を投げ掛け、眼前に迫ってきた猛の顔を無遠慮に押し返すと、近くを通りかかった店員にビールを注文した。

 あまりにも堂々としているその姿に対して何も言えないのか、猛は押し戻された慣性に従って乱雑に席へと腰かける。

 誰に対しても斜に構え我が道を進む猛にとっても、響という男は厄介な存在でしかないようだ。


「物事全てに対して雑なお前も、これで少しは他人の目という物を気にしてくれるようになるかもしれないと考えると、実に応援したくなる。立場は敵同士なのに惹かれ合うなんて物語みたいじゃないか。いや、敵同士だからこそ惹かれたのかな?」


 まるで新しい玩具を与えられた子供の様な目で見つめてくる響に猛はため息しか返せない。


「好きに言ってろ……」


「そうさせてもらうよ。何せなんだから」


 もはや好奇心を隠そうともしないでニヤニヤしている響に対して、猛は再び重く息を吐くのだった。

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