第9話 いるじゃないの

 構内にはイチョウの木が何本かある。銀杏が落ち、独特の香りを放ち、学生達は顔をしかめてそこを通って行く。

 風で葉が落ち、雨の日には滑って歩きにくいこともあるから、私も図書館に行く時には遠回りをすることになる。

 晴れた日には、まるで自分が黄金色の世界にいるようで、これから受ける授業のことを忘れてしまいそうになる。

 ココは、現実の世界なのだからチャイムによって規則正しく時間が動いていくのよ。


 過去と人をコントロールすることは出来ない。長い時間であれ、短い時間であれ、去っていったもの、失ったものがあるわ・・・。

 失敗したことは、やり直せばいいんじゃないかしら。失くしたものは、また、別の何かで見つければいい。

 現実は受け入れていくしかないのだから、過去とは違う何かを探してもいいわけだし作っていてもいいわけでしょ。そうね、新しい恋人を作って楽しむことも、有りかもしれない。


 それは、前向きなことなのか、「埋め合わせるだけ」の虚しい作業にも思えなくはない。過去の何かの上に「上書き保存」してるだけのような。

 それでも、新しいことを見つけるのは過去を悔やむより良いのではないかしらね。

 だって、同じ失敗を何度も繰り返すより、新しいことをして失敗した方が「失敗」の質が違うでしょ。


 *


 ねぇ、私はパパとは結婚することが出来ないわ。incest tabooだし、どちらにしてもパパはもういない。

「パパ」はこれから、どうするのかしら。

 離婚は勿論するはずない、奥様が嫌いで私とつき合ったわけではないんだろうし。私も、もう、つき合うつもりもない。

 終わったのよ。

 ちょっとだけ想像してみたの。

 もしも、彼と私の関係が続いたとして、もしも、彼の奥様に知れたら? それは、自由な身であって自由ではないでしょ。パパの愛人みたいに奥様が私に優越感持つとしたら、それは、たまらなく嫌だし。


 それでね、1人いるじゃないの。

 年下だけど、彼となら結婚も出来るわ。

 私が色々と教えていけばいいのだし。


 夏にはね、庭の植物に水をやるのよ。寝ころんでる時に彼を起こさないように近づくのよ。

 小鳥が見ていても平気だわ。



 ああ、図書館で夢をみていたわ・・・。あの夏の庭の。庭にはね、小さな池があるのよ。蓮の花や蛙はね、どうかしら。

 続きはどうなるのかしらね。今夜の夢で見るのかしら。


 あら、いけない。家庭教師の仕事する時間だわ、間に合うかしら。今日は、「lotus」には2つの意味があるってこと、彼に教えてあげようかしら。

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Lotus 青砥 瞳 @teresita

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