第8話 淋しい女
愛人の部屋が母屋と離れているとはいえ、存在してる家。
最初はね、ママはよく我慢していたと思うのよ、こんな家にね、だって普通じゃないんですもの。
だけど・・・私ね、知ってるの。
ママがあの時「そこ」にいたことをね。
私がパパと愛人の後をつけて行ったことがあったでしょ。葉っぱの隙間から2人を覗いた時に愛人が木にもたれかけていた、あの時よ。あの時、ママも見ていたでしょ。
パパと愛人を見たかったのかしら、それとも2人を覗いてる私を見たかったのかしら、それとも両方? どちらでもいいけれど。
その時、貴女は呆れていたのかしらね。
私、思うのよ。ママもクスクスと笑っていたんじゃないかしらって。lotusの世界にいたんじゃなくて?
どうしてママが近くにいたと思ったかって?
風邪で私の帽子が飛ばされたでしょ。私が夜に戻ってきた時に、池の近くに帽子が置いてあったのよね。それが出来るのはママしかいないじゃない。
*
息子の家庭教師をしてることを大学の彼の部屋で詰られてしまった。
私は、どうでもいいっていうように
「ホントに偶々の出来事なのよ。」と言って出ていこうとした。
彼は納得しないようだったから
「試験前の中途半端な時期に辞めるのは不自然だわ。それに息子さんは成績が伸びているんだし、私に問題があるなら別だけど。辞めさせるって、『お宅様』から家庭教師センターあてに連絡しれくれないかしら。」
「パパ」は私をドアに押しつけてキスをしてきた。
でもね、こういうの、感じないわよ。やめてよ、こんな風に誤魔化したりはしないでよ。女はキスをして抱けば自分の言うことを聞くと思っているのかしらね。
私はね、「いい子」じゃないけれど、面倒なことはしない人間なのよ。家庭教師センターから連絡があった、それだけ。貴方の家庭にも仕事にも「何か」するわけじゃないわ。愚かな女と一緒にしてほしくないわね。
彼は更に強くキスをして私をドアの外には行かせない。
部屋の内線が鳴ってるのを無視して、私を抱き寄せた。
「私が、今まで迷惑かけたこと・・・あったかしら?」
呆れたように、そして、きつく言った。
「ん、ないよ。悪かった。」
「じゃあ、私は・・・。」
「ん、黙って。」
彼は瞼に優しくキスをして愛撫を続けていった。
Trick or treat?
Trick, please.
Are you sure?
Yes, please !
キャンディもチョコレートも私には要らないわ。
・・・パパ、「パパ」?
・・・あのね、似てるだけなのよ。好きなのは「似てるから」?
どうして私は彼と一緒に過ごすのだろう。ほら、lotus、私は金魚につつかれて揺れる蓮の花だから。
パパに似ているから、それは最初は驚いたわ。ちょっとだけ淋しくて時間を持て余していたし、なんとなく、だから?
分かってるのよ。2人は違うのだってことは。
*
ママは愛人にも私にも嫉妬さえしてなかったんだと思う。寧ろ、愛人をかこうパパに対して「自由にさせてあげてる」って優位に立っていたと思う。
凄いわね、そういう感覚って。パパがいない状況に腹を立てているんでしょう? もう愛人への優越感も感じることが出来ないし見ることも出来ないんだから。勿論、「私のこと」もね。悔しさで苛立ってるんじゃないかしら。
普通はね、「男の人は仕方がないから」って諦めるか「浮気なんかして、どういうつもり」って騒ぎ立てるのにママは違う。
愛人との情事と私のパパへの憧れを知って優位に立つ自分にプライドを持つんだもの。
怖いわね、キレイだけど。でも、物凄く下品よ、ママ。人の情事を盗み見するなんてね。あら、じゃあ、私もそうね・・・。
でもね、私はパパに可愛がられて。
もう、おやめなさいな。
それに、気づいたんでしょ、「パパ」を都合の良い相手にしていたわけではないってことに。似てるのも、偶々だったのよ。
タイミングっていうのかしら、引き際っていうものがあるんだってこと、私くらいの年齢であればわかる筈よ。
いい、これが最後なの、自分を見つめることね。
*
また内線が鳴り、今度は「パパ」は受話器を上げた。
私は机の下にもぐって、悪戯しようと思ったの。赤いグロスの愛人が食事中にテーブルの下でパパにしていたように。
内線で上手く話すことが出来なかった彼は、私に「悪い子だ」って笑いながら言う。
腕を延ばされたから、私は
「ちょっと、待って。」
と、鞄からグロスを出した。
赤色ではないけれど。
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