第3話 淋しい金魚たち

ブルーベリーに水をあげないと・・・。

パパは教えてくれた。ブルーベリーは♂と♀があって、風や蜂の受粉だけでは足りないことがあるんですって。

だから、時々、私が軽く揺さぶるのよ。


私は、実がついた時のまだ硬いままのものが好きよ。

左手に少し摘んで、池に近づくの。


ねぇ、大人って「淋しい金魚」じゃないかって思うのよ。

あら、私が来たからかしら、金魚がエサを貰えると思って近づいてきちゃったわ。

透明でもない池を覗くと私が映っている。

鏡でもないし、私がはっきりと見えないのよね。

水の中に手を入れて、金魚を捕まえようとするのだけれど逃げてしまう。

悔しくて、何度か試す私をね・・・葉っぱの上の蛙が笑うのよ。


いいわ。

「こんにちは、蛙さん。私の手の上にお乗りなさいな。」


ねぇ、私。私は・・・水に浮かぶ蓮の花みたいじゃなくて?

下からね、白、赤、黒色の金魚達がつつくのよ。

淋しい金魚につつかれて、蓮がユラユラ ユラユラ。

ほら、揺れてるでしょ。


愛人は私のことを「青い果実」だなんて言うわ。悔しいのだけど、でも、貴女達のような「淋しい金魚」でもないわ。

そうね、だから、私は・・・lotus。蓮の花かもしれない。


あら、いけない!

ブルーベリーを下手に噛んじゃって、口が汚れたみたい。

パパがくれた汕頭のハンカチで拭いちゃう。


・・・・・・・


文化人類学の授業の後、専門科目に出席して、その後は図書館に行った。

そこで10分ほど眠っていたらしい。紙に書いた文字がミミズみたいになっていた。

時計を見ると、午後4時半をとっくに過ぎていた。

そろそろ帰宅して「パパ」の家に行く準備をしないといけない。

今日も「パパ」とは顔を合わせることにならなきゃいいのだけど・・・。

うふふ、まだ秘密よ。

私ね、「パパ」の家に出入りしてるの。


・・・・・・・


パパは4月の終わりから5月にかけては軽井沢に長く居ることにしていた。

10月の終わりか11月の初旬には綺麗に掃除して閉める。

軽井沢のスタートは4月で、終わりは11月が毎年のパターン。


旧軽井沢の別荘地やゴルフ好きな人達の別荘地からは浅間山が見えにくいんだと思う。パパの別荘地のエリアからは浅間山がハッキリと見える宅もある。

見えるといっても、天気にもよるし霧がかってボンヤリしていることは少なくない。


パパが言うには、ママが行く時には快晴でハッキリと見えるらしい。

頂上には、まだ所々に雪が残っていて季節がわからなくなることがある。

昼間は美しい山とやさしい陽射しと風を感じる。

山道を早足で歩くと、上着を脱いで半袖になることもあるのに。

でも、夕方になると気温がグッと低くなり、ヒーターを朝までつける。


ここは、家に居る時よりも生活感を感じた。

パパは海島綿の白か水色のシャツを着て、腕まくりして掃除をしたり料理を作る。

行く前には宅配で送っておいた食材を受け取り、あとは車でスーパーに行って買い物をして。

私が好きだったデザートは、ヨーグルトとクッキー、果物で作るものだった。

ヨーグルトは水分をとり、ギリシャヨーグルトのように濃くなるの。


あのヒト・・・愛人は残念ね。

貴女は一度も食べたことがないでしょ。とっても美味しいんだから。

スプーンにね、赤いグロスをつけられたりカチャて落されるのはイヤなのよ。


パパは貴女から解放されてリラックスしていたのかしら。それとも淋しかったかしら。それはわからないわ。

でも、宅のように広い家とは違って、狭い別荘宅で貴女とママ・・・それから私の女3人が一緒というのは無理なのね。


淋しい金魚達につつかれて、ほら、ユラユラ ユラユラ 揺れるでしょ。

私が揺れるとね、蛙が頭をかしげるようになるの、そして、笑うのよ。


私、私は蓮の花。

下からね、金魚達につつかれて動くのよ・・・。

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