領主と吸血鬼7
「こんな夜更けまで、一体どこで何をしていたんですか」
ロアが恐る恐る、こっそりホテルの部屋に戻ると、とっくにベッドで眠っていてもおかしくはないと思っていたマリアが仁王立ちして待っていた。
「……寝ないで待っててくれたの?」
散々な目に遭った後でも、ロアは思わず喜びをあらわにして顔をほころばせた。
「単に眠れなかっただけです! ちゃんと質問に答えて……?」
マリアはロアのコートの異変にすぐに気付いた。
彼女が近づくと、ロアは怪我を悟られないよう、さっと手を後ろに隠す。
マリアはそんなロアの顔を強い眼差しでぐっと見上げた。
「……ロア」
「はい」
「一体何があったのか、包み隠さず全て正直に言ってください。でなければ今夜は眠らせません」
「やだなマリア。そういうセリフはもっと色気のある場面で使わないと」
「冗談言っていないでコートを脱ぐ!」
「……はい」
ロアがしぶしぶコートを脱ぎ、負傷した左腕をあらわにすると、厳しい顔をしていたマリアはさらに顔をしかめた。
無残に裂けたドレスの袖には赤い血が十分すぎるほど滲んでいた。
「手当をします。椅子に座ってください」
「ひどく見えるけど、かすり傷だよ。今回は止血もちゃんと」
「いいから黙って」
有無を言わさぬマリアの迫力に、ロアは委縮しながら椅子についた。
「……大体! 夜中に! ひとりで出かけるから! こうなるんですよ!」
「いた、マリア、ちょ、締めすぎ! あっ」
「変な声出さないでください!」
「だって!?」
いつも以上に感情的なマリアが、念入りな消毒の上にさらに包帯をぐるぐるときつく巻き付けて、処置は終わった。
が、マリアの説教はまだ終わらない。
「標的と遭遇したことは不運だったとしかいいようがありませんが、なんですか? その場で出くわした悪魔祓いに件の吸血鬼と間違われた? 明日からどうやって動くんですか! せっかく目立たないよう行動していたのに全部水の泡ですよ!」
「……ごめん……。いきなり銃を抜かれて誤解を解くにも解く隙がなく……」
ロアはしゅんとうなだれた。
声を荒げすぎて喉が枯れてきたマリアは、自身を落ち着かせるよう、ふうとため息を吐く。
「……もう、わかりました。その方、銀の銃を持っているということは教会所属の悪魔祓いでしょう。明日私はロンディヌスの教会支部で話をつけてきますから、ロア様は予定通りミシェル嬢との待ち合わせに赴いてください」
「え? いいの?」
許してもらえると思っていなかったとばかりに目を丸くするロアに、マリアは再度眉をひそめながらも
「約束を反故にすればクロワ家の名折れでしょう。本来なら明日はせめてこの部屋に謹慎していただきたいところですが、貴女の名誉を汚すのは私の本意ではありません」
つまりはロアのために、マリアは今日のロアの軽率な行動を全て許してくれるということだ。
「マリアはやっぱり優しいね」
「女性全般に良い顔をする貴女ほどではありません」
「じゃあマリアは私にだけ優しいの?」
「もう、どうして貴女はそう上げ足を……」
反論しようとロアの顔を改めて見たマリアは、少しだけ驚いた。
冗談めかした言葉のわりに、マリアを見つめるロアの眼は真摯だったのだ。
「ごめんね。私が本当に優しくしたいのはマリアなのに、怒らせてばっかりだし、面倒をかけて、本当にごめん」
重ねて謝るロアに、マリアは戸惑う。
「別に、謝罪なんて要りません。貴女が私に迷惑をかけることなんて日常茶飯事ですし、……つまり、まったく、面倒というほどのことではないんです」
そう言ってしまってから、もっと他に言い方はなかったのかと自身を省みるマリアだったが、ロアはその言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「……そこで嬉しそうに笑うのもどうかと思いますよ」
「そうだね。おかしいね」
それでもロアは嬉しそうだった。
* * *
翌朝。
疲れていたのか、目覚まし時計の音を聞いても全く起きなかったロアを起こすところからマリアの1日は始まった。
「約束は10時なのでしょう? もう2時間もないですよ」
「んー」
生返事ばかり返すロアの髪を梳いてやりながら、マリアはひとつ提案をした。
「私は午前の間に教会へ行ってきますから、ロア様はミシェル嬢とのブランチを終えたら22番通りまで来てください。そこで合流しましょう」
「マリアはお昼ご飯どうするの?」
「私はそのあたりで適当に昼食をとります」
「そう」
ぼそりと呟くような、覇気のないロアの返事に、マリアは少し躊躇してから
「……今夜の夕食は、一緒にとりましょう。どこかのお店で」
「ほんと!?」
ぱっと目を輝かせて振り返るロア。
あまりに喜んで見えたので、言ったマリアが逆に恥ずかしくなった。
「夜景の見える素敵なレストランが良いね」
「普通のお店で構いませんから」
ロアとそんな約束を交わしてから、マリアはロンディヌスの教会支部に赴いた。
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