領主と吸血鬼2
「もう、どうしてもっと早く起こしてくれなかったんですか! 予定がまたもずれ込みました!」
翌朝、ロンディヌスの大通りをやたらと早足で歩く令嬢と婦人がいた。
せっかくの優雅なロング丈のドレスが、早足とともに踊っている。
「だってマリア、気持ちよさそうに寝てたんだもん。あんな顔で寝てたら、私にはとても起こせないよ」
寝顔をまじまじと見られたことに、今更ながらマリアは羞恥で顔を赤くする。
「~~だからって悠々とソファーで新聞を読んでる人がいますか! 大体予定では朝一番、第一の現場を訪れて検証をしていたはずだったのに……」
ちなみに、マリアのスケジュール表は分単位となっている。
「マリアってばそんな細かいスケジュール立てちゃだめだよ。もっと心にゆとりを持って、ね」
「貴女はゆったりしすぎです!」
そんなやりとりをしている間に、目的地である15番通りに辿りつく。
大通りから1本中に入った、小さな通りだった。
人通りはないが、脇に複数の花などが供えられている。
「……ここで亡くなったのはメアリ・ドートンさんですね。彼女に限らず、被害者は全員若く美しい方ばかりです」
マリアが教会から渡された資料には、全被害者の顔写真も掲載されていた。彼女らの身分や職業はばらばらだったが、唯一絶対の共通点があるとすれば、その容姿の美しさだった。
それは市警のみならず市民も周知の事実で、ゴシップ記事には「美人しか狙わない吸血鬼」などという見出しもあった。
「この通りは普段から人通りが少なそうだけど、第4、第5の現場では目撃者がいるね。銀行員のマークス氏とパン屋のスミス氏、だったっけ?」
「両人ともに市警は詳しく目撃内容を聞いたようですが、どちらも犯人を一瞬しか見ていないので詳細な特徴はわからないそうです。赤毛、黒い外套、細身の男性、といったぐらいでしょうか。逃げ足は相当早いようです。吸血鬼と直接対峙したことはないのでわかりませんが、身体能力は人と比べて高いのでしょう」
マリアの言葉に、ロアは意味深な笑みを浮かべた。
「仮に私が吸血鬼なら、現場を目撃されたらその目撃者の血も吸いつくすけど」
「ロア」
不穏な発言を嗜めるようにマリアはロアを見上げたが、睨む前にはっとした。
ロアの言わんとすることがわかったのだ。
ロアは厳密に言うと吸血鬼ではないが、同じ吸血種の類である。
吸血する意図は同じはずだ。
ロアは血を定期的に吸わなければそれだけで衰弱してしまう。
それはつまり
「吸血鬼が血を吸うのは食事と同じなんだよ。お腹が減りに減って、人間の血を吸いにいったというならわかるけど、獲物である目撃者が現場にまだいたのなら、きっとそれも逃さず吸うはずだ。
それに、血の味と見目は本来関係ない。その吸血鬼がわざと美しい女性を選んでいるのなら、それはもうただの食事じゃない」
ロアが言うと妙に信ぴょう性を増すことをマリアは若干癪に思いながら、ため息混じりに言った。
「では、相手は快楽的に犯行に及んでいると? いえ、吸血鬼ですらないということですか?」
「吸血鬼と別物かどうかはまだ分からないけど、愉しんでやっていることは確かだと思うよ」
「なおさら厄介じゃないですか」
悪魔祓いとしては、純粋な悪意を持った相手のほうがまだやりやすい。ただ人間に乗り移って悪さをしようとか、そういう単純な輩の相手が一番楽なのだ。
一般人が悪魔と認識しているものもそんなイメージが強いだろう。
しかし、実際そんな輩は一握りだ。
マリアは師の契約魔を知っているからこそよくわかるが、高等な悪魔ほど各々の人格と信条があって、我が強い。師の契約魔はそれこそクセのある者たちばかりで、あれらを敵に回すと相当に厄介なのは目に見えてわかる。
快楽的に若い女性の血をすする悪魔はきっと後者だろう。
「……というかそれ、あの報告書を読んだ時点で気づいてましたよね?」
マリアが怒りのまなざしでロアを睨む。
「どうしてそういう大事なことを早く言ってくれないんですか!」
「だって言ったところでもう引き受けた話だし、ちょっと面倒くさそうな依頼だなっていうのは引き受ける前から分かってたし。ターゲットが吸血鬼であろうがなかろうが、マリアは今回の犯人を許さないでしょ?」
「そうですが!」
マリアは思わずこめかみを押さえた。
そもそも吸血鬼相手だから吸血種であるロアに白羽の矢が立ったのだ。その前提が崩れるとなると、思い切り肩透かしを食らった気分になるのは仕方ないだろう。
それに
「……もし相手が吸血鬼でないなら、貴女のその呪いを解く手がかりもなにもないじゃないですか」
マリアの小さな愚痴に、ロアは微笑む。
「そんなことはないよ。少なくとも相手は血を啜る悪鬼に変わりないんだから。さあ、次は22番通りに行くんでしょう?」
分単位のスケジュール表が書かれた紙を指でひらつかせて、ロアは踵を返す。
なんとなく納得がいかないままマリアは仕方なく彼女に続いた。
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